説得力を与える男、藤原竜也

僕だけがいない街

(C)2016 映画「僕だけがいない街」製作委員会

演技の“え”の字、蜷川の“に”の字も知らなかった15歳のサッカー少年。

藤原竜也が最初に注目を浴びたのは、演劇の世界だった。世界的な演出家としてすでに地位を築いていた蜷川幸雄の演出の舞台「身毒丸」(原作寺山修二)の97年ロンドン公演に主役に抜擢された。その後、テレビドラマへ進出したが正直テレビサイズでは彼の存在感を持て余し気味であった。そして2000年映画に進出する。

デビュー作「仮面学園」(小松隆志監督)は同じホリプロ所属の深田恭子主演「死者の学園祭」(篠原哲雄監督)との二本立て上映でいかにもアイドル売りであったが、同年に中学生同士が殺し合い演じる「バトル・ロワイアル」(深作欣二監督)「バトル・ロワイアルⅡ鎮魂歌」(02年、深作健太監督)。名前を書かれた者は必ず死ぬノートを巡る「デス・ノート」前後編(06年、金子修介監督)。命を懸けたギャンブル劇「カイジ」シリーズ(09年、11年佐藤東弥監督)。

7日間監禁され24時間観察される環境の中一人また一人と人が死んでいく「インシテミル7日間のデス・ゲーム」(10年、中田秀夫監督)。若者たちのルームシェア生活の中で徐々に起きるひずみが生む結末を描く「パレード」(10年、行定勲監督)。新興宗教の教祖を刹那的に演じた「I‘M FLASH!」(12年、豊田利晃監督)。

10億円の賞金首となった殺人犯を護送することになった警官たちの苦闘の物語「藁の楯」(13年、三池崇史監督)。あらゆる人間を操れる青年と唯一操られない青年の対決を描いた「MONSTERZモンスターズ」(14年、中田秀夫監督)。大ヒット新感覚時代劇の続編であり完結篇でもある「るろうに剣心 京都大火編・伝説の最期編」(14年、大友啓史監督)。

そして最新映画になる、リバイバルという時間が巻き戻る不思議な現象に巻き込まれた青年が過去と現在を行き来する「僕だけがいない街」(平川雄一朗監督)。

昨今、その映画が小説やコミックを原作とするものであることはもはや当たり前の状態ではあるが、それにしても突飛な世界観の作品が並んだものである。
ネガティブな表現ではなく実にマンガ的な世界観のものばかりである。小説・コミックともにエンタテイメントであることを前提にした創作物ではあることは確かであるが、勿論現実に即したものも多く、まさしく自分(読み手)の隣にある事柄を描くものも多くある。

「るろうに剣心」シリーズは時代劇だが、多分に創造の部分が組み込まれているもので、もっと史実に沿った時代劇モノの小説もたくさんある。

実際に藤原竜也も「神様のカルテ2」(14年、深川栄洋監督)「SABU~さぶ~」(02年、三池崇史監督)などのいわゆる等身大の物語に登場したこともあし、実話ベースの「おかえり、はやぶさ」(12年、本木克英監督)もフィルモグラフィーにあるにはあるが、前述の突飛な世界観の住人を演じた世界観の印象が圧倒的に強い。

原作モノの賛否を乗り越える存在感

小説であれコミックであれ、それを映像化するときに必ずつきものなのが原作ファンの反応である。小説のときであればまず目に映る形で登場人物たちが初めて登場することになるのだが、それで合っているのかどうか?最大公約数的な解答となっているかということで賛否が出る。

コミックの場合はすでに一度、絵という形で具象化されたものを実際の人間が演じることになる。ある意味に答えが出ているようなものだが、それに寄せていけばいいということでもない。まず日本人が演じることの無理がある場合はこれを翻案しなければいかなくなる。原作を押し通して日本人がおおよそ不釣り合いの世界観で物語を紡ぐことを選択するときもあるが、その時点で賛否が出てしまう。映画が公開前に賛否を出されてしまうという一番不幸なことだ。

ここで、藤原竜也はひとつの究極的な役柄を演じる。「るろうに剣心 京都大火編・伝説の最期編」での志々雄真実役だ。原作の中でも最強の敵役である志々雄役だが、勿論コミックで初登場した後アニメ版にも登場する。さらにキャラクターデザインが全身の傷を包帯で覆い、素顔はおろか表情すらもほとんど表すことができない。

わずかな表情と言動、そして存在感ですべてを勝負する役どころなのだ。これを藤原竜也はやり切った。神木隆之介、滝藤賢一らを従えて登場し抜群のインパクトを残した。主人公緋村剣心の佐藤健に江口洋介、伊勢谷友介、青木崇高という4人を相手に回したラストバトルでも最後まで圧倒的な強さを見せ志々雄真実=藤原竜也ここにありを知らしめた。

そして、「僕だけがいない街」

最新作「僕だけがいない街」ではさらにハードルが上がっている。原作コミックは映画撮影中のときには未完のままであり、アニメシリーズの最終回は映画公開が始まってからという予定で、先行する二つの媒体とほぼ同時進行で実写版の主人公として表に出ることになる。比べるものが基準となるものが時間的にも非常に近くにあることになり、これは比較されることはより一層避けられない。

しかし、映画は複雑な設定をしっかりと消化したうえで、完成度の高いエンタテイメントサスペンスとなった。実は出演方法にも一つ仕掛けがあって、難度がさらに上がっているのだが、これもきっちりとやり遂げた。

予てから、藤原竜也のことを個人的に畏敬の念をこめて“トンでも世界のプリンス”と呼んでいるのだが、今作でもプリンスは健在であった。

(文:村松健太郎)


    ライタープロフィール

    村松健太郎

    村松健太郎

    村松健太郎 脳梗塞と付き合いも10年目に入った映画文筆家。横浜出身。02年ニューシネマワークショップ(NCW)にて映画ビジネスを学び、同年よりチネチッタ㈱に入社し翌春より06年まで番組編成部門のアシスタント。07年から11年までにTOHOシネマズ㈱に勤務。沖縄国際映画祭、東京国際映画祭、PFFぴあフィルムフェスティバル、日本アカデミー賞の民間参加枠で審査員・選考員として参加。現在NCW配給部にて同制作部作品の配給・宣伝、イベント運営に携わる一方で各種記事を執筆。

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