映画コラム

REGULAR

2018年02月14日

『ぼくの名前はズッキーニ』は“子どもの考え方”を気づかせてくれる傑作アニメ!その意義と尊さを語る!

『ぼくの名前はズッキーニ』は“子どもの考え方”を気づかせてくれる傑作アニメ!その意義と尊さを語る!



(C)RITA PRODUCTIONS / BLUE SPIRIT PRODUCTIONS / GEBEKA FILMS / KNM / RTS SSR / FRANCE 3 CINEMA / RHONES-ALPES CINEMA / HELIUM FILMS / 2016


現在公開中の『ぼくの名前はズッキーニ』は、映画レビューサイトRotten Tomatoesで驚異の100%評価(現在は122レビューで98%評価)を記録し、第89回アカデミー賞長編ではアニメ映画賞にノミネートされ、世界中から絶賛で迎えられた話題作です。

実際に鑑賞したところ“厳しさ”と“楽しさ”を併せ持つ、老若男女を問わずに心に響くであろう素晴らしい映画でした! その魅力や見どころを、大きなネタバレのない範囲で以下にお伝えします。

1:子どもたちの境遇が過酷! 
かわいらしさとギャップのある現実に心が痛くなる……。


『ぼくの名前はズッキーニ』のパッと見のビジュアルはとてもかわいらしいものです。しかしながら、主な舞台は様々な問題を抱えた子どもたちが暮らす孤児院。主人公はもちろん、他の6人のクラスメイトは耳を疑ってしまうほどに残酷な体験を経て、そこにいるのです。

例を挙げるのであれば、両親が薬物中毒者であったり、統合失調症と思しき病気になってしまっていたりと……中には子どもを虐待している親もおり、それらの境遇を聞いていてギョッとしてしまう人、または心がキリキリと痛くなってしまう方は多いでしょう。

人形でできたキャラクターにどこか“暗い影”を感じるのは、目の周りに“クマ”があるデザインもさることながら、その表情1つ1つが繊細に作られているおかげでもあるのでしょう。人形というデフォルメされた姿の子どもたちがかわいらしいからこそ、彼らの境遇の残酷さが際立っている、それこそにアニメという表現の意味がある、と言えるかもしれません。



(C)RITA PRODUCTIONS / BLUE SPIRIT PRODUCTIONS / GEBEKA FILMS / KNM / RTS SSR / FRANCE 3 CINEMA / RHONES-ALPES CINEMA / HELIUM FILMS / 2016



2:地味な物語で、性的な話題もあるのに、子どもに観て欲しい理由とは? 
原作小説からここが変わった!


本編の内容は、7人の子どもたちの姿を、思春期に差し掛かる前の少年の恋心や、彼らを取り巻く大人たちの思惑も絡めつつ、丹念に示していくというものです。そこには魔法などのファンタジーもなく、大きな事件もそれほど起きません。物語そのものは“地味”という意地悪な言い方もできてしまいます。

しかしながら、キャラクターの内面はほんの僅かなセリフや行動から十分に読み取ることができ、彼らに愛着が湧いて「幸せになって欲しい」と願わずにはいられなくなります。実在しない人物、それも人形で作られたキャラの幸せを願えるまでに感情移入ができる……それは素晴らしい作品の条件であり、理想とも言えるのではないでしょうか。

そして、(地味とも言える内容であるのに)子どもに観て欲しい、親子で楽しめる内容になっていることも特筆に値します。実は、同名タイトル(「奇跡の子」から改題)の原作小説ははっきり“大人向け”の内容であり、不快な汚い言葉が出てきたり、ひどい親たちの暴力が具体的に示されていたり、いじめっ子の言動や行動にとてつもない悪意が込められていたり、物語そのものもかなり暗いものになっていました。

今回のアニメ映画では、その原作を換骨奪胎し、いじめっ子の悪意よりも優しさがより強調されていたり、大人たちの言動や行動を婉曲した表現に変えることで、子どもが観ても問題ないように、より楽しい場面も増えるようにと調整をされています。そこには性的な話題も含まれているのですが、“子どもには本質が通じなくても、大人だけがハッと気づく”絶妙なさじ加減で事実が示されていました。(小学校高学年くらいのお子さんになると、大人と同様にその意味に気づけるのかもしれません)

もちろん、「どんな形であっても性的な話題を子どもに聞かせたくない」という親御さんもいるでしょう。しかし、子どもは成長するにつれてどこかで性的なことを知ってしまうものですし、完全に隠してしまうことのほうがむしろ悪い影響を与えてしまうのではないか、と筆者は考えます。

劇中で子どもたちがはやしたてる“下ネタ”は笑ってすませられる程度のかわいいものですし、物語そのものも“子どもがこれから性的なことを知っていく”ことを前提していると思しきところがありました。子どもも観る映画であっても(だからでこそ)性的なことから目をそらさないという精神性は、賞賛されるべきではないでしょうか。

そして、過酷な境遇であっても懸命に生きる子どもたちの交流と、彼らの健気さやかわいらしさは、きっと同年代の子どもこそが好きになるでしょう。胸躍る冒険や魔法のようなファンタジーがなくても、映画は面白いということ……そんな映画の新しい魅力に、子どもが気づけるのかもしれませんよ。

余談ですが、クロード・バラス監督によると、劇中で重要なアイテムとなっている“凧”には、“風に乗って自由に飛んでいける”という意味の他、“どこかに(空中に)行っても(糸は地上と)繋がっている”という人間関係のメタファーも込められているのだそうです。

また、映画のラストは原作とは全く違う、さらなる希望と“その後”を感じさせるものになっていました。このシーンは、監督曰く「愛は無条件であること」を示すために入れたのだとか。原作の物語をただ踏襲するだけでなく、このように優しさを感じさせる要素が多分に足されているところも、本作の美点と言えるでしょう。



(C)RITA PRODUCTIONS / BLUE SPIRIT PRODUCTIONS / GEBEKA FILMS / KNM / RTS SSR / FRANCE 3 CINEMA / RHONES-ALPES CINEMA / HELIUM FILMS / 2016



3:ズッキーニというあだ名の意味とは? 
“子どもの考え方”を気づかせてくれる!


本作の大きな特徴は、子どもたちの(大人が客観的に見れば辛い)現実を示しつつも、その現実とギャップのある子どもの純粋さや無邪気さ、そして揺るぎない価値観を描いていることにもあります。

その価値観の象徴とも言えるのが、9歳の主人公が“ズッキーニ”という親につけられたあだ名を大切にしており、孤児院でもその名前で呼ばれたいと願っていることです。ズッキーニはフランス語では“Courgette(クルジェット)”と言い、それはウリやかぼちゃを意味する“クルジュ”から派生した言葉で、クルジュには比喩的に“石頭”とか“のろま”という意味もあります。その意味を含んでいるズッキーニというあだ名は、ほぼ悪口とも言ってもいいでしょう。

そうであるのに、なぜ主人公はそのズッキーニというあだ名を大切にしているのか……“無邪気だから”と簡単に言ってしまってもいいのですが、それ以上に“大切なことであると信じたい”という幼い少年だからこその価値観が表れているように思うのです。

ズッキーニの母親は飲んだくれでほぼネグレクト(育児放棄)状態で、正常な親からの愛情を受けてはいませんでした。そのような事実を、子どもは信じたくはないでしょう。だからでこそ、大人が客観的に考えれば悪口に思えることも、ズッキーニは“親からの愛”によるものだと考えるようになったのではないでしょうか。(彼が集めている“空き缶”もそのことを示しているかもしれません)

虐待をされた子どもは、その虐待をした親をかばったり、またはその虐待そのものを悪いことだと考えなくなるケースもあります。それは心理的に安定した状態を保つための“防衛機能”と呼ばれる作用です。侮蔑とも言える親からのあだ名を大切にしているズッキーニを初め、孤児院の子どもたちはそれぞれの防衛機能をもって、何とか精神を保っているとも言えるでしょう。(中には辛い現実や性的なことを受け止めつつある早熟な子どももいます)

大切なのは、そうした大人が客観的に見ると“不幸”とも思えることは、子どもたちにとっては必ずしもそうではないということです。同時に、劇中ではどこかで大人が正しい道を示してあげたり、または子どもが大切にしていることをことさらに否定せずに認めてあげることなど、多様な解決のための道が示されていました。(大人に頼らなくても、子ども自身が解決してしまえることもあります)

『ぼくの名前はズッキーニ』を大人が観れば、子どもとの接し方だけでなく、“子どもはどのような考え方をしているか”について学べるでしょう。子どもはどうしても難しい言葉や文章で語らないので軽く見がちですが、実は複雑なことを考えていたり、はたまた大人が思いもしない判断で行動していることも往々にしてあるのですから。ズッキーニというあだ名は、そんな“大人が気づきにくい子どもの考え方”の1つを気付かせてくれるのです。



(C)RITA PRODUCTIONS / BLUE SPIRIT PRODUCTIONS / GEBEKA FILMS / KNM / RTS SSR / FRANCE 3 CINEMA / RHONES-ALPES CINEMA / HELIUM FILMS / 2016



4:日本語吹替版もおすすめ! 
だけど好き嫌いが分かれるポイントも?


本作は日本語吹替版も上映されており、これが実に出来が良い! 主人公を演じる峯田和伸の弱々しさと優しさが同居しているような声質、麻生久美子のかわいいけど気丈な女の子、リリー・フランキーから感じる圧倒的な“保護者み”。そして浪川大輔の“口が悪いけど根が優しい”少年がこれ以上なくハマっていました。翻訳そのものも、子どもにもわかりやすく、聞き取りやすいように絶妙に調整されています。

ただ、峯田和伸が“9歳の男の子役”ということに、どうしても違和感を覚えてしまう方もいるのかもしれません。演技や声質がその性格にぴったりだとしても、成人男性が声変わりしていない年齢の子どもの声を担当しているのですから(原語版では、主人公の声は子役が担当しており、声そのものも高くなっています)。とはいえ、観ていくうちに気にはならなくなってくると思うので、筆者個人としてはやはり吹替版をおすすめします。



(C)RITA PRODUCTIONS / BLUE SPIRIT PRODUCTIONS / GEBEKA FILMS / KNM / RTS SSR / FRANCE 3 CINEMA / RHONES-ALPES CINEMA / HELIUM FILMS / 2016



5:唯一の欠点は“短い”こと? 
ストップモーションアニメの苦労を知っておこう


『ぼくの名前はズッキーニ』はほぼパーフェクトと言ってもいいほどの完成度を誇る作品ですが、たった1つ欠点があります。それは短いことです。本編が66分しかなく、あっという間に終わってしまう、「もっと観たかったのに…」と少し物足りなさを覚えてしまうことは否定できません。それぞれのキャラの心理は十分に描かれているとは言え、少しトントン拍子に心変わりや物語が展開しすぎだと感じてしまうところもありました。

しかしながら、この短いという作品の特徴も、“彼らの生活や人生により想像が膨らむ”、“気軽に見られる”というポジティブな解釈もできます。

何より、昨年に公開された『KUBO/クボ 二本の弦の秘密』と同じく“人形や小物をちょっと動かして、カメラで撮って、またちょっと動かして、また撮って……”という気の遠くなる作業を通して完成したストップモーションアニメなのですから、「もっと観たいよ!」という気持ちがとても贅沢なものにも思えてきます。

事実、『ぼくの名前はズッキーニ』では60個ほどの精巧なセットを作って、54個の人形に3種類の衣装をつけたりしたおかげで、50人以上の職人が努力を重ねても製作期間は2年間にも及んだのですから……物語がしっかりまとまっていることもあり、「この映画はこれくらいの短さでいいんだな」と多くの方が思えるでしょう。

また、本編を見て「物足りなかったな」と感じた方は、ぜひ原作小説を読んでみることもおすすめします。前述した通り内容は大人向けで暗いものなのですが、こちらにしか登場しないキャラやエピソードもあり、主人公のズッキーニを始めとしたキャラの考え方がより深く分かるようにもなっていますよ。

余談ですが、2018年5月には『KUBO/クボ 二本の弦の秘密』と同様に日本を舞台にしたストップモーションアニメ『犬ヶ島』が公開予定です。監督は『ファンタスティック Mr.FOX』や『グランド・ブダペスト・ホテル』のウェス・アンダーソン。日本人ボイスキャストとして渡辺謙、RADWIMPSの野田洋次郎、夏木マリ、オノ・ヨーコが参加しているのも見逃せませんよ。


おまけ:合わせて観て欲しい“子どもの考え方を知れる”映画はこれだ!


最後に、『ぼくの名前はズッキーニ』と同様に、“子どもの考え方を知れる”3つの優れた映画を紹介します。

1.『メイジーの瞳』



両親が離婚してしまい、その両方の家に“たらい回し”にされてしまう6歳の少女の物語です。派手な展開やどんでん返しはほぼ皆無ですが、巧みな演技と演出によって人物関係や彼女らの心情が伝わってくる、映画ならではの面白さに満ちた内容になっていました。

主演の女の子がとにかくかわいらしく、そして“言葉に出さなくてもしっかり考えている”ことがわかる表情が秀逸です。結婚をした、または子どもが生まれたばかりだという大人が観れば、きっと大切なことを学べるでしょう。

2.『ショート・ターム』



アメリカの児童保護施設を題材とした映画です。特筆すべきは、虐待を受けた子どもだけでなく、虐待をしている親側の心情も描かれていること。劇中の“物語”により(虐待をする親側のセリフがなくても)虐待をしてしまうまでの心理が十分示されているのです。観た後は現実にある虐待の問題を、より敏感に感じられることでしょう。

タイトルのShort Termは“短期”のグループホーム(保護施設)のこと。短い期間だからこそ、傷ついた子どもたちとの時間を大切にしたい、その短い期間を過ぎた後も子どもたちに幸せでいてもらいたい……優しい大人たちの、そのような願いが感じられました。福祉関連の仕事に就いている人はもちろん、世代を問わずに観てほしいと思える作品です。

3:『ルーム』



7年に渡り監禁されていた女性と、彼女がその間に産んだ5歳の息子の物語です。辛い事実が次々に露呈していく内容ですが、それにより世の中に溢れている幸せや、母親の意義を教えてくれる、メッセージ性も存分に高い作品に仕上がっていました。

カメラワークと編集が極めて工夫されており、“初めて(監禁部屋から)外の世界を知る”子どもの視点が鋭く描かれているのもポイントです。子どもが何かを知っていく過程というのはそれだけで面白く、また尊いものであると実感させられます。ドキドキするサスペンス、特殊な人生を垣間みるドラマ、そして母性愛というテーマ、それらを期待する人すべてにおすすめします。

(文:ヒナタカ)

無料メールマガジン会員に登録すると、
続きをお読みいただけます。

無料のメールマガジン会員に登録すると、
すべての記事が制限なく閲覧でき、記事の保存機能などがご利用いただけます。

RANKING

SPONSORD

PICK UP!