江戸川乱歩原作の世界を、昭和テレビドラマならではの濃密なエンターテインメントへと変貌させた「江戸川乱歩の美女シリーズ」。
名探偵・明智小五郎。
妖しい洋館。
奇怪な殺人。
華麗な変装。
そして、タイトルに必ず刻まれる“美女”という言葉。
このシリーズを今見返すと、そこにあるのは単なる懐かしのサスペンスではない。
乱歩文学の怪奇性、昭和テレビ映画のサービス精神、そして時代ごとの女性像が、これでもかと詰め込まれた濃厚な映像文化のアーカイブである。
今回の「金曜映画ナビ」で注目したいのは、女優・夏樹陽子だ。
モデル出身の洗練された佇まい、画面に現れた瞬間に空気を変える華やかさ、そしてどこか危険な気配。
夏樹陽子は、1978年の『浴室の美女』、1980年の『エマニエルの美女』、そして1986年の『妖しいメロディの美女』で、シリーズにおける“美女”の意味を少しずつ変えていった。
『浴室の美女』では、彼女は事件に巻き込まれる美しき娘として登場する。
『エマニエルの美女』では、欲望と疑惑の中心に立つ妖艶な女性となる。
そして『妖しいメロディの美女』では、北大路欣也版・明智小五郎の幕開けを飾るヴァイオリニストとして、シリーズの新章を導く存在となる。
夏樹陽子を通して見ると、「美女シリーズ」はただの“美女が登場するミステリー”ではない。
美女こそが事件を呼び、謎を動かし、明智小五郎の世界を変えていく装置だったことが見えてくる。
『浴室の美女』『エマニエルの美女』はいずれもテレビ朝日系列「土曜ワイド劇場」で放送された、江戸川乱歩原作・天知茂主演の「エロティック・ミステリー・サスペンス」の名作TVドラマシリーズと紹介されている。
『浴室の美女』は1978年製作、監督は井上梅次、キャストに天知茂、高橋洋子、五十嵐めぐみ、夏樹陽子、志垣太郎、佐野周二、荒井注、西村晃らが名を連ねる。
『エマニエルの美女』は1980年製作、同じく井上梅次監督、脚本はジェームス三木、出演は天知茂、夏樹陽子、五十嵐めぐみ、江木俊夫、中条きよし、荒井注、岡田英次らである。
『浴室の美女』――夏樹陽子がシリーズに刻んだ、鮮烈な第一印象

『江戸川乱歩の美女シリーズ 江戸川乱歩「魔術師」より 浴室の美女』は、シリーズ第2作にあたる一本である。
物語は、川に浮かぶ獄門船、そこに置かれた生首という、いかにも乱歩的なショッキングなイメージから始まる。
莫大な富を得た玉村家を狙う謎の凶賊。
その名は“魔術師”。
綿密に張り巡らされた犯罪計画は、名探偵・明智小五郎さえも翻弄していく。
あらすじも、獄門船、生首、玉村家、凶賊“魔術師”、そして明智の危機を本作の導入として掲げている。
スタッフは脚本・宮川一郎、監督・井上梅次、音楽・鏑木創。
ジャンルはミステリー・サスペンス/エロス、本編尺は72分、製作年は1978年とされている。
ここで夏樹陽子が演じるのは、玉村妙子。
宝石商の娘であり、物語の中心に置かれる“美女”である。
彼女は単なる被害者でも、ただ守られるだけのヒロインでもない。
華やかな美貌と、どこか近寄りがたいミステリアスさによって、事件そのものに艶を与える存在だ。
興味深いのは、この時点の夏樹陽子が、まさに女優として急速に存在感を増していたことだ。
夏樹陽子公式サイトによれば、彼女はファッションモデルとして活動した後、1977年に東映映画『空手バカ一代』のヒロインとして女優デビューし、同年には三代目『さそり』にも主演。
1978年にはエランドール新人賞を受賞している。
つまり『浴室の美女』の夏樹陽子は、単に“妖艶な美女”として消費される存在ではない。
モデル出身の身体性、映画デビュー直後の勢い、そしてテレビ映画という新しい舞台に挑む若き女優の鮮度が、作品の中で強烈に弾けている。

明智小五郎役の天知茂は、どこまでも渋く、ダンディで、どこか現実離れした名探偵として画面を支配する。
その一方で、夏樹陽子の玉村妙子は、生身の若さと華やかさで、作品に危うい呼吸をもたらす。
だからこそ『浴室の美女』は、単なる初期シリーズの一本ではなく、夏樹陽子という女優が「美女シリーズ」に鮮烈な爪痕を残した記念碑的作品として見ることができる。
『エマニエルの美女』――“見られる美女”から“事件を動かす女”へ

1980年製作の『江戸川乱歩の美女シリーズ エマニエルの美女 江戸川乱歩の「化人幻戯」』では、夏樹陽子の存在感はさらに濃くなる。
原作は、江戸川乱歩の長編探偵小説『化人幻戯』。
同作は1954年から1955年にかけて発表された明智小五郎シリーズの一作であり、乱歩の成人向け明智作品の後期を代表する作品のひとつとされる。
原作には、若く美しい人妻・由美子への欲望、白い羽根、密室、日記、アリバイ工作、そして愛と殺意が絡み合う倒錯的な世界が描かれている。
有名推理小説家・大河原義明が主催する犯罪研究愛好会に明智小五郎と波越警部が招かれ、犯罪談義の場が本物の連続殺人の舞台へ変貌していくと紹介されている。
被害者に送られた白い羽根、美貌の夫人が記した愛欲の日記、死者の蘇り――この一文だけで、乱歩後期の濃厚な倒錯美が漂ってくる。

夏樹陽子が演じるのは、大河原の妻・由美子。
『浴室の美女』の玉村妙子が、事件に巻き込まれる美しい娘だったとすれば、『エマニエルの美女』の由美子は、事件の視線を攪乱する中心人物である。
彼女は見られるだけの美女ではない。
男たちを惹きつけ、疑惑を呼び、物語を危険な方向へと滑らせていく。
タイトルの“エマニエル”という語感が示す通り、本作には当時の官能映画的なムードも漂う。
しかし、ただ扇情的なだけではない。
乱歩原作の論理と倒錯を、テレビ映画のわかりやすいサスペンスへ翻訳しながら、夏樹陽子の身体と表情が、その中心で強烈な引力を放っている。
ここで重要なのは、由美子という人物が“欲望される女”であると同時に、“欲望する女”でもあることだ。
美女シリーズにおいて女性はしばしば事件の標的であり、犠牲者であり、あるいは悲劇の象徴として描かれる。
だが由美子は、それだけに収まらない。
彼女は物語の中で視線を受けるだけでなく、自ら視線を返し、男たちを動かし、明智の推理をも揺さぶる。
それは、シリーズにおける“美女”像の大きな変化でもある。
『浴室の美女』の夏樹陽子には、若きスターの眩しさがあった。
『エマニエルの美女』の夏樹陽子には、大人の女優としての危うさがある。
同じ“美女”でありながら、役の機能がまるで違う。
前者がシリーズに華を添える存在なら、後者は作品の核心に毒を流し込む存在である。
夏樹陽子の魅力は、まさにその変化にある。
天知茂版・明智小五郎の世界において、夏樹陽子は二度登場することで、“美女”という言葉に二つの顔を与えた。
一つは、危機にさらされる華やかなヒロイン。
もう一つは、欲望と殺意の匂いをまとったファム・ファタール。
この振れ幅こそ、夏樹陽子が「美女シリーズ」において特別な存在である理由だ。
『妖しいメロディの美女』――北大路欣也版の幕開けを飾る、音楽と謎の女

そして1986年、『江戸川乱歩の美女シリーズ 妖しいメロディの美女 江戸川乱歩の「仮面の恐怖王」』で、夏樹陽子は再びシリーズに戻ってくる。
ここで大きく変わるのは、明智小五郎である。
天知茂から北大路欣也へ。
シリーズは新章へと入る。
『江戸川乱歩の美女シリーズ』は、テレビ朝日系「土曜ワイド劇場」で1977年から1994年まで放送されたテレビドラマシリーズで、天知茂版は1977年から1985年まで25作、北大路欣也版は1986年から1990年まで6作が制作された。
北大路版の第1作が、1986年7月5日放送の『妖しいメロディの美女』であり、原作は『仮面の恐怖王』、美女役は夏樹陽子、脚本は吉田剛、監督は池広一夫、視聴率は19.9%と記録されている。
本作で夏樹陽子が演じるのは、ヴァイオリニストの小早川涼子。
音楽。
美貌。
仮面。怪人二十面相的な暗躍。
天知茂版の濃密な官能サスペンスとは少し異なる、より端正で、よりクラシカルな謎のムードが漂う。

原作『仮面の恐怖王』は、1959年に光文社の月刊娯楽雑誌「少年」に連載された江戸川乱歩の少年向け推理小説シリーズの一つ。
怪人二十面相が鉄仮面、道化仮面、黄金仮面など、さまざまな仮面をまとって暗躍する物語である。
この少年向け冒険譚を、美女シリーズは大人向けのサスペンスへと変奏する。
その鍵になるのが、夏樹陽子演じる小早川涼子だ。
涼子はヴァイオリニストである。
つまり彼女は、ただ美しいだけでなく、“音”をまとって登場する美女である。
シリーズのタイトルにある「妖しいメロディ」とは、単なる雰囲気づくりではない。
音楽そのものが、謎と魅惑の入り口になる。
天知茂版の明智は、退廃的で、ダンディで、どこか夜の匂いが濃かった。
北大路欣也版の明智は、より颯爽として、スマートで、現代的なヒーロー像へ寄っていく。
その新しい明智の相手役として、夏樹陽子が再び“美女”を演じていることは象徴的だ。
『浴室の美女』でシリーズ初期の官能性を担い、『エマニエルの美女』で欲望の中心に立ち、そして『妖しいメロディの美女』で新しい明智像の幕開けを支える。
夏樹陽子は、シリーズの節目に現れる女優なのである。
夏樹陽子という“美女”は、なぜ記憶に残るのか
夏樹陽子の魅力をひと言で表すなら、「華やかさの奥に、危険な静けさがある」ということになるだろう。
美しい。
だが、安心できない。
艶やか。
だが、近づけば何かが壊れそうな気配がある。
「美女シリーズ」における“美女”は、しばしば男性視線によって飾られる存在として語られがちだ。
もちろん、昭和のテレビ映画らしい官能演出や、当時の時代性を反映した表現も多い。
しかし夏樹陽子が演じる女性たちは、それだけでは終わらない。
『浴室の美女』の玉村妙子は、シリーズの名物性を立ち上げる鮮烈な存在だった。
『エマニエルの美女』の由美子は、男たちの欲望を受け止めるだけでなく、事件の構図そのものを揺らす存在だった。
『妖しいメロディの美女』の小早川涼子は、北大路欣也版という新章の扉を開く、音楽とミステリーをまとった存在だった。
つまり夏樹陽子は、“美女”というタイトルの中に押し込められながらも、そのたびに違う役割を演じ分けている。
若さ。
妖艶さ。
成熟。
そして謎。
この変化があるからこそ、彼女の登場作を並べて見ると、「美女シリーズ」そのものの変遷が見えてくる。

昭和テレビ映画の濃度を、今こそ味わう
「江戸川乱歩の美女シリーズ」は、今の目で見ると驚くほど濃い。
ミステリーとしては大胆で、時に荒唐無稽。
サスペンスとしてはサービス精神に満ち、展開は常に大仰。
そして映像は、フィルム撮影ならではの質感をまとい、夜の闇、洋館、仮面、宝石、音楽、美女の肌、明智の変装が、ひとつの過剰な世界を作り出している。
そこには、現在のドラマにはなかなか見られない“やりすぎることの快楽”がある。
ただし、今見返す価値は懐かしさだけではない。
乱歩作品がテレビ向けにどう翻案されたのか。
明智小五郎という探偵像が、天知茂から北大路欣也へどう変わったのか。
そして“美女”と呼ばれた女性たちが、物語の中でどんな役割を背負わされ、どこでその枠を越えようとしていたのか。
そうした視点で見ると、このシリーズは日本のテレビドラマ史、ミステリー映像史、そしてスター女優史を一度に味わえる豊かな作品群になる。
中でも夏樹陽子は、極めて重要な存在だ。
彼女はシリーズ初期の衝撃を担い、中期の官能と倒錯を担い、さらに北大路版の始まりにも立ち会った。
これは偶然ではない。
夏樹陽子という女優が持っていた、美しさ、強さ、危うさ、そして画面を支配する華が、このシリーズの“美女”という言葉と抜群に相性がよかったからだ。
“美女”は、事件の飾りではない
「美女シリーズ」というタイトルだけを見ると、どうしても通俗的な響きが先に立つ。
だが、夏樹陽子の出演作をたどると、その印象は変わる。
美女は事件の飾りではない。
美女は謎の入口であり、欲望の鏡であり、明智小五郎の推理を揺さぶる存在である。
『浴室の美女』で、夏樹陽子はシリーズの官能と華やかさを一気に刻み込んだ。
『エマニエルの美女』で、彼女は“見られる女”から“事件を動かす女”へと変化した。
『妖しいメロディの美女』で、彼女は新しい明智小五郎の世界に、妖しい音色を響かせた。
だからこそ、この3本を並べて見る意味は大きい。
乱歩の怪奇。
昭和テレビ映画の熱気。
そして夏樹陽子という女優の、時代を超えてなお目を奪う存在感。
そのすべてが重なったとき、「江戸川乱歩の美女シリーズ」は、ただの懐かしきサスペンスではなくなる。
それは、“美女”という言葉の奥に隠された、昭和エンタメの欲望と美学をのぞき込む時間なのだ。
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