“インド映画”の常識が変わる。『KILL 超覚醒』『エンドロールのつづき』が示す底力

金曜映画ナビ

インド映画と聞いて、まず思い浮かぶのは何だろうか。
華やかなダンス、心を高揚させる音楽、そして感情を一気に運んでいく濃密なドラマ。
もちろん、それはインド映画の大きな魅力だ。

けれど今、インド映画の面白さは、そのイメージだけではとても語りきれないところまで来ている。
世界の観客を叩きのめすような鋭利なジャンル映画もあれば、映画そのものへの愛を静かに、けれど深くすくい取る作品もある。

今回取り上げる『KILL 超覚醒』と『エンドロールのつづき』は、まさにそのことを鮮やかに証明する2本だ。

一本は、走る列車の中で展開する凄絶なサバイバル・アクション。
もう一本は、スクリーンの光に魅せられた少年の目を通して、映画館という魔法の場所を見つめ直す物語。

あまりにも違う。
けれど、だからこそ面白い。
この2本を並べることで、“インド映画”という言葉の射程が一気に広がって見えてくる。

『KILL 超覚醒』

© 2024 BY DHARMA PRODUCTIONS PVT. LTD. & SIKHYA ENTERTAINMENT PVT. LTD. 

『KILL 超覚醒』は、閉ざされた列車内を舞台にしたアクションスリラーだ。
対テロ特殊部隊の男アムリトは、恋人を追って寝台列車に乗り込む。
だがその車内は、武装した強盗集団によって支配されていた。
逃げ場のない密室空間で、彼は愛する人と乗客を守るため、圧倒的不利な戦いへ身を投じていく。

この映画の凄みは、とにかく“逃げられない”ことにある。
広大な街でも荒野でもなく、舞台は細い通路と狭い客室が連なる列車の中。
人ひとりがすれ違うだけで精一杯の空間で、肉体と肉体が激突する。
その距離の近さが、暴力の痛みをダイレクトに観客へ叩きつけてくる。

しかも本作は、単なるアクション快作では終わらない。
恋人を守るための戦いだったはずのものが、怒りと復讐の熱を帯びることで、主人公そのものを変質させていく。
観ている側は、爽快感だけではない、感情が暴力へと反転していく危うさまで目撃することになる。

© 2024 BY DHARMA PRODUCTIONS PVT. LTD. & SIKHYA ENTERTAINMENT PVT. LTD. 

インド映画といえば、いまだに“歌って踊る”イメージで語られることがある。
だが『KILL 超覚醒』は、その固定観念を真正面から壊しにくる一本だ。音楽で盛り上げるのではなく、呼吸、打撃音、金属音、うめき声で観客を追い込んでいく。むしろ本作は、インド映画の例外ではなく、いまのインド映画が持つ新しい顔のひとつとして受け止めるべきだろう。

『エンドロールのつづき』

ALL RIGHTS RESERVED ©2022. CHHELLO SHOW LLP 

一方、『エンドロールのつづき』は、まったく異なる温度で胸に迫ってくる。
舞台はインドの田舎町。
9歳の少年サマイは、初めて映画館で観た映画に強く心を奪われる。
映写室に通ううちに、彼はスクリーンを照らす光の美しさに魅せられ、やがて“映画を観る側”ではなく“映画を作る側”への憧れを膨らませていく。

この映画の中心にあるのは、物語そのもの以上に、“初めて映画を好きになった瞬間”の感覚だ。
暗闇の中でスクリーンが光り出すあの瞬間。
映写機の音が響くあの時間。
映画好きなら誰しも、自分だけの原風景として心のどこかに抱えているはずの記憶を、この映画はやさしく呼び起こしてくる。

そして美しいのは、映画への愛だけを描いているわけではないことだ。
この作品には、フィルム上映からデジタル上映へと切り替わっていく時代の空気が流れている。
つまりこれは、一人の少年の成長譚であると同時に、ある映画文化の終わりと始まりを見つめた物語でもあるのだ。

ALL RIGHTS RESERVED ©2022. CHHELLO SHOW LLP 

ノスタルジーだけで終わらない。
むしろ本作には、“好きだったものが失われていく痛み”が静かに宿っている。だからこそ、映画へのラブレターでありながら、観る者の胸に切実な余韻を残す。

『KILL 超覚醒』が見せる、インド映画の“攻め”

『KILL 超覚醒』を観ると、いまインド映画がいかに大胆にジャンルを更新しているかがよく分かる。
そこにあるのは、ただ派手なだけのアクションではない。空間の制約、人物の感情、暴力の質感、そのすべてが計算され尽くしていて、観客の神経を最後まで張り詰めさせる。

この映画の面白さは、主人公が強いことではなく、極限状態のなかで“どこまで壊れていくか”が描かれているところにある。
守るために戦っていたはずの男が、怒りによって別の顔を見せ始める。
その危うさがあるからこそ、本作は単なる痛快作ではなく、強烈な印象を残す。

世界に向けてジャンル映画を打ち出す力。
それを『KILL 超覚醒』は、これ以上ないほど分かりやすく体現している。

『エンドロールのつづき』がすくい上げる、映画館の記憶

対して『エンドロールのつづき』は、映画を好きでいることの原点を見つめる作品だ。
スクリーンに映る物語に胸を震わせたこと。
映画館という場所に、自分の人生のどこかを預けたこと。
そんな感覚を持つ人にとって、この映画はとても個人的な一本になるだろう。

本作には、大げさなドラマチックさはない。
けれど、食卓の風景、町の空気、映写室の熱、友だちと過ごす時間、そのすべてがかけがえのないものとして映る。
映画が人の人生に入り込み、夢の輪郭を作っていく過程が、驚くほどみずみずしく描かれている。

映画を観ることは、人生を少し変えてしまう。
『エンドロールのつづき』は、そのことを知っている人のための映画であり、まだ知らない人にその魔法を手渡す映画でもある。

なぜこの2本を並べたいのか

『KILL 超覚醒』と『エンドロールのつづき』。
片や血しぶきが飛び散る列車アクション、片やスクリーンの光を見つめる繊細な成長譚。
まるで正反対の映画だ。

だが、この2本を並べると、インド映画の魅力が“多様性”という便利な言葉だけでは済まされないことが見えてくる。
世界市場に向けてジャンル映画を更新する強さ。
映画文化そのものを慈しみ、語り継ごうとするやさしさ。
その両方を同時に持っていることこそ、いまインド映画が圧倒的に面白い理由なのだ。

歌って踊るだけじゃない。
激しく、痛く、そしてどこまでも繊細。
そんなインド映画の“底力”を知る入口として、この2本は最高の組み合わせだと思う。

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『KILL 超覚醒』
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『エンドロールのつづき』
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