インタビュー

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2023年04月08日

『世界の終わりから』紀里谷和明監督×伊東蒼インタビュー 「絶望」が「諦め」になり、そして「最後の作品」になった理由

『世界の終わりから』紀里谷和明監督×伊東蒼インタビュー 「絶望」が「諦め」になり、そして「最後の作品」になった理由

『CASSHERN』(04年)や『GOEMON』(09年)の紀里谷和明監督の最新作にして、「最後の作品」と銘打たれた『世界の終わりから』が2023年4月7日(金)に公開された。ここでは、紀里谷和明監督と、主演を務めた伊東蒼へのインタビューをお届けする。

なぜ本作が最後の作品と銘打たれているのか。なぜ女子高生を主人公とし、伊東蒼をキャスティングしたのか。世界の運命を託される物語が、なぜ生まれたのか。「絶望」を描いた作品に、2人がどう向き合ったのか。それぞれをたっぷりとお聞きできたので、ぜひ映画と合わせてお読みいただきたい。

テーマを「絶望」にした理由

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――『CASSHERN』は「新造人間キャシャーン」、『GOEMON』は「石川五右衛門」、『ラスト・ナイツ』は「忠臣蔵」と、過去作はベースとなる作品または人物がありましたが、今回はオリジナル作品です。部分的にでも、ベースとなった作品はあるのでしょうか。


紀里谷和明監督(以下、紀里谷):まったくないです。完全にオリジナルですね。

――選ばれたテーマは「絶望」とあります。これは、コロナ禍の世相も反映されているのでしょうか。

紀里谷:いいえ。コロナ禍のときには外国に1人でいたので、僕個人にはそれほど影響はなかったんです。絶望をテーマにした理由は、一時的なものではなく、それこそ子どもの頃から絶望していたからです。学校の教師、いや教育そのものや大人たち、日本に絶望していたからこそ、15歳でアメリカに渡ったんです。

アメリカでの環境はだいぶ良かったのですが、大人になるにつれて、また世界に絶望し始めて、日本に帰って来たんです。世界は変わらないですね。常に絶望の連続という気がします。『CASSHERN』のときにはその絶望を「怒り」として作品に反映させていたのですが、今回はそれが「諦め」に変わっていると思いますね。

――その絶望が諦めになっても、それでもなお……というメッセージがある作品ですよね。そうして「絶望」を描いた『世界の終わりから』を「最後の作品」であると明言されているのはなぜですか。

紀里谷:いろいろな理由があるので、一言ではとても言えないのですけど、まずは「この作品で伝えたいことは伝えきった」という自負があるからです。細かいことを言えば決して完璧ではないのですが、納得がいく完成度にできましたから。今回の『世界の終わりから』は、試写会で観ていただいた方のリアクションを追っても「伝わってるんだな」と思います。

――劇中でSNSでの悪意のあるコメントが書き込まれる一幕があります。紀里谷監督ご本人も作品への批評などで傷ついた経験があるからこそ、あの描写があったのでしょうか。

紀里谷:劇中のSNSの書き込みは、直接的には僕のことではありませんよ。今は多くの人たちが、有名無名を問わず、子どもも大人も問わずに、SNSで傷つけられています。学校に行っても、そういうふうにいじめられたり、自殺してる人たちも多くいます。日本の若者の死因の第1位が自殺ですからね。それはいびつなことであるし、いびつな世界に生きていると思ったんです。

でも、僕自身もとても傷ついていたことは事実です。作品への批判であっても、それが的を得ているものであればもちろん良いのですが、ほとんどが作品とは関係のない個人攻撃だったんです。私が以前に結婚してた人のことで色眼鏡で見られることも多かったですし、偏見と差別をもっての攻撃はさすがに辛かったです。そうしたこともあって、映画にも社会にも関わりたくなくなったということが、この『世界の終わりから』を最後の作品にしたかった理由のひとつです。

伊東蒼に「即決」したものの、それでも「怖かった」理由

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――そうしたいびつな世界を捉えたからこそ、これまでの作品とは異なる、女子高生の主人公が生まれたのでしょうか。


紀里谷:今までは男性主人公、強い人間の視点で物語を作っていました。ただ、やはり世界での戦争、もっと広い意味での争いごとで真っ先に犠牲になる、その皺寄せが行くところは、子どもと女性なんですよ。その怒りが僕の中ではずっとあって、『CASSHERN』でもそれを表現しました。しかし、肝心の子どもと女性の視点から物語を描いたことがなかったんです。自分は男ですし、想像であるけれど、「それでも」と思って、脚本を書き始めました。

そして、志門ハナというキャラクターが僕の中に現れて、僕がそのハナを追っかけていったんです。「どういう人生を送ってるんだろうか」と考えることからスタートして、何度も何度も脚本を書き直していくうちに、ハナのほうから語りかけてくるというか、彼女がどんどんどんどんリアルになってく感覚がありました。

――そのハナ役に、伊東蒼さんを選んだ理由を教えてください。

紀里谷:脚本を書き上げて、志門ハナというキャラクターが出来上がった、好きになれたのはいいけれど、「これだけのものを背負わされる女の子を、誰が演じられるの?」となったんです。自分自身の苦しみや、世界の不条理や、ありとあらゆる絶望を背負っていて、それを「届けられる人がいるんだろうか」と本当に思いましたし、「いないんじゃないか」と恐怖を感じるほどでしたね。

それでも企画が始まって、キャスティングを検討する中で、真っ先にお話をいただいたのが伊東さんだったんです。僕は正直に言って、ほとんど役者さんのことはわかっていなかったのですが、『さがす』の伊東さんを観てもう「即決」でした。その後に『空白』も観て、即決したことは間違いなかったと確信しました。

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――実際に観ても、ハナは世界の運命をいきなり託されて、困惑して翻弄され、辛いこともたくさん経験する役柄でした。伊東さん自身、演じてみて率直な感想はいかがですか。

伊東蒼(以下、伊東):出来上がった作品を観てみると、ハナは「笑っているところがひとつもない」と思えるほど、笑顔が少なかったんだと気づきました。いろいろな負の感情を出していることが多かったので、演じている間は彼女の感情に引っ張られていたこともありました。でも、観終わって「一生懸命に頑張ってよかった」と心から思いました。

紀里谷:僕は現場で、毎日「伊東さんが壊れるんじゃないか」と心配していました。「大丈夫?」って聞いても、伊東さんは毅然と「大丈夫です」って返すんですよ。それがまた逆に怖くて、「もう無理」「ちょっと辛い」などと言ってほしかったくらいですが、それも含めて「考えすぎなのかな」「取り越し苦労してるのかな」とも思いました。でも、やっぱり怖かったです。特に屋上のシーンは、本当にいたたまれなくなりましたよ。

――監督だからこそ、演じられている方のメンタルを心配されてしまいますよね。

紀里谷:役者さんを心配しない監督もいっぱいいると思うんですよ。ただ、僕はそういう監督ではないんです。自分が何かを言って、その人を追い込んじゃったりするのかもしれないと、いつも恐怖を感じていますよ。

伊東:監督が気にしてくださっていることは、すごく伝わってきました。「大丈夫」って何度も聞いてくださるので、ありがたかったです。

紀里谷:いや、でも、それが「ウザい」って時もあるし、役者さんの中には「追い込まれないと」「もっと厳しく言ってもらった方がいい」と言う方もいますからね。でも、やはり僕は役者さんの気持ちをわかってあげたいですね。

伊東:監督が心配してくださってるのは本当にずっと感じていて、だからハナと同じように「1人じゃない」と感じて、最後までやりきれたのだと思います。

紀里谷:そんなことを言われたら、もう泣いちゃうよ(笑)。

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