映像作家クロストーク

SPECIAL

2023年08月10日

俳優・河合優実と映画監督・山中瑶子が語り合う──『あみこ』が変えた、わたしたちの人生。

俳優・河合優実と映画監督・山中瑶子が語り合う──『あみこ』が変えた、わたしたちの人生。

2023年の2月にCINEMS+で公開したシリーズ「人生を変えた映画」の俳優・河合優実さんのコラムが話題となった。そこに綴られていたのは山中瑶子監督のデビュー作で、2017年のぴあフィルムフェスティバル(以下、PFF)で入選された映画『あみこ』について。まだ「俳優・河合優実」になる前の高校生の人生を変えた映画だった。

今回はCINEMS+とPFFのコラボレーション企画として、河合優実と山中瑶子の対談をお届けする。久しぶりに対面した二人は、あみこが公開された当時のお互いの話に花を咲かせていく。まだ十代の映画監督がPFFを目指して生み出した『あみこ』を巡る、若いパッションがさまざまな人生を突き動かす──。


注目の新人監督、山中瑶子が19歳から20歳にかけて初めて制作した長編作品。この映画でPFFアワード2017で観客賞を受賞。その後、ベルリン国際映画祭、香港国際映画祭など海外の映画祭にも出品された。主人公は物事を斜めからとらえる自虐的な、あみこ。そんな彼女が同じようなニヒリストでありながらも人気者のアオミくんに恋をする。

河合優実が手紙に込めた思い

写真左から、山中瑶子、河合優実

――河合さんが当サイト「人生を変えた映画」に寄稿されたコラムで、まさにご自身の人生の分岐点について書かれていたのがとても印象的でした。

河合優実(以下、河合):それは逆に申し訳ないというか、自分の話ばっかりしてしまって、全然『あみこ』のことを書いてないんですよね(笑)。でも、いちばん正直に「人生を変えた映画」のことを書いたという感じです。

――山中さんはコラムを読んでどう思われましたか。

山中瑶子(以下、山中):公開前にチェックしてくださいということで連絡が突然きたんです。その時は電車に乗っていて、不意打ちだったんですよね。

河合:私が『あみこ』について書くなんて知らされてないですもんね。

山中:それですぐ読んだんですけど、熱量の高さにやられちゃいました。動悸がして、汗もダラダラかいちゃって。読み進めるのももったいないくらいドキドキしました。読んだ時はちょうど自分が人生に対して後ろ向きな時期だったので、いい意味で冷や水をぶっかけられた感じと言いますか、背筋がすごく伸びました。すごくいいタイミングで背中を押してもらえましたね。


――コラムにも書いてあった、ポレポレ東中野で河合さんに会われたことも覚えているんですよね。

山中:めちゃめちゃ覚えてます。お手紙をいただきましたよね。

河合:私たち、あの時しかお会いしてないじゃないですか。名前も本名だったし。あれが今の私と同じ人だとわかりましたか!?

山中:正直に言うと、すごい勝ち気な子が来たなって思ったので(笑)。メラメラとした眼差しの強さが、筆圧にも出てました。

河合:えー! 恥ずかしい……。

山中:ポレポレの前のフェンスのところで話しましたよね。今でも頭で再現できるくらい覚えてますよ。お手紙の内容を言ってもいいですか?

河合:めっちゃ恥ずかしいですけど、大丈夫です。

山中:「女優になります」って書いてあったんです。「なりたいです」だったかもしれないけど。だから、きっとなるんだろうなと思っていて、何も知らずに『佐々木、イン、マイマイン』(2020/*)を観て、「あ、あの時の子だ」となりました。役者になると言われたのを覚えていたので、まわりに公言していくというのは大事だなと思いました。

*......藤原季節が主演を演じた内山拓也監督作品。河合さんは主人公が憧れる佐々木を支える女、苗村を演じた。

河合:私の言ってること、おかしいですよね(笑)。活動してる役者が、監督に会いに行って、手紙を渡して、というのはわかるけど、別にそうじゃない人がこれから(俳優に)なりますって宣言をするという。でも、たしかに自分で会いに行って直接言っちゃうとかしたら物事が動くと思っていた時期で。

――とにかく誰かに言っておこうと。それだけ信念が強かったんですね。

河合:逆にそれしかなかったんです。とりあえず言っちゃって、外堀を埋めて先に事実を作っちゃうというか、自分にも言霊的に言い聞かせるというか。


――結果的には『あみこ』を鑑賞したことがきっかけで、演技の道に進むことになるという。これほど運命的なことがあるのかと感じました。

河合:じつはあの上映期間に2回観に行っていて、山中さんに直接お話しして、お手紙を渡したのは2回目の後なんです。1回目の時に(コラムで)書いたことが起きていて。

――そうだったんですね。その時に映画制作をしていた写真家の芝山健太さんに声をかけられて、結果的に映画『よどみなく、やまない』(2019)で初出演することになります。コラムではスカウトされた時のことはその危険性についても触れていて、慎重に書かれていました。

河合:そうですね。自分の将来を方向転換しよう、と思って観に行った映画でそういうことが起きるんだったら、会ってみようと。やばかったら引き返そうと思いつつ、とりあえず確かめないと、という感じでした。その出会いを掴んじゃったから、もう私は女優になりますと、思い込んでしまったわけです。

『あみこ』のパッションに突き動かされて



――『あみこ』を2回観たというのは、それだけ作品に魅せられたということですか。

河合:それもありますし、やっぱり山中さんに会いたかったんです。そのために手紙を書いて、渡しに行っているので。

山中:すごいエネルギー。でも、そうやって行動しないといけない時もありますよね。私がPFFに応募したのも、引き下がれなくなっちゃったからなんですよ。

――というのは?

山中:せっかく映画を専攻する大学に入ったのに、行かなくなったんです。「でも、私はPFFに入選するので心配しないでください」ということを親に言ってたんです。親からしたら「だから何?」って感じだったと思いますけど、自分が受け身で待っていてもどうにもならんぞと10代のその頃は思っていたんですね。

河合:焦りますよね。

山中:焦ってました。今思うと別にそんな焦ることもないだろうと思うんですけど、切迫感はありました。ありましたか?

河合:ありました。「今を逃したらダメだ」って。

――山中さんは親御さんの心配をかけたくないというのもあり、PFF入選を目指したと。

山中:心配をかけたくないというか、大学をどうしても辞めたくて。辞めるには、辞めても大丈夫なんだという実績を残したかったんですね。今思うと大学って大事な場所なんですけど(笑)。でも私、まったく動かないんですよ。私は丑年なんですけど、本当に牛みたいな人で、周囲に罵られるくらい動かなくて。大学も行かないし、家で映画を観るだけで文句ばかり言ってる人という。

河合:ふふ。

山中:そのままではよくないんじゃないかと思って、堂々と文句を言うために行動しないといけないと考えて。最初に情熱があって映画を作るというよりは、逃げられないように宣言して追い込んで、私自身を駆り立てなきゃいけないという感じでした。

――その切迫感のようなものが河合さんに刺さったわけですね。

河合:同じ若者としてのエネルギーももちろん受け取っていました。当時はインディペンデント映画を観たこともなかったし、ほとんど同世代の人たちがこんなに自由に映画を作るんだという衝撃もすごくて、客席で目を輝かせて観ていました。でも、『あみこ』はそれだけじゃなくて、今思い返しても台詞とか音楽も鮮烈に覚えます。その時から山中さんの世界に惹かれたから、アタックしたんだと思うんですね。


――山中さんがPFFを意識したのは『あみこ』を作る時からでしょうか?

山中:進路を決める高3の時のことなんですけど、学校側は国公立の合格者数を増やしたかったんですね。私は映画監督になると決めて、大学はこことここを受けます、勉強嫌いだし国公立は受けませんということを言った時に、担任の先生に「映画監督になる道筋はどういうプランなのか」「一般の大学に行っていろんな経験をした方がいいんじゃないか」と言われた時に、そこでやっと「あれ? 映画監督ってどういうふうになるんだ?」となったんです(笑)。

河合:わからないですよね。

――資格試験があるわけでもないですし。

山中:それでネットで調べたら、ぴあが一番上くらいにきて。調べ尽くした結果、PFFというのがあるらしい、これに入選することが手っ取り早いのではと思うようになって、意識するようになりました。矢口史靖監督(*)が好きで、調べるうちにPFFに入選した監督なんだと知ったりして。PFFの作品も観れるものは全部観ました。こういうのは本来好きじゃないし、すべきでもないんですけど、受験生らしく傾向と対策みたいなのも考えたりしました。

*......『ウォーターボーイズ』(2001年)、『スウィングガールズ』(2004年)を手掛けた映画監督。8ミリで制作した『雨女』で1990年のPFFでグランプリを受賞。

河合:へー!

山中:傾向と対策をした結果、そういういやらしいことでは勝負できないだろうからピュアにやろうとなりました(笑)。でも、それは理想論であって、いざ脚本を書いたり撮り始めたりすると、当たり前に壁にぶち当たり。完成した『あみこ』を応募した時は全然自信がなかったです。他の自主映画祭には落ちましたし。どうせPFFもダメだろうと思っていたら、入選したので心底ホッとした感じです。

――自信がなかったんですね。

山中:私は場違いだと思ってました。ほかの入選監督の居住まいと映画のビジュアルだけで、みなさんウェルメイドな作品を作られていると思ったので。今思うと、ウェルメイドだからよいということではないんだと思います。

河合:学生が出すコンペっていくつかあるじゃないですか。そのなかでもPFFの色ってあるんですか? 傾向と対策をしたということは、山中さんから見てそれがあったということですよね。

山中:でも、誰かと同じことをやってもしょうがない、みたいなレベルのことですね。自分のなかから出てきたものを表現するしかないんだなって。とはいえオマージュみたいな形で真似はめちゃめちゃしているんですけど、根底のところは真似できないし、真似したところで結局どうしても自分のものになってしまうことも含めてそれをちゃんと見つめるというか。2020年にPFFのセレクション・メンバーとして審査員もやってみたんですよ。そうしたらますます傾向と対策とかないんだなってわかりました。内部に潜入してみたところ(笑)、そういうことじゃないんだなって。

――技術とかよりもパッションの方が大事と言いますか。

山中:そう思いました。セレクション・メンバーはひとり100時間以上分の映画を観るんですよ。100本以上あって、飛ばしたり途中で止めたりしないというルールで観るんですけど、飛ばせないし、やめられないですね。いい意味でも悪い意味でも、最初のカットから「なんでこう撮ったんだ」という新鮮な驚きがあって、それがおもしろくて。よくできてるなということよりも、それこそ、その監督にしかないパッションが溢れてるものに出会えた時の喜びはすごくありました。名前を検索して、情報がない時にテンション上がりますよね。まだ誰にも知られてない人だって。参加してみて、自分の作品がこういうふうに観られてたんだなということも知れました。

――それはどんなことでしょうか。

山中:自主映画って誰にも頼まれてないし、誰にも特別な期待をされていない人が、よし撮ろうってことで始まるわけじゃないですか。それにわざわざ批評眼を持って観てくれる人は本来まずいないので、応募すればそうやって観てくれる人がいるというのは素晴らしいことだと思います。PFFはそういうピュアな思いに応える場所という印象があります。それと、初期衝動をただ拾い上げるだけでもないとも思っていて。その後のサポートもしてくれるというか、気にかけてもらえているなと思いますし、映画祭で出会った人たちとの交流も続いてますし。


河合:山中さんの『魚座どうし』(2020年/*)が上映されていた時に、『あみこ』も併映していて、私はそれも観に行ったんです。最初に観た時から2年以上空いていたんですけど、その間に私は仕事を始めていたから、見え方が変わっていて。本当に「撮っちゃった」というか、その時にいた仲間と撮った映画なんだというのがわかったんです。超インディペンデントだったんだなと。それに、所謂学生映画というか、映画学校の仲間だけで作ったようなものとも肌感の違いがある気がして。

*......NDJC2019若手映画作家育成プロジェクトで制作した山中監督の短編映画。

山中:学校の仲間もいたんですけど、違う学校の知らない人にお願いしたり、役者はSNSで声をかけたはじめましての人たちだったので、慣れ合いみたいなのはまったくなかったですね。慣れ合いを嫌ってたんですよ。尖ってたので(笑)。当時は大学を辞めた後、引き籠りになっちゃって。外に出なきゃと思って、カメラを持って、部屋から出た感じでしたね。憑りつかれたように焦って動いてました。

河合:PFFがなかったら幻の映画になってたかもしれない。

山中:本当に。3月が締め切りだというので、逆算して9月頃から脚本を書き始めました。人に声かけて、撮影日もここって決めちゃえばやるしかないと思って進めたんですけど、結局、脚本は書き終わらなくて。でも、できてないけどとりあえず街に出ようと。最近、久々にちょっとだけ観返したんですけど、観てられなかったです(笑)。今だったらここはこんなに長く撮らないよ、みたいなことはやっぱりありますね。あの時にしか撮れないものだったと思います。

――河合さんもコラムで当時のことを思い出すから「みぞみぞする」と書かれていました。

河合:勝手な想いで恐縮ですが、自分が関わっている映画でもないのに、自分が出た昔のやつを観れない、みたいな感覚になるんですよ。そのくらい作品が自分の体験と一緒になっちゃってます。

山中:嬉しいです。漫然と映画を観ることが増えてくると、脳に刻み込まれないので。ありがたいですね。

河合:『あみこ』で自主映画を知って、東京で自分たちの力で映画をやってる人たちとも知り合えたし、私も一緒にやった映画もあります。PFFは映画を作っていきたい人たちの登竜門のようなコンペという認識はありますね。

何度でも観たくなる映画


――最後に、人生で何度も観返している映画があれば教えてください。


山中:ロウ・イエ監督(*)の作品をよく観ます。矛盾だらけの登場人物ばかりですが、そこに嘘がなくて、ああ人間ってこうだったよなと思い出すために、自分が混沌としているときは特に見直してます。

*......中国の映画監督。主な作品に『ふたりの人魚』(2009年)『二重生活』(2012年)など。

河合:『きみの鳥はうたえる』(2018年/*)は何回も観てます。誰かにおすすめして、例えば家族と一緒に観て、2回目、3回目になるってパターンですね。そういえば、今、妹が映画を作りたいかもとなっていて。

*......「そこのみにて光輝く」など手掛けた作家・佐藤泰志が原作で、三宅唱監督を務めた青春ドラマ。

山中:えー! ぜひPFFに(笑)。まだ7月なので(※取材時)全然余裕ですよ。

河合:私の妹も動かない人なので、それこそ誰かと撮影日を決めて、ぴあとかに出せばいいのにって思います。映画やりたいかもっていう気持ちはワクワクするし、応援してあげたいので、毎年3月が締め切りだよって言っておきます(笑)。


Profile
山中瑶子
映画監督
1997年生まれ、長野県出身。日本大学芸術学部映画学科に入学後、同校を休学中に19歳から20歳にかけて「あみこ」を制作。同作はPFFアワード2017で観客賞を受賞し、ベルリン国際映画祭、香港国際映画祭、全州映画祭、ファンタジア国際映画祭など多数の海外映画祭に出品された。その他の監督作に、「回転てん子とどりーむ母ちゃん」「おやすみ、また向こう岸で」「魚座どうし」がある。現在新作長編準備中。。

河合優実 
俳優 
2000年生まれ、東京都出身。2019年デビュー後、数々の新人賞を受賞。2022年は第14回TAMA映画賞<最優秀新進女優賞>、第35回日刊スポーツ映画大賞<新人賞>、第44回ヨコハマ映画祭<助演女優賞>を受賞。主な出演作に「サマーフィルムにのって」、「由宇子の天秤」、「愛なのに」、「冬薔薇」、「PLAN 75」、「線は、僕を描く」、「ある男」など。2023年、映画「少女は卒業しない」、ドラマ「家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった」(NHK-BSP)でそれぞれ初主演をつとめた。

撮影=八木 咲
スタイリング=Shohei Kashima
ヘアメイク=伊藤絵理
取材・文=南波一海
河合優実 衣装協力=トップス/tiit tokyo ¥17,050(tax in)

「第45回ぴあフィルムフェスティバル」で、山中瑶子監督の特別企画が決定!


山中瑶子監督『あみこ』への道
(特集「イカすぜ!70~80年代」にて)

「映画監督とは作家なのだ!」と知ったとき、『あみこ』の生まれる土台ができた。山中監督が、みずから眼耳を拓かれたという、70~80年代の映画をセレクト。現在、観れる機会の少ない『あみこ』も上映します!

「映画監督とは作家なのだ!」と知ったとき、『あみこ』の生まれる土台ができた。山中監督が、みずから眼耳を拓かれたという、70~80年代の映画をセレクト。現在、観れる機会の少ない『あみこ』も上映します!

<上映プログラム>

9月9日(土)18:30~
『ホーリー・マウンテン』
監督:アレハンドロ・ホドロフスキー

9月9日(土)12:00~
『ポゼッション』
監督:アンジェイ・ズラウスキー

9月9日(土)15:00~
『あみこ』+『おやすみ、また向こう岸で』2本立て上映
監督:山中瑶子(トークあり)

詳しくはこちら

「第45回ぴあフィルムフェスティバル2023」
【公式サイト】https://pff.jp/45th/
【東京】 2023年9月9日(土)~23日(土) 会場:国立映画アーカイブ ※月曜休館
【京都】 2023年10月14日(土)~22日(日)予定 会場:京都文化博物館 ※月曜休館

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