(C)むつき潤・小学館/「バジーノイズ」製作委員会
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映画コラム

REGULAR

2024年05月03日

『バジーノイズ』奇跡と呼んでも大げさじゃない、映画のマジックが起こっていた「3つ」の理由

『バジーノイズ』奇跡と呼んでも大げさじゃない、映画のマジックが起こっていた「3つ」の理由

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むつき潤による同名コミックを映画化した『バジーノイズ』が2024年5月3日(金)より公開中。テレビドラマ「silent」の風間太樹が監督を、人気ボーイズグループ「JO1」の川西拓実と桜田ひよりがW主演を務めたことでも話題を集めている。

結論から申し上げれば、本作は『サヨナラまでの30分』や『小さな恋のうた』に並ぶ、日本の青春音楽映画の名作のひとつといっていい。

開始すぐのグイグイと引き込まれる演出の妙に「これは良い映画だ」と襟を正したし、後述する「説得力」も持たせた音楽を余すことなく届ける音響が用意された映画館で体感してほしいと、心から願えた。

何より、「関わり」を肯定する物語は多くの人の希望になり得るし、その尊さを「孤独」を否定することなく示した真摯さに感服した。さらなる魅力を記していこう。

1:「愛している孤独の世界」が変わっていく物語



主人公の青年・清澄はマンションの管理人。人付き合いが苦手な彼は孤独に淡々と日常を過ごしていて、仕事の後の楽しみは部屋で「頭の中に流れる音を形にする」こと。しかし、周りの住人からは音楽への苦情が入り、会社からは次に鳴らせばクビだと告げられてしまう。そんな彼が上の階に住む女性・潮と出会い、失恋したと聞かされることから、物語は大きく動き出す。

冒頭で描かれているのは、「孤独を愛する」気持ちだ。部屋も仕事も必要最低限で、ほとんど人と関わらないが、それこそが彼にとって心地良いのだと伝わる。「DTM」の音楽そのものも、どこかもの悲しげで、だけど「浸って」いたくなる魅力に溢れていて、その孤独を静かに肯定しているように思える。

ヒロインが口にする、その音楽が好きな理由に共感できる方もきっと多いだろう。

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だが、物語では主人公を孤独のままにはしない。ヒロインは「えっ!?」と驚くとんでもない方法で彼の「孤独な空間」へと突入していくのだから。それは劇中でも言われている通り犯罪行為そのものであるし、孤独を愛する彼にとっては迷惑そのもの。タイトルが示す「ノイズ」とさえ言ってもいい。

だが、そのヒロインの行動に至るまでに、主人公はただ自分自身の殻にこもるだけでなく、失恋した彼女のために、いや「自分の音楽が届いた誰かのため」に、管理人の仕事を失う可能性があってもなお、もう一度その音楽を鳴らそうとしたことは明らかだ。そしてその後に2人は、もっと大きな音楽への世界へと足を踏み入れる。

そんな風に「自分の世界が変わる」瞬間と過程はそれだけでドラマチックであるし、愛する孤独のままでいられるはずだった主人公の、「誰かのためには孤独のままではいられなくなる」行動原理が、その後にも大きな影響を与えている。

そして、その孤独を打ち破ったノイズさえも、彼の世界を形づくるのだと肯定することが、この物語の主題といってもいい。

クライマックスとラストで、きっと「バジー(がやがやと話すような、噂になっている)ノイズ」というタイトルの意味もわかるだろう。

2:川西拓実と桜田ひより、俳優たちの立場とキャラクターとのシンクロ

劇中の正反対に思えた2人の出会いが、奇跡なのだと思えることも物語には重要だ。そして、川西拓実と桜田ひよりの“今の2人”にしかない魅力に溢れていること、その2人や他の俳優との掛け合いには、この映画にしかないマジックが起こっていた

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短絡的に言えば「陰キャ」にも思える川西拓実演じる主人公は、周りからは「放っておけなくなる」存在でもあり、時折見せる笑顔や、はたまた寂しそうな表情で観客にもそう思わせる。その撮影では、映画初主演の川西拓実が役に入りやすいように、可能な範囲で「順撮り」で行われたそうだ。

対して、桜田ひよりは天真爛漫という言葉がふさわしいが、その明るさに隠された複雑な感情を少しだけ伺わせるキャラクターに見事にハマっていて、正反対のようで実は似ているところもある川西拓実との関係性がとても尊く思える。

撮影では、「silent」でも風間太樹監督と組んでいた桜田ひよりは「座長」的な存在だったそうで、年上でキャリアもある井之脇海と柳俊太郎が川西拓実を引っ張っていたという。

初めこそ感情に乏しく思えた主人公が、次第に周りに感化され「外向き」になっていくことが、川西拓実本人の俳優としての成長にも重なって見えるだろう。

劇中の物語で、彼の世界を大きく変えるきっかけになる桜田ひよりと、その彼をさらに変えていく井之脇海と柳俊太郎。フィクションの物語のキャラクターそれぞれが、確実にこの映画に参加したそれぞれの俳優としての立場とシンクロしているのだ。

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特に、原作にはない映画オリジナルの「横断歩道の前」での彼らのやり取りでは、やはりこの時の彼らにしかない、かけがえのない時間が映画の中に収められていた。それもまた奇跡だと言っても、決して大げさではないだろう。

また、原作では主人公とヒロインについて、はっきり「男女」の関係であることも描かれていたのだが、映画では友人とも恋人とも、もちろんビジネスパートナーとも違う、「音楽でつながった仲間」だと、より思えるバランスになっている。

ここは原作ファンからの賛否を呼ぶところかもしれないが、直近では『夜明けのすべて』でもあったように、お互いを思いやる男女の関係性を見たいという方にも、この『バジーノイズ』を大推薦できる。

全体的にも、原作を大切にしつつ、全5巻を約2時間の映画にまとめるための取捨選択、映画独自の工夫も、実に的確だと思えた。

3:「エゴ」もはっきり描く、音楽への真摯な向き合い方

原作は漫画作品なので、当たり前だが実際に音楽は聞こえてはいなかった。そして、映画では前述した通り、「孤独」を表現すると共に「浸りたくなる」ほどの説得力のある音楽を「実際に聴かせる」という高いハードルがあるのだが、それを見事にクリアしていた。

劇中のミュージックコンセプトデザインを手がけたのは、藤井風の楽曲のプロデュースもしているYaffle。Yaffleは撮影現場にも何度か訪れ、楽器の弾き方や音楽への向き合い方など、演奏シーンへの細やかなアドバイスも行ったのだそうだ。

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もちろん、俳優それぞれへの音楽への向き合い方も「本物」だ。主演の川西拓実はリズム感をずらさずに鳴らすことが重要になる「フィンガードラム」の演奏に挑み、その呑み込みの早さには指導者も驚いたのだとか。

また川西拓実はもともとボーカリストではあるが、劇中のキャラクターとは発声から歌い方、曲調までJO1とはまったく異なるスタイルだったため、自主的に歌の練習も重ねたという。

さらに、演技でベースに触ったことがある栁俊太郎、ドラムが趣味だという円井わんも、それぞれが「その程度」だったため、プロのミュージシャンへの説得力を持たせるために練習を重ねた。製作陣が指導者を手配して練習日を提案したところ、2人は「スタッフが立ち会わなくてもいいので、もっと練習を増やしてほしい」と提案したのだとか。他にも、奥野瑛太も本格的なボイストレーニングを受けて本番に臨んでいる。

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さらに、原作を見事に再現した音楽業界の雰囲気、入念な取材に基づくリアリティーも圧巻。そして、原作とは違うラストの舞台も見事だった。

風間監督は「メンバーの気持ちとバンドの立ち位置」を考えた上で、セットを用いて映画独自のクライマックスを撮っており、なるほどそれも「彼らの今の世界」、転じて「居場所」として、これ以上はない光景が広がっていた。そこに心地良い音楽と歌があわされば、もう多幸感でいっぱいになるのは必然だった。

そのように音楽への向き合い方は真摯そのものであり、さらにとある行動が「エゴ」であることも包み隠さずに描くことにも、作り手の誠実さを感じた。その問いかけ自体は原作にもあるものだが、映画ではさらに若手のミュージシャンたちの存在と言葉をもって、主人公の行動が客観的には「正しくない」とあえて観客にも教え、「それでもなお」の行動を示すことに感動したのだ。

そして結末は、冒頭で掲げた通り「孤独」を否定することなく「関わり」を肯定し、そしてやはり「音楽」に向き合った物語として、見事に昇華されたものだった。

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山田実プロデューサーは「未来に対して不安を感じている若い人たちに、希望を持ってもらえるような作品になったと思います」とコメントをしているが、まさにその通りの映画に仕上がっていた。

監督や主演2人のファンはもちろん、人との関わりや、音楽に救われた多くの人へ、この映画が届くことを願っている。

(文:ヒナタカ)

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