『小さな恋のうた』青春音楽映画の金字塔となった「5つ」の理由!
(C)2019「小さな恋のうた」製作委員会
「これほどに素晴らしい映画がなぜ話題になっていないのだろう」「大好きな映画なのにあまり知られていないことが悔しい」という気持ちになったことはないでしょうか。現在公開されている映画『小さな恋のうた』で、まさにそれを実感しています。このまま注目されずに上映が終わってしまうにはあまりに惜しい、青春音楽映画の新たな金字塔と呼べる出来栄えだったからです。
その魅力は枚挙にいとまがありません。超絶技巧と言える脚本に唸され、物語を彩る演出に驚き、若手俳優の熱演に泣かされ、作品の持つ尊いメッセージに心から共感し、そして音楽の素晴らしさに鳥肌が総立ちになるという……ありとあらゆる要素が渾然一体となった、映画でしかなし得ない最高の感動があったのですから。以下にもたっぷりと、なぜこの映画を観て欲しいのか、絶対に観逃してはならない理由がどこにあるか、大きなネタバレのない範囲で記していきます。
1:キラキラした胸キュン映画でもMONGOL800の誕生秘話でもない!
沖縄という場所を真摯に描いた“社会派”の一面があった!
本作『小さな恋のうた』が、キラキラした胸キュン映画でも、モチーフになった楽曲を作ったMONGOL800の誕生秘話でもないということを、まずは訴えておきたいです。では何を描いているのか……ということですが、これが非常に多層的です。中でも重要なのは「沖縄の米軍基地がそばにあることが日常となった高校生たちによる音楽への希望をうたっている」ということでしょう。主軸となるのは高校生たちのバンド活動ではあるのですが、その沖縄という舞台設定が物語に大きな影響を与えるようになっているのです。
言うまでもないことですが、現実の沖縄では普天間基地をめぐる様々な問題があり、いまだに明確な解決には至っていません。劇中の高校生たちは初めはそれと関係のないように音楽に青春を捧げようとするのですが、とある事件が起こってからは、彼らの日常にその問題や人々の軋轢が否応なく侵食してきてしまいます。その他でも登場人物の背景や家族関係には、沖縄という場所にまつわる事情がつぶさに反映されていました。フィクションでありながら、実は現実に根ざした“社会派”な一面を備えているというのが、『小さな恋のうた』の特徴の1つなのです。
とは言え、米軍基地があることによる問題だけを悪し様に描くのではなく、極めてフラットな視点で捉えているということも重要です。様々な価値観が交錯するものの、誰かを一方的に断罪することも、プロパガンダ的になることもなく、ただ“沖縄という場所にあること”を映画では丹念に描写していきます。そこではどうしようもない悲劇、簡単には問題を解決できないことも存分に示されているのですが、一方でフェンスを隔てた場所で暮らしている少女と友だちになれるといった“良いこと”も示され、沖縄に暮らす日本人だけでなく、米軍基地にいる軍人たちの“人間らしい”種々の悩みや葛藤も垣間も見えるようになっていくのです。
これは、映画でしかできないアプローチです。現在公開中の『空母いぶき』もそうですが、現実にあり得る問題をフィクションとして描いており、それでいてフラットな視点で観客それぞれが考えることができ、てらいのない方法で”希望”を高らかにうたいあげているのですから。
※『空母いぶき』の紹介記事はこちら↓
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『小さな恋のうた』を観れば、その問題を沖縄に暮らす当事者と同じ目線で感じられるでしょう。それは、沖縄という場所での入念な取材、そして実際の沖縄でのロケーションの賜物です。沖縄にある問題を何も知らないという方でも問題なく楽しめるでしょうし、決して説教くさくもならずにメインの“青春音楽映画”にそれを見事に落とし込んでいるということを、まずは賞賛したいのです。
(C)2019「小さな恋のうた」製作委員会
2:プロデューサーによる沖縄とバンドへの愛情があった!
“本当の意味でのチャンプルー文化”とは?
では、そのような“社会派”な面もある映画が、なぜMONGOL800の楽曲「小さな恋のうた」をモチーフおよびタイトルにしているのか、という疑問も湧いてくるでしょう。もちろんMONGOL800が沖縄で結成され、現在も活動の拠点を沖縄にしているという直接的な文脈もあるのですが、それだけではありません。プロデューサーである山城竹識氏の言葉を借りるのであれば、「一般的には『小さな恋のうた』がラブソングと思われているであろうからこそ、映画ではその背景にある沖縄とバンドへの愛を描きかたかった」という目的が、今回の映画では成し遂げられていました。
それは同時に、「音楽の持つメッセージを映画という媒体で再解釈をする」「楽曲の意味を違う視点で描く」ということでもありました。劇中では「小さな恋のうた」だけでなく、MONGOL800による「あなたに」「DON'T WORRY BE HAPPY」 「SAYONARA DOLL」も披露されるのですが、それぞれの歌詞が物語上とも見事にリンクするようになっているのです。そして「小さな恋のうた」は男女間の恋愛だけを歌ったものではない、ある解釈をベースに広い意味での“愛”が表れていたのではないか、という新たな視点を持てるようになっています。誰もが知る楽曲の魅力を再発見できることはもちろん、映画で訴えられているメッセージがさらに強固になっている、それがまた大きな感動を呼ぶようになっているのです。
ちなみに、「小さな恋のうた」にはプロモーションビデオも含めて何度も映像化のオファーが寄せられていたのですが、メンバー側は全て断ってきたのだそうです。しかし、MONGOL800の高校時代の後輩であり、実際に文化祭でそのライブも見ていて、誰よりも近くでバンドと活動も共にしてきた山城プロデューサーが訴えた「普通の恋愛映画や青春映画とは一線を画す、沖縄島民と米軍基地について、沖縄出身である自分のルーツやアイデンティをさらけ出し、批判を覚悟で“本当の意味でのチャンプルー文化”という切り口で一石を投じる作品にしたい」という熱意に押され、そのテーマソングが「小さな恋のうた」であるならば……とMONGOL800は初の映像化を承諾したのだとか。そこには、「現在の沖縄で日常を過ごしている高校生が抱えているモヤモヤを、音楽ならば声にできる」という山城プロデューサーの想いもあったのだそうです。
つまり、『小さな恋のうた』がキラキラした胸キュン映画でも、モチーフになった楽曲を作ったMONGOL800の誕生秘話にもならなかったのは、山城プロデューサーの“沖縄とバンドへの愛情”があったことが根源的な理由であり、沖縄出身である自身はもちろん現在の沖縄に住む人々が抱えている想いを音楽に託して表現したかったという確固たる信念に基づいていた、ということです。その企画から制作へこぎつけるまでにも多数の困難と障壁があったようで、なんと構想にかかった年月は8年! そこまでの過程を経て、この『小さな恋のうた』は世に送り出されているのです。
そして、山城プロデューサーの言う“本当の意味でのチャンプルー文化”とは、“文化や人種の違う人々が交流すること”を指しており(チャンプルーとは本来“ごちゃ混ぜ”という意味)、沖縄に住む人々がいつの日かそのチャンプルー文化で平和に幸せに暮らしていってほしいという、てらいのない希望そのものも示しているのでしょう。
(C)2019「小さな恋のうた」製作委員会
3:佐野勇斗や山田杏奈を初めとする若手俳優たちの熱演と歌唱に感涙!
演奏シーンの“魅せ方”にも注目!
本作を語るには、若手俳優たちの熱演、そして彼らが歌う演奏シーンの素晴らしさを挙げないわけにはいきません。それぞれに鳥肌の立つような感動があり、若手俳優たちが演じる登場人物が忘れ難い存在となっていく……まさに“青春音楽映画”として堂々とした内容になっているのですから。
事実的な主人公と言える少年を演じるのは佐野勇斗です。
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『青夏 きみに恋した30日』や『3D彼女 リアルガール』という胸キュン恋愛映画にも出演しており、これまではどちらかと言えば暗い性格であったりオタク気質なキャラが多かったのですが、今回は佐野勇斗自身が「どの学校に1人はいるであろう、バカでアホで、先生に怒られても全然反省していないような、でも周りを惹きつける、太陽みたいな男の子」と自己分析している通りの少年になっています。言うまでもなく最高にハマっているわけですが、特筆すべきはその力強い歌唱力! 7人組ボーカルダンスユニットM!LKのメンバーでもある彼の歌手としての実力も、まざまざまと見せつけられました。
もう1人、その歌声で魅了させてくれるのは『ミスミソウ』でも主演を務めた山田杏奈です。
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佐野勇斗の野性味をも感じさせるボーカルと重なるように、それとは好対照の澄み切った声が聞こえてきた時は……もう言語化不可能なほどの感動がありました。キャラクターとしてもとても魅力的で、初めは“クールで口数が少ない”とっつきずらい印象もあるのですが、やがて彼女も抑圧されている環境にあり“良い子”にしようと努めていることが伝わるようになっていくという、心から応援したい女の子になっているのです。もちろん演技力も格別で、終盤のとある“目”の演技に感服し、その後に“ついに感情を爆発させる”シーンはもう涙なしには観れないとしか言えません!
さらに、『ちはやふる 結び』でも佐野勇斗と共演していた森永悠希は、『カノジョは嘘を愛しすぎてる』という音楽映画でも若手バンドのドラマーを愛嬌たっぷりに演じていたのですが、今回もやはりムードメーカーとして親しみやすく、観客の気持ちを代弁してくれる存在にもなっています。そのドラムとしての腕前もさらに上げたそうで、演奏シーンでの楽しそうな笑顔を見るだけでこっちもニコニコとしてしまいました。その一方で、彼もまた複雑かつ鬱積した気持ちを溜め込んでいることもわかるようになっていきます。
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その他にも、映画初出演ということが信じられないほどの存在感を見せつける眞栄田郷敦(なんと新田真剣佑の弟であり千葉真一の息子!)、ある理由によりバンドから距離を置いてしまうことになる複雑な心理を見事に表現した鈴木仁、バンドメンバーと強固な友情を育んでいく少女を演じたトミコクレア、彼らを見守るライブハウスのオーナーの世良公則などなど、もうキャスティングおよびその演技は完璧の一言です。
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そして、演奏シーンの“魅せ方”も非常に凝っています。当初スタッフは全てを生音で演奏することも検討したものの、カットの数だけ演奏を繰り返すのは物理的に不可能と判断、そこでたどり着いたのは、メンバー本人たちが演奏した音を撮影現場で再生し、それに音に合わせた芝居をカメラに収めるという手法でした(ただしボーカルだけは生で録音している)。これにより、大胆なカメラワークで演奏シーンに躍動感を与え、カットも切り替わるもののシームレスに音楽と映像がリンクし違和感を感じさせることは全くなく、かつ若手俳優たち本人の演奏だからこそのリアリズムも作り出すことに成功しているのです。
なお、音楽・劇中曲アレンジ・楽器指導を手がけたのはシンガーソングライターでもある宮内陽輔です。宮内氏は音楽に関わるジャッジをたった1人で行うという責任を負い、録音した音源をそのまま使うことはできないため編集ではかなりの試行錯誤を重ね、撮影チームや録音スタッフとの連携も必要不可欠だったなど、かなりの苦労をしていたそうです。宮内氏は全員分のコーラスを録り終えてミックスをしながら「奇跡的なメンバーだな」と思わず口にすると、橋本光二郎監督に「映画の神様っているんですよ」と返され、その言葉が妙に腑に落ちた、それは俳優たちの努力の賜物であると実感できたのだとか。
まさにこの言葉通りです。若手俳優たちの熱演はもちろん、彼らとスタッフたちの作り出す最高の演奏シーンは、どこかで歯車が違えば実現し得なかった奇跡、まさに映画の神様がいたからこそ成り立っていると言っても決して大げさとは思えなかったのですから。それをスクリーンで体感するだけでも、忘れられない感動があるはずです。
なお、この映画から生まれた“小さな恋のうたバンド”による劇中歌「小さな恋のうた」「あなたに」「DON’T WORRY BE HAPPY」「SAYONARA DOLL」のミュージックビデオがYouTubeで公開されており、音源化もされているようです。映画の前でも後でも良いので、ぜひ聞き入ってみてください。
4:まさかのネタバレ厳禁の衝撃の展開も!
脚本と演出のトリックに騙される!
本作の物語では、多層的に要素が積み立てられています。音楽に賭ける高校生たちの青春、沖縄という場所にまつわる様々な問題、国境を超えた少年少女の交流、彼らを見守る(または非難する)大人たちの視点、基地内の軍人たちが抱えた事情など多岐に渡るのですが、それぞれがただ乱立されるだけでなく、全てが有機的に絡みやがて感動のクライマックスへと収束していくのです。
つまり端的に言って脚本の完成度が存分に高いのですが、その一方で序盤では「え〜っ!そっちの方向なの?」と良くも悪くも驚いてしまう、映画全体からすれば歪(いびつ)とも言える衝撃の展開もあったりします。それだけを取り出せばはっきり言って陳腐とも捉えかねない、または短絡的に奇をてらったものに感じてもおかしくない「この映画は大丈夫なのか?」と心の底から不安になってしまうものでもあったのです。
しかしながら、この衝撃の展開も実は“トリック”であったのです。詳しく書くのでネタバレになってしまうのですが、とにかく「陳腐だとか思ってごめん!これだと納得するしかないよ!」と手のひら返しをするしかない、さらなる衝撃が待ち受けていたのです! しかも映画を最後まで観ると「奇をてらっただけじゃなかった!これが映画に必要不可欠だったんだ!」と後追いでその本当の意味もわかるようになっているのです。
まさか青春音楽映画というジャンルで、このような“ネタバレ厳禁”の“衝撃の展開”があるとは思ってもみませんでした。それもそのはず、脚本を『22年目の告白 私が殺人犯です』という、こちらもやはりネタバレ厳禁の衝撃の展開があった平田研也が手がけていたのですから(入江悠監督との共同脚本)。この『小さな恋のうた』の序盤のどんでん返しは「よく思いついたな!」とアイデアそのものに感心するとともに、ただ無理やり入れ込んだわけでもない、歪ではあるけれどしっかり映画全体に機能しているトリックになっていることも賞賛するしかなくなってくるのです。
そのトリックを最大限に生かした俳優の演技と映画としての演出も最高と言うしかありません。「これちょっと変じゃないか?」とあえて違和感を残したかのような立ち上がりから、あの瞬間の佐野勇斗の表情の変化でハッとさせられ、ある2人の顔が重なってくる演出などなど……まさか演奏シーン以外でも鳥肌が総立ちになるとは! もうこれ以上は本当にネタバレになるので書けません! 実際に観てこの衝撃を体験してください!
(C)2019「小さな恋のうた」製作委員会
5:映画の奇跡に溢れている!
この感動はぜひスクリーンで!
企画の成り立ちや俳優の演技や衝撃の展開などに触れてきましたが、それらの要素を橋本光二郎監督が最大限に生かしてまとめ上げたということも絶賛しなければならないでしょう。橋本監督は同じく佐野勇斗と森永悠希が出演している『羊と鋼の森』でも“音”と向き合う人々の心理を丹念に描写していましたが、本作『小さな恋のうた』では演出それぞれに手が込んでいることはもちろん、若手俳優たちの努力が驚異的と言えるレベルで実を結んでいるのですから。
1つ1つのシーンが忘れがたい輝きを放っており、思い出すだけで涙が溢れてしょうがなくなるという……これが映画の奇跡と言わずしてなんだと言うのでしょうか!
終盤のとある“映画でしかできない演出”、そこからのクライマックスとラストへ繋がる編集も素晴らしいとしか言いようがありません。その演出は撮影の苦労を考えれば決して簡単には実現できるものではないのですが、それを最高の形でスクリーンに映し出したスタッフは心の底から拍手を送りたいです。そして音楽そのものの魅力と、音楽が根源的に持つパワーと希望を高らかにうたいあげたメッセージがダイレクトに伝わるラスト、そして最後の最後の演出でまた涙が止まらなくなるという……これが青春音楽映画の金字塔と言わずしてなんだと言うのでしょうか!
最大の問題は、この『小さな恋のうた』を観ている人が現状ではあまりにも少ないということです。上映館数は決して多くはなく、興行収入ランキングでは12位スタート、しかも今週末から大作映画だけでなく、同じ音楽映画としてライバルとなるであろう『さよならくちびる』も公開されるため、さらに観られる機会が失われてしまうかもしれない、という由々しき事態にもなっているのです。
お願いです。楽曲「小さな恋のうた」に思い入れがなくても、もしくは予備知識が一切なくても全く問題ありません。繰り返しになりますが、本作はキラキラした胸キュン映画でも、モチーフになった楽曲を作ったMONGOL800の誕生秘話でもありません。作り手の真摯な想いや構想8年の苦労が集積され見事に実を結んだ、万人が感動できる青春音楽映画の金字塔であり、そして映画の奇跡が溢れているような作品なのです。実際にSNSでは絶賛の声もじわじわと聞くようになってきています。ぜひ、今すぐにでも劇場へ駆けつけ、この感動をスクリーンで体験してください!
(文:ヒナタカ)
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