山田洋次監督作品ならではのエッセンスに満ちた『母と暮せば』

■「キネマニア共和国」

山田洋次監督待望の新作『母と暮せば』が、いよいよ公開となります。
今回は戦争、原爆の惨禍をモチーフとしたものですが……。

《キネマニア共和国~レインボー通りの映画街~vol.74》

その中に山田映画ならではのエッセンスが過不足なく盛り込まれています!

母と暮らせば


(C)2015「母と暮せば」製作委員会

井上ひさしの遺志を受け継いだ
長崎の母と息子の物語


作家・井上ひさしは晩年に広島と長崎、そして沖縄の〔戦後命の三部作〕を構想し、その第1弾として広島に投下された原爆の惨禍を背景に父と娘の絆を描いた『父と暮せば』(2004年に黒木和雄監督の手で映画化)を94年に発表しましたが、その後沖縄を舞台とする『木の上の兵隊』を執筆しようとするも果たせないまま2010年に死去しました。

『キネマの天地』(85)で井上とともにシナリオを執筆し、以後も親交が続いていた山田監督は、彼が『父と暮せば』と対になるような、長崎を舞台にした『母と暮せば』という題の作品を作りたいと生前語っていたことを知り、その遺志を受け継いで、長崎に落とされた原爆の惨禍を背景に、母と息子の絆を描きあげたのです。

戦争が終わって3年、助産婦の仕事をして暮らす伸子の前に、原爆で命を落とした息子・浩二の亡霊が現れるようになりました。

浩二が気にかけているのは結婚の約束をしていた恋人・町子のことで、彼女はこの3年間ずっと亡き浩二を思い続け、教師となった今も伸子のことを優しく気遣いつつ、もう誰も愛すまいと心に決めています。

町子に対してもっと前を向くよう諭す伸子。しかし浩二は素直になれません。とはいえ、そういったやりとりすら、我が子を亡くして一人きりの伸子にとっては奇妙ながらもどこか嬉しいものがあります。

しかし、そんな日々も永遠に続くことはなく……。

『父と暮せば』は、自分が生き残ってしまったことを責め続ける娘を、亡霊となった父が諭していく構成でしたが、そんな娘の設定は町子のキャラクターに反映されています。
また、舞台を伸子の家とその周辺に限った舞台的な構造にし、あたかも戯曲の映画化といった雰囲気も醸し出しています。

戦争に対する忸怩たる想いと
山田映画としての個性


主演の吉永小百合は『男はつらいよ 柴又慕情』(72)『男はつらいよ 寅次郎恋やつれ』(74)『母べえ』(08/こちらも戦争と家族を描いたものでした)『おとうと』(10)に続く山田作品の出演ですが、彼女はボランティアで原爆詩を朗読するなど平和活動にも熱心な映画人であり、その点でも今回の企画に対して並々ならぬ意欲と意義をもって臨んでいることが画面からひしひしと伝わってきます。

息子役には二宮和也。クリント・イーストウッド監督の力作戦争映画『硫黄島からの手紙』(06)にも主演した彼ですが、ここではまるで生きているときと全く同じやんちゃぶりで、母に対して明るく、そしてどこか切なく接し続けていく亡霊の姿は絶妙です。学生服姿も全然違和感ないのは、ちょっと驚異的とでも言っておきましょうか。

町子役の黒木華は、やはり戦争を背景とする山田作品『小さいおうち』(14)で第64回ベルリン国際映画祭最優秀女優賞を受賞するなど、若手実力派女優の筆頭ともいえる彼女の素直な演技には心洗われるとともに胸を締め付けられる瞬間も多々あります。

そして今回、伸子のことを何かと気にかける“上海のおじさん”役で加藤健一が出演。舞台を中心に活躍するこの名優、何と27年ぶりの映画出演ですが、ここでの彼の役割は、初期~中期にかけての山田映画におけるハナ肇を彷彿させる人物像にもなっており、山田映画ファンにとってはどこか懐かしく、その上で見事な存在感を披露しています。

子どもの頃、満州で終戦を迎えた山田監督の戦争に対する忸怩たる想いから醸し出される徹頭徹尾反戦のメッセージは、しかしながら声高に拳を振り上げるようなものではなく、あくまでも静かに淡々と、ときにユーモアを交えながら巧みに繰り出されていきます。

また、その中で母と息子の構図は、『男はつらいよ』シリーズの妹さくらと兄の寅さんとも相似する、しっかり者の女性とやんちゃな男といった関係性にも成り得ていますが、これは『おとうと』での姉と弟の関係性とも共通しており、ここに山田映画における普遍的な男女の立ち位置が改めてうかがえます。

少しマニアックなところでは、今回本田望結が演じる少女の役名が風見民子となっていますが、これは『家族』(70)『遥かなる山の呼び声』(80)で倍賞千恵子が演じたヒロインと同じ名前で(さらには72年『故郷』での彼女の役名も石崎民子。これら3本を民子三部作と称することもあります)、山田監督が“民子”という名前になにがしかの想いを込めて使っているものと思われます(ここでの民子がやがて大人になり、『家族』などのヒロイン像に繫がっていくのかもしれません)。

84歳にして初のファンタジーに挑む若々しさは、坂本龍一を音楽に起用するセンスとも結びつき、しかしながら奇をてらった演出を采配することはなく、あくまでもオーソドックスに簡明な映画をめざすプロの熟練の技術なども併せて、改めて山田監督が日本映画界を代表する巨匠である事実を思い知らされるとともに、創作姿勢が実はひそかにアバンギャルドなものになっていることまで痛感させられる仕上がりとなっています。

この巨匠の若々しい意欲的な挑戦は、続いて久々の喜劇『家族はつらいよ』(16年春公開予定)へと連なっていきます。

実は海の向こうのクリント・イーストウッドとほぼ同じ世代の山田監督、まだまだ新作を撮り続けていただきたいものです。

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(文:増當竜也)

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