「この世界の片隅に」は、こうして作られた。「みんなで作る映画」を目指した、片渕須直監督の情熱

「マイマイ新子」の興行をコツコツと盛り立てたのは、
都心と地方のミニシアターだった。

いよいよ「この世界の片隅に」が、今月12日から公開される。この映画を何としても作りたいと、片渕須直監督がこの上ない情熱で取り組み始めてから、実に6年。ここでは映画が構想され、公開に至るまでの足跡を辿ってみた。すべては片渕監督の前作「マイマイ新子と千年の魔法」が始まりであった。

●2009年11月21日
前週14日からの先行上映に続いて、片渕須直監督の「マイマイ新子と千年の魔法」が全国38スクリーンでスタートする。

●2010年未明
片渕監督、かねてから愛読していたこうの史代のマンガ「この世界の片隅に」のアニメ映画化を企画し、アニメ制作会社MAPPAの丸山正雄プロデューサーと接触。「この世界の片隅に」の映像化について版元の双葉社に打診するも、既に実写映像化の話が進んでいたが、アニメ化に関しては切り分けて考える余地ありとの認識を示す。

●同年8~9月
片渕監督、こうの史代に宛てて、「この世界の片隅に」アニメ化への思いをしたためた手紙を、双葉社編集者に託す。この手紙を受け取ったこうのは驚くが、片渕監督がかつて作った作品が自分の道標のひとつであったことから、このアニメ化企画に運命を感じて許諾する。同時に片渕監督は、「この世界の片隅に」の舞台となった時間・場所について文献、資料、地図を使って徹底的な調査を開始する。

●同年9月
「マイマイ新子」で片渕監督と出会ったコトリンゴが、アルバム「Picnic album 1」のサンプル盤を監督に進呈。片渕はこのCDに収録された「悲しくてやりきれない」をその後の作業中ずっと聴いており、ついには「この世界の片隅に」のパイロット・フィルム、特報そして映画本編に採用することになる。

●同年年末
「マイマイ新子」の興行成績は、ファーストラン終了時には入場者数2万4012名、興収2873万8500円だったが、公開後1年の段階で増加していることが判明する。現在までの累計入場者数は4万186名、累計興収は4805万4600円となっている。これはファーストラン終了後も、一部の映画館で長期上映が行われたり、特集上映が頻繁に行われたことによる成果で、ファーストラン終了後も、同作品を支持する観客が増えていることが立証された。

 

・・・全国一斉公開が定着した昨今、新作映画はファーストランを終了した時点で、ほぼビジネスを終えたと言える。その後の展開としてセカンドラン、名画座などでの上映はあるものの、ファーストランでの成績が芳しくない場合、そこで大きな収入を上げることが出来ないのが定説だ。ところがラピュタ阿佐ヶ谷、ポレポレ東中野といった都心のミニシアター、名画座に加えて、地方のミニシアターが「マイマイ新子」を地道にコツコツと上映し、現在までにのべ65ブックで累計4800万円に達し、ファーストラン時点から約2000万円の増額を果たした。これは類いまれな、そして特筆すべき成果である。


キネカ大森に掲示された「製作準備開始」ポスターは、
片渕監督の強い意思表示だった。

●2011年2月1日
「マイマイ新子」が第14回2010年文化庁メディア芸術祭にてアニメーション部門優秀賞を受賞し、この日その贈呈式が行われる。前年の第13回2009年メディア芸術祭では、漫画部門優秀賞を、こうの史代の「この世界の片隅に」が受賞していた。

●同年6月
MAPPA社内に「この世界の片隅に」準備室が開設される。片渕監督はここでシナリオの執筆を開始する。

●同年8月5日
実写版ドラマ「この世界の片隅に」が、日本テレビ系列で「終戦ドラマスペシャル」としてオンエアされる。演出は佐藤東弥、主演北川景子、小出恵介、優香。

●2012年2月
シナリオ第三稿完成。

●同年9月8日
キネカ大森でこの日から行われた「マイマイ新子」「ももへの手紙」上映と”しゃべれ場トーク”に、片渕監督が来館し登壇。その際、「『この世界の片隅に』製作準備進行中」とのポスターを持参する。これは館内に掲示され、現在もキネカ大森に保管されている。なおこの上映とイベントの際、キネカ大森の番組編成を担当する東京テアトルの沢村敏は、片渕と丸山から「『マイマイ新子』のように、『この世界の片隅に』はお客さんと一緒に作りたいので、興味を持って欲しい」と言われる。沢村は片渕と丸山が「この世界の片隅に」アニメ映画化に取り組んでいることを、後日上司に報告。

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・・・「興味を持って欲しい」とはまた謙虚な言い回しだが、この時点で「この世界の片隅に」の製作は、まったくの未知数であった。それ故「この映画を作りますので、配給してください」「そちらの映画館で上映してください」という具体的なビジネス・オファーではなく、「興味を持って下さい」との言い回しを片渕監督がしたのだろう。ただ、監督が自腹で作ったというそのポスターからは、「なんとても、この映画を作る!」といった、強い意思が感じられたことは間違いない。東京テアトルの沢村は、彼のこの意思を正面から受け止める。

丸山=片渕=こうのの初タッグ「花は咲く」で実現。

●2012年10月
丸山、片渕監督にNHKの東日本大震災復興ソング「花は咲く」の短編アニメ制作をオファー。

●同年11月
片渕監督、丸山からのオファーを受け、「花は咲く」短編アニメの核になるアイディアをこうのに依頼。こうのは、マンガのネームのような紙を8枚、打ち合わせに持参。片渕監督はこれを元に映像画コンテを作成する。なおこの時点で片渕監督は「この世界の片隅に」の作画に着手。

●2013年3月20日
丸山製作、片渕監督、こうの原案による東日本大震災復興ソング「花は咲く」の短編アニメ・バージョンがNHKにてオンエア開始。

●同年7月
片渕監督、作品に登場する場所を実際に尋ね、現在の風景を確認しながら、リアリティある当時の姿を追求していく。とりわけ主要な舞台となる呉への訪問は、複数回行われた。

GENCO真木太郎プロデューサーは、
片渕の「みんなでこの映画を作りたい」発言に共鳴した。

●2015年初頭
アニメ制作会社GENCOの真木太郎プロデューサー、未だ製作が決定しない「この世界の片隅に」に製作統括として参加。真木は片渕監督が「この映画は、みんなで一緒に作りたい」との発言に共鳴し、かねてから着目していたクラウドファンディングを使い、出資企業を募るためのパイロット・フィルムの制作費用2000万円を調達することを目標に掲げる。同時にGENCOを幹事会社とした「この世界の片隅に」製作委員会を組成。

●同年3月9日
この日午前11時からスタートした「この世界の片隅に」パイロット・フィルム資金調達のためのクラウドファンディングは、開始2時間で支援者120名、支援金200万円超を開始2時間で得る好スタートを切る。真木が目標金額とした2000万円を8日間と15時間余りで達成することになる。

●同年5月末
この段階でクラウドファンディングを終了。最終的に日本全国47都道府県から3374名、3912万1920円の支援金が集まり、当時国内のクラウドファンディング映画ジャンルとして最多人数、最高額を記録する。またこのクラウドファンディングの反響を知った東京テアトルが映画への出資に応じることを決定。以後朝日新聞社、バンダイビジュアル、TBSラジオなど出資企業が集まり始める。

●同年6月3日
この日、映画「この世界の片隅に」製作が正式に決定。また同日、「『この世界の片隅に』を支援する呉・広島の会」が発足する。

●同年7月4日
「制作支援メンバーズミーティング」を東京(7/4・7/11)、広島(7/18)、大阪(7/19)の3都市で開催。完成したばかりのパイロット・フィルム(約5分)が、クラウドファンディング参加者に披露される。このミーティングは全6回行い、計1106名が参加した。

●同年8月
上映を決めたテアトル新宿、ユーロスペース他の映画館とネット上で特報を上映。同時にポスター、チラシも披露。

●同年11月10日
東京テアトルが発表した「70周年記念ラインナップ」7本の1本として、「この世界の片隅に」を同社が出資・配給・主幹興行を行うことを正式に発表。
・・・真木の発案によって実施されたクラウドファンディングによる資金調達だが、あくまでこれは映画製作に必要な資金を確保するために、作品のイメージを具現化したプロモーション・フィルムを作る。そのための資金を調達する目的であったが、この方法が注目され、プロモーション・フィルムの完成を待たずして映画の製作資金調達が軌道に乗ったのは、予期せぬ成果であった。こうして「この世界の片隅に」の製作が決定する。片渕監督が映画化を決意してから、実に4年余りの歳月が流れていた。

すずさんに生命を吹き込んだ女優・のん。
2016年9月、「この世界の片隅に」完成。

●2016年6月下旬
アフレコを開始。

●同年7月23日
呉市立美術館で「マンガとアニメで見る こうの史代『この世界の片隅に』展」が開催され、多くの来場者を集める。

●同年7月下旬
主役・すずさんの声に、のんが決定。アフレコを開始する。

●同年9月9日
スペースFS汐留にて、制作スタッフ・キャスト関係者向けの内覧試写会を午前中、マスコミ向け完成試写会を午後に開催する。

●同年10月中旬
クラウドファンディング参加者全員の名前が入ったバージョンが完成。クラウド参加者を対象とした上映会を10月19日大阪、10月25日テアトル新宿にて開催。

●同年10月28日
第29回東京国際映画祭・特別招待作品部門で「この世界の片隅に」が上映される。

●同年11月5日
ユーロスペースを収容する渋谷キノハウス正面壁面に、メインアドとのんの写真・メッセージをあしらった、縦3.80メートル×横11.40メートルの巨大看板が掲出される。

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●同年11月12日
「この世界の片隅に」、下記の映画館にて上映スタート。
http://www.eigakan.org/theaterpage/schedule.php?t=548
(プレスシートの「プロダクション・ノート」をベースに、追加取材・構成)

(文:斉藤守彦)

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    ライタープロフィール

    斉藤守彦

    斉藤守彦

    斉藤守彦(さいとうもりひこ) Morihiko Saitoh 静岡県浜松市出身。映画館、ビデオ会社でのアルバイトを経て、映画業界紙「東京通信」記者 (後に編集長)に。1996年からフリーの映画ジャーナリスト/アナリストとなり、以後多数の劇場用パンフレット、「キネマ旬報」「HiVi」「ザテレビジョン」「日経エンタテインメント!」「宇宙船」「スターログ日本版」「INVITATION」「東京カレンダー」「アニメ!アニメ!」「フィナンシャル・ジャパン」「Pen」などの雑誌・ウェブメディアに寄稿。2007年秋に「日本映画、崩壊 -邦画バブルはこうして終わる-」を、08 年「宮崎アニメは、なぜ当たる -スピルバーグを超えた理由-」、09 年「映画館の入場料金は、なぜ1800円なのか?」、 10 年に「『踊る大捜査線』は日本映画の何を変えたのか」(共著) を上梓。 他の著書に「図解でわかるコンテンツ・ビジネス」1〜4(共著)、「ソノラマ MOOK/ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃」(構成・執筆) 、電子書籍「日本映画、飛躍と困惑の過去・現在・未来」等があり、ここ数年は「映画宣伝ミラクルワールド」「80年代映画館物語」と、独自の視点による書籍を執筆。2016年3月には新作「映画を知るための教科書 1912−1979」が世に出る。現在、水道橋博士編集長のメールマガジン「メルマ旬報」で「2016年映画館物語」を連載中。また「BOOKSTAND映画部!」で、「映画を待つ間に読んだ、映画の本」と「映画惹句は、言葉のサラダ」の2つの連載を行っている。

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