「涙の数だけ笑おうよ 林家かん平奮闘記」寄席で名人の噺(はなし)を聞いたような1篇。

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(C)2016 NKW 製作委員会

身障者を追いかけたドキュメンタリーだが・・。

爺:今回は「涙の数だけ笑おうよ ―林家かん平奮戦記-」というドキュメンタリー映画を扱おうと思う。

先輩:ただこの映画、全国で拡大公開されるわけでなく、小さな規模で上映される作品なんですね。

爺:うん。東京都内は9月3日から角川シネマ新宿1で、以後順次各地区で上映される予定だというが、これがすこぶる良質な作品で、ちょっと驚いてしまった。

先輩:どんな映画なのか内容を明かすと、サブタイトルにもある噺家・林家かん平さんが1990年10月に脳溢血を発症し、倒れてしまう。必死のリハビリで翌91年9月、高座に復帰。93年には3年間の入院生活を終え、介護が必要な母親と同居をはじめる。周囲の仲間たちの支援もあり高座に立ち続け、ある日古典ではなく新作落語を創作し、発表することを決める。

爺:1年間に渡って、竹藤恵一郎監督が、実際のかん平さんの自宅にカメラを持ち込んで記録した映画だ。

先輩:ただ、こういう形で映画を撮ることに、僕は不安を感じていたんです。身障者であるかん平さんと、高齢で介護が必要な彼のお母さんが暮らしている、その空間にカメラが入るということは、日常的な空間に、ある種のストレンジャーが侵入することですから。日頃カメラで撮られることに慣れているかん平さんはともかく、ベッドに寝たきりのお母さんにはかなりの負担がかかったんじゃないかと。

爺:そうじゃな。ところが自宅内のシーンを観ると、かん平さんもお母さんも、何らカメラを意識することなく、いつも通りに自然に振る舞っている。

先輩:そのあたりは驚きました。ただ、それはこのドキュメンタリーが、かん平さんの脳溢血が発症して25年後というタイミングで撮影されたからではないでしょうか。発症してすぐに撮影となったら、これほど落ち着いた生活ぶりは観られなかったでしょうし、そもそもそんなタイミングでドキュメンタリーを撮るのは鬼だ(笑)。

爺:かん平さん自身、とても明るく前向きな人だよね。彼の信条である「頑張っていれば、きっと神さまがご褒美をくれる」とは、朝ドラ「梅ちゃん先生」の堀北真希の台詞の一節だそうだ。

涙の数だけ笑おうよ 林家かん平奮闘記1
(C)2016 NKW 製作委員会

「落語とは、業の肯定」という視点。

先輩:かん平さんが口にするフレーズの、例えば「この羽織を着たら噺家になりますが、脱いだら身障者です」とか「それでは皆さん、お手を拝借。ここに来られた方の幸福と、来なかった方の不幸を祈って、三三七拍子を!!」といった、ちょっとブラックなユーモアも良いですね。身障者であることを、悲観していない。

爺:それもまた時間のなせる技だろうね。以前立川談志がこんなことを言ったらしいよ。「落語とは、業の肯定である」。

先輩:ああ・・・・なるほど!! 人間のやっていることを、すべて肯定的に見る。そういう視点が落語にはありますよね。

爺:落語って、ダメなヤツは出てきても、悪い奴は出てこないじゃないか。この映画を観て、その談志の言葉を思い出したよ。

先輩:それは言い得て妙。この映画を見終わって感じるのも、そういった、他者や物事を肯定的に捉えることが、今の時代、足りないんじゃないかってことなんです。

爺: 「業の肯定」どころか、「業の否定」ばかりやってる。しかも国をあげて。なんでもっと、ポジティヴになれないんだという・・。

先輩: 「悲しいときほど笑おうよ」というこの作品が、あたかも名人の噺家が高座で話す落語のような、爽快な印象を残すのは、そういった姿勢が反映されているからでしょうか?

爺:かん平さん自身がそういう考えの持ち主で、実生活でも実践しているからだろうなあ。

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バリアフリーが進んだのは、誇っても良いこと。

先輩:我々も、前向きに生きたいですね。

爺:そうそう。そういう気持ちが自然に湧きあがってくる映画なんだよな。

先輩:実際には、なかなか神さまもご褒美をくれないんですが(笑)。

爺:まあそうなんだけど、映画の中でかん平さんが言ってるじゃないか。「今や映画を見に行けば、ちゃんと映画館に車椅子のスペースがあり、以前に比べてバリアフリーもずいぶんと進んだ」って。わしらは気がつかないことだけど、ハンディキャップのある人たちへのインフラ整備は、それだけ進んでいるということだ。もちろんまだ充分とは言えないけど、皆の努力でここまでやってきた。そのことは誇って良いと思うんだ。

先輩:まったくです。

(文:斉藤守彦)

    ライタープロフィール

    斉藤守彦

    斉藤守彦

    斉藤守彦(さいとうもりひこ) Morihiko Saitoh 静岡県浜松市出身。映画館、ビデオ会社でのアルバイトを経て、映画業界紙「東京通信」記者 (後に編集長)に。1996年からフリーの映画ジャーナリスト/アナリストとなり、以後多数の劇場用パンフレット、「キネマ旬報」「HiVi」「ザテレビジョン」「日経エンタテインメント!」「宇宙船」「スターログ日本版」「INVITATION」「東京カレンダー」「アニメ!アニメ!」「フィナンシャル・ジャパン」「Pen」などの雑誌・ウェブメディアに寄稿。2007年秋に「日本映画、崩壊 -邦画バブルはこうして終わる-」を、08 年「宮崎アニメは、なぜ当たる -スピルバーグを超えた理由-」、09 年「映画館の入場料金は、なぜ1800円なのか?」、 10 年に「『踊る大捜査線』は日本映画の何を変えたのか」(共著) を上梓。 他の著書に「図解でわかるコンテンツ・ビジネス」1〜4(共著)、「ソノラマ MOOK/ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃」(構成・執筆) 、電子書籍「日本映画、飛躍と困惑の過去・現在・未来」等があり、ここ数年は「映画宣伝ミラクルワールド」「80年代映画館物語」と、独自の視点による書籍を執筆。2016年3月には新作「映画を知るための教科書 1912−1979」が世に出る。現在、水道橋博士編集長のメールマガジン「メルマ旬報」で「2016年映画館物語」を連載中。また「BOOKSTAND映画部!」で、「映画を待つ間に読んだ、映画の本」と「映画惹句は、言葉のサラダ」の2つの連載を行っている。

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