西部劇不朽の名作『シェーン』に隠された アメリカの光と影

■「キネマニア共和国」

シェーン


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「シェーン、カムバック!」の名セリフでも知られる西部劇の不朽の名作『シェーン』が久しぶりに、デジタルリマスターでリバイバルされます。

戦後の西部劇ブームの中、日本人からこよなく愛され、これまで幾度も上映され続けてきたこの作品……

キネマニア共和国~レインボー通りの映画街~vol.120

今の目で見直すと、またさまざまな新しい魅力が出てきます!

戦後の日本人にこよなく愛された
股旅風西部劇


1953年に制作され、日本でも同年10月20日に公開された『シェーン』ですが、そのストーリーは至ってシンプルです。

南北戦争終結後のワイオミングを舞台に、ふらりと現れた流れ者のガンマン、シェーンが開拓民ジョー一家の許で働き始めるも、悪徳牧場主ライカー一派の横暴を見かねて成敗し、そのまま去っていくという、日本の股旅時代劇ものとも共通するストーリー(原作はジャック・シェーファー)。

もっともその中に、シェーンとジョーの友情、ジョーの妻マリアンのシェーンへの複雑な想い、そしてジョーの息子ジョーイのシェーンに対する憧憬の念など、繊細なホームドラマとしての優れた一面をも忍ばせています。

ワイオミングの厳しい大自然を叙情的に映し、アカデミー賞撮影賞を受賞したロイヤル・グリグスによるスタンダード・テクニカラーの映像美(ウィキペディアにはシネマスコープと記されていますが、それは誤り)。また日本では『遥かなる山の呼び声』と題されたヴィクター・ヤングの主題曲は映画音楽のスタンダードとなり、後に山田洋次監督はこの題にインスパイアされながら、高倉健主演『遥かなる山の呼び声』(80)を撮り、クリント・イーストウッドは本作と相似したストーリーながら全く異なるテイストの『ペイルライダー』(85)を放ち、ハリウッド黄金時代西部劇へオマージュを捧げていました。

名優たちの競演による
人生の複雑な機微の体現


主演のアラン・ラッドは、当時の映画ファンの間ではB級スターとして位置づけられていたようですが、この1作のみで永遠に記憶にとどめられる存在ともなりました。特に劇中で繰り広げられる彼の早撃ちは、今も伝説的に語り継がれています。

またクライマックスで彼と対決する殺し屋ウィルソンを演じたジャック・パランスは本作でアカデミー賞助演男優賞にノミネートされ、その後も超個性派名優として君臨していくことになりました。

ジョー役のヴァン・ヘフリンは42年の“Johnny Eager”でアカデミー賞助演男優賞を受賞し、その後も『決断の3時10分』(57)『大空港』(70)などで異彩を放ったベテラン名優。本作での実直すぎる正義漢も良く似合います。

マリアン役のジーン・アーサーは『オペラハット』(36)をはじめとするフランク・キャプラ監督作品のヒロインでも知られる映画の女神的存在ですが、戦後は映画を離れて舞台に専念しており、『シェーン』は久々の映画出演かつ最後の映画出演ともなりました。

そしてジョーイ役のブランドン・デ・ワイルド。彼もまたアカデミー賞助演男優賞にノミネートされる好演で、彼の目線で見据えられた『シェーン』は、それゆえにどこかしら寓話的な趣をもって迎え入れられています。

初めてジョーイがシェーンと出会うシーンで、シェーンが「君は私のことを目をそらさずにずっと見つめていたね。私は物事をまっすぐに見る人が大好きだ」といったことを言います。そう、本作は「シェーン、カムバック!」だけではなく、少年の成長を示唆するかのような名セリフが幾多も散りばめられているのです。

少年の目線で捉えられたことによって、マリアンのシェーンに対する複雑な思いも、実にシンプルかつ奥深く表現されています。おそらく彼女はシェーンを一目見たときから、自分の心をかき乱す危険な存在だと肌で察したのでしょう。だから最初はシェーンにきつく当たりますが、次第に心開き始めるにつれ、自分の心の弱さを隠すかのように、夫のジョーに「あなた、抱いて」とすがります。当時のハリウッドでは不倫を描くのはまだタブーではありましたが、こういったさりげない演出だけで観客は全てを察知できる。またそのための名優ジーン・アーサーの起用だったのでしょう。

アメリカを見据え続けた
名匠ジョージ・スティーヴンス監督


本作の監督ジョージ・スティーヴンスは、戦前には『有頂天時代』(36)などのミュージカルから『ガンガ・ディン』(39)のような活劇まで手掛ける名職人でしたが、戦後は貧しい青年の出世欲とそれゆえの挫折を描いた『陽のあたる場所』(53)や、テキサスの大牧場を舞台にした20世紀前半のアメリカ史を一大スケールでつづった超大作『ジャイアンツ』(56)など、アメリカ社会の光と影に着目した作品を連打するようになります。

実は『シェーン』もその中の1本で、本作は単なる流れ者ヒーロー映画ではなく、銃の暴力を訴えた当時の西部劇としては画期的な作品でもありました。本作の中で拳銃を用いるシーンの音響は、当時としてはミス設計ではないかとプロの音響マンが思うほどの大音量で、つまりは脅迫的かつ意図的な演出が施されているのです。

ヴァイオレンス映画の名匠サム・ペキンパー監督は、『シェーン』でジャック・パランスの殺し屋が開拓民のひとり(エリシャ・クックJr)を撃ち殺したときの銃撃音から、映画の中の銃の暴力が始まったと語っています。

また本作では、銃に憧れる子どもの心をあからさまにしつつ、しかし本当に銃を手にしたらどうなるかという危険性までも巧みに示唆しています。

ジョージ・スティーヴンスが撮った西部劇は、生涯の中で『シェーン』のみです。ナチスドイツのユダヤ人収容所で死んだ少女アンネ・フランクを主人公とする『アンネの日記』(59)も手掛けた彼が、戦争をはじめとするすべての暴力を否定していたことは疑いようもない事実であることを『シェーン」もまた如実に語っています。

アメリカの光と影ということでは、『シェーン』の地元牧場主と開拓民との諍いの構図は、今ではマイケル・チミノ監督『天国の門』(81)で描かれていたジョンソン郡戦争を簡略化させたものとも言われています。

ジョンソン郡戦争は1892年4月、ワイオミング州ジョンソン郡で土着の牧場主たちが開拓移民らを虐殺した忌まわしき事件で(このとき殺し屋も雇われています)、これはアメリカ史の闇、恥ずべき汚点としてタブーとされています。その全貌を描いた(フィクションの部分もかなりありますが)『天国の門』も公開時、全米では異様なまでのバッシングを受け、メジャー映画会社ユナイトが崩壊する大きな一因となったほどでしたが、それよりも先にジョージ・スティーヴンス監督は『シェーン』でタブーぎりぎりのところでジョンソン郡戦争を再現させつつも、それを流れ者と家族愛に満ちた一家との慈愛深きドラマに転化させることで、逆にアメリカ国民の支持を得ることに成功したのでした。

このように、ヒーロー西部劇の筆頭として、アメリカ映画ならではの叙情を湛えたホームドラマとして、そしてアメリカ史の闇を描いた問題作として、映画『シェーン』はさまざまな顔を持ちながら、永遠不滅の輝きを放ち続けています。

本作は当時を知る世代はもとより、若い世代にこそ見ていただきたい作品です。

ジョージ・スティーヴンス監督のシンプルかつ芳醇な演出とそのセンスは、描写過多に陥りがちな今の映画シーンに欠けている何かを思い起こさせてくれることでしょう。


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(文:増當竜也

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