青木ヶ原樹海を舞台にしたアメリカ映画『追憶の森』が訴えるメッセージ

富士山麓の北西に広がる青木ヶ原樹海といえば、自殺の名所という、あまりありがたいない印象をもって知られていますが、最近は海外にまでその地のことが知られているようです……。

キネマニア共和国~レインボー通りの映画街~vol.127

追憶の森
(C)2015 Grand Experiment, LLC.

 アメリカ映画『追憶の森』は、樹海へ赴いたアメリカ人と、そこで遭遇した日本人との出会いを描いたものです。

青木ヶ原樹海が自殺の名所となった
きっかけとは?

そもそも青木ヶ原樹海に現在のイメージが定着したのは、松本清張が記した小説『波の塔』(60)が松竹で映画化され(60)、その翌61年には連続ドラマ化され、いずれもヒロインがラストでひとり樹海の中へ赴いていく描写が話題になって以降のことで(別説もあります)、74年にはその小説本を枕にした女性の白骨死体も発見されています。

こういったイメージの中、樹海が映画やドラマ、小説などに登場する機会も多く、また最近でも樹海をめぐる4つのエピソードをつづったオムニバス映画『樹の海』(05)や、2年前に樹海で死んで霊となった男の真相を探ろうとする石原慎太郎原作のダーク・ファンタジー『青木ヶ原』(12)といった樹海をモチーフにした映画が制作されています。

個人的に最近衝撃を受けたのは、お笑い芸人「インパルス」の板倉俊之が2012年に記した小説2作目『蟻地獄』で、裏カジノでイカサマを見破られ、期日までに300万円を用意するよう命令された青年が、何と青木ヶ原樹海に赴き、とんでもない方法で金を作ろうとする、すさまじい内容でした。

そんな中『追憶の森』はアメリカ映画で、しかも監督は『グッド・ウィル・ハンティング』などで知られる名匠ガス・ヴァン・サント、出演はマシュー・マコノヒーにナオミ・ワッツという、何とも意外なまでに豪華な布陣ですが、映画を見ますとネットなどで樹海のことが海外にも知れ渡り、今や世界中の自殺志願者が青木ヶ原に赴いているようで、マシュー・マコノヒーもそのひとりのようです。

では彼は何故死のうと思ったのか?

映画は時折回想をはさみながら、彼とその妻のドラマを描出していきます。

追憶の森 (C)2015 Grand Experiment, LLC.

生と死の狭間を見つめ続けてきた
名優・渡辺謙

そして、いざ主人公が樹海に足を踏み入れてから出会う日本人サラリーマン役に、我らが渡辺謙が扮しています。

彼は死にたくないから助けてくれと主人公に懇願し、かくしてふたりが樹海から脱出しようともがく様子が主軸となっていきます。

(もっとも樹海は一度入り込んだら迷路のようになって抜け出せないとか、コンパスが利かない、電子機器が狂うといった話の大半は俗説に過ぎず、最近ではケータイも繫がりやすくなっているとのことです)

渡辺謙に関しては、彼は89年に白血病を患って時代劇超大作『天と地と』(90)を降板し、死の淵をさまよいつつも奇跡的に回復しますが、94年に再発して再治療。そしてつい最近も胃がんを患い手術するなど、死と向きあい続けながら俳優人生を歩み続けてきている名優です。

そんな彼だからこそ、今回の役柄も非常にリアリスティックであり、まただからこそ……(この先は、映画を見て確認しましょう)映えています。

私自身は、彼が最初に白血病を克服し、復帰作『幕末純情伝』(91)に主演したときの彼に取材させていただいたことがありますが、そのとき彼は「生きていられる限りは」という言葉を何気に繰り返しながら今後の抱負を語ってくれたものでした。

その成果が、やがて来る『ラストサムライ』(03)の栄光であり、現在に至る国際スターとしての地位でもあります。

「生きていられる限りは」というメッセージは、本作のメッセージのようにも思えますし、まただからこそ渡辺謙は本作に出演したのでしょう。

また生死の問題とは離れますが、今回のマシュー・マコノヒーと渡辺謙の関係性は、かつてジョン・ブアマン監督が手掛けた、太平洋戦争中の南海の小島に漂着したリー・マーヴィンと三船敏郎がふたりきりで諍い続ける異色戦争映画『太平洋の地獄』(68)とも相似したオーラを感じられてならなかったのですが、それは同時に渡辺謙が既に三船敏郎と同等、いやそれ以上の国際スターとしての貫録を身に着けた証左のようにも思えてなりませんでした。

本作は、ご想像つくように命の尊さを死の側から見据えたもので、さすがに日本人からはさほど目新しいものではありませんが、このモチーフをアメリカ映画が描いたという事実には着目すべきかと思います。

かつてはポジティヴ・シンキングを推奨するかのように前だけを見ながら歩き続けていたアメリカが、今は立ち止まり、後ろを振り返るという、そんなマイナス思考の中からプラスへ転じる道を模索し始めてきている。

究極のプラス思考とは、究極のマイナス思考から始まるとは、最近よく聞く言葉です。

そういえば自殺者の多くは「いつも前向きで明るい」と見られている人だとも聞きます。

『追憶の森』の“追憶”とは決してマイナスの要因ではなく(いや、ときにマイナスだからこそ)、人が哀しみの中から立ち直るために必要な要素なのかもしれません。

追憶の森
(C)2015 Grand Experiment, LLC.

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(文:増當竜也

    ライタープロフィール

    増當竜也

    増當竜也

    増當竜也 Tatsuya Masutou 鹿児島県出身。映画文筆。 朝日ソノラマ『宇宙船』『獅子王』、キネマ旬報社『キネマ旬報』編集部を経て、フリーの映画文筆業に就く。 取材書に『十五人の黒澤明』(ぴあ刊)、『特撮映画美術監督・井上泰幸』(キネマ旬報社刊)など。 編集書に『40/300 その画、音、人』(佐藤勝・著)『神(ゴジラ)を放った男/映画製作者・田中友幸』(田中文雄・著)『日記』(中井貴一・著)『日記2』(中井貴一・著)『キネ旬ムック/竹中直人の小宇宙』『同/忠臣蔵映画の世界』『同/戦争映画大作戦』(以上、キネマ旬報社刊) その他、パンフレットやBD&DVDライナーノートへの寄稿、取材など多数。 ノヴェライズ執筆に『狐怪談』『君に捧げる初恋』『4400』サードシーズン(以上、竹書房刊) 現在『キネマ旬報』誌に国産アニメーション映画新作すべてのレビューをめざす『戯画日誌』、『衛星劇場プログラムガイド』誌に、毎月オンエアされる松竹映画名作群の見どころなどを紹介する『シネマde温故知新』を連載中。

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