時代劇に新たな希望の灯を燈す意欲作『合葬』

■「キネマニア共和国」

今年は江戸風俗研究家・文筆家・漫画家など多彩な顔で活躍した杉浦日向子・原作の『百日紅』が原恵一監督の長編アニメーションとして映画化されて話題となりましたが、この秋、もう1本の杉浦原作作品があります……。

《キネマニア共和国~レインボー通りの映画街 vol.29》

幕末を舞台にした青春時代群像劇『合葬』です。

時代に翻弄される3人の若者の1か月


『合葬』は、徳川慶喜が大政奉還の後で江戸城を明け渡し、徳川幕府の時代が終わりを告げた1868年の江戸を舞台に、もともと将軍警護と江戸の治安維持を図るため有志で結成されるも、幕府解体とともに反政府集団とみなされ始めていた彰義隊の面々の青春が描かれていきます。
合葬 ポスター


彰義隊の一員である秋津極(柳楽優弥)は、許嫁の砂世(門脇麦)との婚約を破談にし、親族に咎めがないよう家督を弟に譲り、自身は彰義隊の屯所に身を置きます。

義父の死をきっかけに、養子に入っていた家を体よく追い出され、自分の居場所をなくしてしまった吉森征之助(瀬戸康史)は、極の誘いに応じるがまま彰義隊に入ります。

砂世の兄で、妹の想いを踏みにじったと極を責める福原悌二郎(岡山天音)は彰義隊にも批判的でしたが、隊の穏健派・森篤之進(オダギリジョー)から極のような強硬派を抑えてほしいと説得されて、結局は入隊してしまいます。

この3人の若者たちを主軸に、映画はおよそ1か月の青春群像を描出していきます。
合葬


いわゆる殺陣や戦のシーンをメインに据えた作品ではなく、あくまでも青春映画としての切り口ではありますが、時代の大きな転換期に翻弄されていく若者たちという点で、現代と大きく重なるところも多く、単なる時代劇以上のシンパシーをもって作品に接することができることでしょう。

青春の繊細な機微を捉え得た
脚本と演出、そして俳優たちの存在感


脚本が『ジョゼと虎と魚たち』(03)や『メゾン・ド・ヒミコ』(05)など青春の繊細な機微を描くに長けた渡辺あやというのも興味深く、ここでも単に男たちの勇ましさだけでなく、その裏に潜む弱さやもろさなどをきちんと描いており、さらには彼らをめぐるさまざまな女たちを印象強く描出しているのも大きな特徴といえるでしょう。

監督は、インディーズで活動し続け、これが劇場用商業映画デビューとなる小林達夫。渡辺あやとも自主映画『カントリーガール』(10)でともに仕事をしており、そのとき彼女から「監督の映画に合うのでは?」と渡されたのが、本作の原作漫画であったとのことで、それが今回の映画化の発端にもなっているのです。
合葬


小林監督の演出は一貫して3人の若者の生きざまをリアルに捉えながら、いつの世も若者たちが時代に翻弄されながら日々を過ごしている普遍的事実を、一見淡々としながらもその実濃密に仕組まれた映像の光と影、さらには雨、日常の音などなど、こだわりにこだわった演出で魅せていきます。

決して潤沢ではなかったであろう予算枠の中、クライマックスの上野戦争における描写も極めてセンス良く収められており、映画にはまだまだ見せ方というものがあることに唸らされます。

また、これは杉浦原作ならではというか、遊郭のシーンにおける男と女の微妙な機微などが画できちんと捉えられているのにも感心しました。
合葬


映画ファンは、この監督の名前は覚えておいて損はないでしょう。本作をステップに大きく飛翔していくことが容易に予見できる、そんな期待の監督です。

決して派手ではないものの、こういった小さな作品がさらりと作られるようになってきたことを思うに、ここにきてようやく時代劇が芳醇なジャンルになってきていることまでも確信させられます。

柳楽、瀬戸、岡山の3人をはじめとする若手俳優たちの、あまり意識していないかのような等身大的な自然体の演技と存在感もなかなかのもので、それぞれのファンも必見でしょう。

カヒミ・カリイのナレーションというのも、単なるドラマ説明の域を超えた世界観の構築に大いに貢献しています。

いろいろな意味で、今後の時代劇製作に新たな希望の灯を燈してくれている意欲作として、多くの人に見ていただきたいと切に願います。

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(文:増當竜也)

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