女性禁戒の伝統芸能、初の女流唄い手を描く波乱と感動と真実の『花、香る歌』
韓国に“パンソリ”という唄の伝統芸能があるのをご存知でしょうか? これは女性にはご法度とされていたもので、破れば打ち首も免れないほど厳しい罪が待ち受けているものでもありましたが……
《キネマニア共和国~レインボー通りの映画街~vol.126》
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映画『花、香る歌』は、その禁戒を超えてパンソリ初の女流唄い手となったひとりの女性の物語です。
パンソリに魅せられた少女が
決意したいばらの道
パンソリとは、ひとりの唄者(ソリクン)が鼓手(コス)の打つ太鼓の伴奏に合わせて唄(ソリ)や言葉(アニリ)、身振り(ノルムセ)で物語を語っていく伝統芸能で19世紀中ごろには12本ほどの人気演目が大道芸人たちによって上演されていたとのことで、現在でも6つの演目が上演されています。
本作の舞台も19世紀半ば、幼い頃に母を亡くした少女チェソンは、偶然耳にしたパンソリの唄に自分を重ねて感動して以来、パンソリの唄い手になることを決意します。
しかし、当時女性がパンソリを唄うことは固く禁じられていました。
それでもあきらめきれないチェソンは性別を偽って、パンソリの大家シン・ジェヒョに弟子入りして修業を積むのですが……。
“国民の初恋”スジが挑む
稀代のヒロイン
主人公チェソンに扮するのは、韓国で一大ブームを巻き起こした『建築学概論』で“国民の初恋”と称され、K-POPガールズグループ“missA”のメインボーカルとしても活躍するスジ。
ここでは1年かけてパンソリ独自の発声などを猛特訓し、すべて吹き替えなしで臨んでいます。
特にクライマックスとなるパンソリを彼女が披露するシーンは、まさに声のスペクタクルともいうべき壮麗な感動を呼び起こしてくれます。
一方、恩師であるシン・ジェヒョに扮するのは『神弓』『王になった男』などの名優リュ・スンリョン。
そもそも野心に満ちた男でありながらも、チェソンが女であることに途中で気づいても彼女を見捨てることなくパンソリを教え続けるという、心の矛盾を矛盾のまま保ち続けさえていくことで、人間としての魅力を引き立ててくれています。
厳しくも哀しく美しい
人生の真実を描出
監督はイ・ジョンピル。13年に『全国のど自慢』(未)でデビューし、本作は『アンサンブル』(14/未)に続く第3作となる期待の新人で、特に音楽を題材としたものには定評があり、ここでもシネマスコープによる韓国の大自然をフルに活かした叙情的映像美とパンソリの響きを巧みに融合させながら、チェソンとジェヒョの運命を淡々と静かに、そして哀しくも狂おしいほどの慈愛を込めて描出していきます。
女性が男装して男社会の中に飛び込んでいく映画はあまたありますが、本作がそれらの作品群とは大きく何かが異なるように思えてならないのは、それが単に実話の映画化であるという理由だけでなく、やはり決して安易なハッピーエンドになることのない韓国映画特有の“恨(ハン)”の精神に基づくものなのかもしれません。
しかし、それはまた今の日本映画が失って久しい、厳しくも哀しく、また美しくもある映画的ともいえる人生の真実を雄弁に語り得ているからでしょう。
上映時間およそ109分の画と音と物語の融合から、ぜひ“何か”を見出してみてください。
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(文:増當竜也)
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