インタビュー

2017年09月16日

『望郷』菊地健雄監督インタビュー「島で育った感覚をわかったようには撮りたくなかった」

『望郷』菊地健雄監督インタビュー「島で育った感覚をわかったようには撮りたくなかった」




ミステリー作家・湊かなえの「望郷」は、瀬戸内海の島を舞台に6つの短編で構成された小説。

そのなかから、古いしきたりの家に縛られ、島を出たことのない夢都子(貫地谷しほり)が主人公の「夢の国」と、転任で生まれ育った島へ帰ってきた教師・航(大東駿介)が、亡き父の思いと向き合う「光の航路」の2編が、映画『望郷』として2017年9月16日(土)から公開されます。

あらすじはこちらから

そこで、今作のメガホンをとった菊地健雄監督にインタビューを実施。初となる原作モノへの挑戦や島での撮影、キャストについてのお話などを伺いました。

望郷


(C)2017 avex digital Inc.


──まずは、今作を手がけることになったときの思いを教えてください。

菊地健雄監督(以下、菊地):これまで何作も映画化されている湊かなえさんの原作ということで、プロデューサーからお話をいただいたときには、やはりプレッシャーを感じました。

そんな思いを抱きながら原作を読ませていただいたんですが、これまで自分が読んだ湊さんの作品とは違う印象を受けたんです。「望郷」には湊さんの故郷への思いが入ってると感じましたし、自分も故郷を描いた『ディアーディアー』で監督デビューしたという経緯があるので、そこに縁を感じて、ぜひやりたいなと思いました。

──全6編のうち、この2編を選んだのはどういった経緯ですか?

菊地:1編を膨らますよりは2編を使って、という話があったので、「夢の国」と「光の航路」の2編を選ばせていただきました。

原作ではそれぞれが独立したエピソードでしたが、ひとつの島が舞台なので、大人になって会うことがなくなった同級生がふいに再会したら?というアイディアによって、ひとつの物語として対比的に描けるのではないかと思いました。どちらにも教師という職業がでてくるので、そこもリンクするポイントでした。




オムニバスとして2つの話を並べるだけでなく、同じ小学校で育ち、それぞれ親子のドラマがある2人が大人になって再会し、過去を振り返って話すような映画ができたらいいな、というのが出発点です。

そこで、冒頭とラストに、「石の十字架」という話にでてくるモチーフを取り入れたオリジナルの展開を加えて、ひとつの作品としてまとめることにしました。

──プレスシートでは、「挑戦でもあり、プレッシャーも感じている」とコメントされていましたが、挑戦というのは具体的にはどういったことでしょうか?

菊地:これまで監督した2本は脚本家さんとイチから練り上げたオリジナルで、原作がある作品は初めてでした。湊かなえさんの作品ということが一番のプレッシャーでしたが、モチベーションにもなりました。

小説と映画は表現方法が違うので、原作の大事なところを残しつつ、映画化するにあたっての肉付けをするのは初めての作業であり、挑戦でもありました。そこはとても悩みましたが、でもそれを考えているときは非常に充実していたとも感じています。

──初めての経験を経て、監督として変化や成長を感じた部分はありますか

菊地:オリジナルはゼロから脚本家と作り上げていくので、自分に引き寄せて話を組み立てていけるのがいいところですが、逆にいうと自分や脚本家のなかにあるものに頼るしかない。そこは良くもあり、悪くもあるんですよね。

今回のように原作という立ち返る指標があると、自分にはない発想や語り口、テーマ性を取り入れて作品を作ることができる。それは今までとは違う体験だったので、これから作品を作っていくうえでの力をいただけたかなと思います。

──撮影されるうえでいちばん大事にされたことはなんですか?

菊地:「望郷」は白綱島という島が物語の核になっていて、読んでいくと、湊さんが育たれた因島が下敷きにお書きになられているんですね。そして、そこには島の風景を見て育った方の視点でしか描けないことが含まれていましたので、映画化するうえでも、どこか別の舞台に置き換えてというのはやりたくないなと。

望郷 木村多江


(C)2017 avex digital Inc.


登場人物たちが、瀬戸内海で浮かぶ島でどんな風景をみてどんな街で育ったか、ということが物語の重要な鍵になると思っていたので、因島で撮影することにこだわりました。

島で流れる時間やその場所の歴史、もともと住まわれていた人たちの記憶の痕跡みたいなものを感じつつ、役者さんと芝居を作るうえでも、それを大切にしました。

──監督ご自身は海のない栃木県の出身ですが、島での撮影でどのようなことを感じましたか。

菊地:劇中に白綱山という場所がでてきますが、そこからは四方に海が見えるわけで、遥か遠くには本土や四国も見えたりする。自分が生まれた栃木にはない、壮大などこまでも続いていく景色を見て成長するということは、どこまででもいけるような気持ちにもなるけど、ここから出られなかったら…という苦しさもあるのかもしれないと感じました。

車なら1時間くらいで1周できる島なので、車でどこまででもいけるという感覚がある内陸とは相反するものがあるのかなというのが、島を訪れたときの印象でした。

同じ場所から見た景色でも、天気や時間、光の角度で見え方が変化していくのも、自分が育ったところでは見ることのできない風景でした。そういう風景のなかで育った感覚はわからないので、わかったようには撮りたくなかった。わからないなりに、そういうところで育ったら…と想像しながら撮影していましたね。

──では、キャスティングに関してはいかがでしょうか?

菊地:夢都子(むつこ)という役は、家に縛られて、島を出ないまま成長して、結婚して、子供まで生んでいる人なので、地に足のついた、しっかりした人という人物像でした。

望郷 貫地谷しほり


(C)2017 avex digital Inc.


貫地谷さんは作品を拝見していて、役柄によって見え方が全然変わる魅力的な女優さんだなと思っていたので、彼女なら夢都子という島で育った人間を自然に演じてくれるんじゃないかと。そんな勝手な願望をもってお願いしたところ、見事に演じきってくださいました。

大東さんも、作品によって器用に芝居とキャラクターを演じ分けられるイメージがあって。普段は熱いところをもったカッコいい人ですが、作品によってはすごくクールだったり、コミカルに見えたり、まったく印象が変わる方です。

望郷 大東俊介


(C)2017 avex digital Inc.


想いを残していた島に戻ってきて、家族のことや教師としての想いに板ばさみになる航(わたる)の複雑な部分を、大東さんなら説得力を持たせて演じてくれると思いました。それに実際、好奇心旺盛な方だったので、島のことにもより深く興味をもって役に入ってくれたばかりか、キャスト・スタッフの中で誰よりも島に溶け込んでいました。

──子役や学生役のキャストさんたちも、パワーを感じるとても印象的な方ばかりでした。

菊地:出演作を見て、この子は面白いんじゃないかという子たちにオファーを出させていただきました。

例えば、浜野謙太さんが演じた畑野忠彦の学生時代の加部亜門くんは、映画『きみはいい子』で知的障害のある役をやっていたんですが、本当に知的障害のある子なのかと思ったら、そうではなくお芝居で。それを見て、すごい子役さんだなと思っていました。

それから成長していて、また違った印象を受けましたが、限られた出番のなかで、僕が思っていた以上に彼の置かれている状況を想像させる芝居をしてきたので、あの若さにしてこんな表現できるのはすごいなと。

望郷 伊東蒼


(C)2017 avex digital Inc.


夢都子の子供時代を演じた伊東蒼ちゃんにしてもそうだし、大人の我々が成長する速度以上に子供たちは成長しているんだなと感じましたね。

他の方に関しても、たとえ出番がワンシーンだけでも、当然キャラクター自身には前後のストーリーがあるので、少しの仕草や雰囲気でそれを表現できることを基準に、妥協せずにキャスティングしました。その結果、撮影現場で、それぞれがハマっていったという実感がありました。

──子供時代と大人時代で、ひとりの人物を2人で演じていますが、その点で苦労されたりはしましたか?

菊地:ひとつの役を2人の役者が繋いでいるという手応えは、いつも以上にありましたね。島の独特な空気のなかに一緒にいるというのことが、お芝居をするときにとても作用していたように思います。

意識して伝えていくこともあるけど、そんなことをせずとも、それぞれの役者さんが控室で一緒になったりして、そのコミュニケーションのなかでとらえていくものが、僕の見えてないところであったんじゃないかな。すごく仲良くなっていましたしね。




子役の存在が、彼らを見る大人の役者さんの表情を引き出していると感じたシーンもありましたし、子役たちも大東さんや貫地谷さんの芝居を垣間見ることで、引き出されていくことがあったのかなと思います。

──では最後に、映画を見た人にどんなことを感じてもらいたいですか?

菊地:故郷を出ても出なくても、自分が生まれ育った土地に対する思いというのが皆さんにあると思います。見終わったあと、生まれ育ったところに思いをはせるような、きっかけになるとうれしいですね。

冒頭では同級生としての再会が描かれていますが、同級生って、たとえ会うことがなくても同級生ですよね。今では会わなくなった同級生たちがどういう人生を歩んでいるのかふと考えるときに、一緒に思い出していただけるような映画になればうれしいですね。

なによりも、舞台になった因島の景色、光のあり方などが重要な要素になっているので、そういうところにも、ぜひ注目してみてください。
菊地健雄(きくち・たけお)
1978年1月27日生まれ。栃木県出身。『ヘヴンズ ストーリー』『岸辺の旅』『舟を編む』などで助監督を務めたのち、『ディアーディアー』(2015)で長編映画監督デビュー。同作は第39回モントリオール世界映画祭にて上映された。そのほか、長編作品2作目となる『ハローグッバイ』が全国順次公開中。またAmazonプライム・ビデオにて連続ドラマ「東京アリス」(数話監督)が好評配信中。『望郷』は2017年9月16日(土)新宿武蔵野館ほか全国拡大上映。

(取材・文:大谷和美)

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