久石譲が彩る魅惑のジブリ映画音楽たち
みなさん、こんにちは。前回の記事で、クリストファー・ノーラン監督×ハンス・ジマーという映画界と映画音楽界における“黄金コンビ”を紹介しました。他にも世界には多くの強力なタッグが存在していますが、では日本に目を転じてみるとどうでしょうか。おそらく多くの人が、宮崎駿監督と久石譲のコンビを挙げるものと思います。
今回の「映画音楽の世界」は、9月29日に「金曜ロードShow!」で『天空の城ラピュタ』が放送されるということで、作曲家・久石譲と宮崎駿監督、或いはスタジオジブリとのタッグ作品を紹介したいと思います。
邦画界最強タッグの誕生
宮崎駿監督と久石譲が初めてタッグを組んだのが、1984年に製作された『風の谷のナウシカ』になります。宮崎監督は79年に『ルパン三世 カリオストロの城』で長編アニメ監督としてデビューしていますが、こちらの音楽はTVシリーズの音楽を手掛けている大野雄二がそのまま参加しているため、「カリオストロの城」は宮崎映画の中で唯一久石の作品ではない映画になっています。また、「ナウシカ」はスタジオジブリ創設前の東宝配給作品であるため、久石にとって厳密には“まだ”ジブリ作品を手掛けたことにはなりません。
さて、「ナウシカ」で最も有名な曲と言えば「ナウシカ・レクイエム」ではないでしょうか。「ラン ランララ ランランラン ラン ランラララン」というハミングが入る劇中歌ですが、このハミングを歌ったのが当時4歳だった久石の娘というのは有名な話。これは本来ボーイ・ソプラノで収録する予定だったものが、仮歌で録音されていた久石の娘の声を気に入った宮崎監督が、そのまま娘の歌で収録することを決めた経緯があります。結果は周知の通り聴けば一発で「ナウシカ」だと連想させる曲に仕上がったので、まさに宮崎監督の慧眼が光った瞬間だと言えます。
「ナウシカ」の成功を受けて、スタジオジブリの立ち上げに参加した宮崎監督が第1回作品として選んだのが『天空の城ラピュタ』です。宮崎監督とプロデューサーの高畑勲、久石の3人で綿密な打ち合わせが行われ、「ナウシカ」よりも映像と音楽がコンマ単位でフィットするように曲作りが行われました。
さらに、久石が作曲、宮崎監督が作詞を手掛け井上あずみが歌唱した主題歌「君をのせて」も映画主題歌の枠を超えてヒットを記録。今も愛される名曲として語り継がれています。
宮崎監督・久石・井上のトリオは続く『となりのトトロ』でも主題歌でチームを組んでおり、キャッチャーなメロディを用いた「さんぽ」など子どもから大人まで愛される名曲に仕上がっています。また宮崎監督×久石の劇伴群の中でも最も耳に馴染みやすいフレーズが、オーケストラと電子楽器を巧みに采配して生み出されており、この辺りの功績はミニマルミュージックというジャンルを突き進んできた久石の現代音楽家としての裁量が存分に発揮されたところが大きいと思います。
「ナウシカ」「ラピュタ」ときて「トトロ」に至るという振り幅の広さを見せながら、その後も久石は『魔女の宅急便』『紅の豚』でも明瞭なメロディラインとリズムを展開。邦画作品でありながら異国感を出しつつ、魔法使いの青春や空を駆るヒーローの高揚感を見事音楽面での演出で表現していました。
『もののけ姫』という到達点
そんな宮崎監督と久石の繋がりの中で、最も大きな変化をもたらした作品が『もののけ姫』ではないでしょうか。日本が舞台であることからこれまでのようなエスニックな情感はないにせよ、それでも電子楽器の使用を極限まで抑えてオーケストラ曲に振り切り、なおかつ久石特有のキャッチーさも切り詰めて映像に則した音楽になっているように聴こえます。宮崎監督、久石にとっても「今まで積み上げてきたものをリセットする」ような感覚に近く、ある種の賭けでもあったように思えます。それでも久石の音楽はしっかりと「宮崎監督作品」としてフィットして、「映画音楽の表現」としても次のステージに押し上げていることが分かります。
そして 今も日本歴代最高興収を誇る『千と千尋の神隠し』では、『もののけ姫』で拡張してみせたオーケストラサウンドにこれまでのエスニック要素を混ぜ合わせた音楽を生み出し、それを1つの完成形にしながら『ハウルの動く城』『崖の上のポニョ』を経て、そして最強タッグは『風立ちぬ』へとたどり着きました。
宮崎駿監督の(当時の)引退作品という触れ込みで制作された『風立ちぬ』で、久石は敢えて音の厚みを減らした上で楽曲制作に挑んでいます。映画製作者として大空に夢を託すという意味では『紅の豚』に通じる部分もありますが、ヒロイックなテーマ性は排除して、あくまでも堀越二郎の視点に立った上でのアプローチになっていました。それはロシアの民族楽器をフィーチャーした楽曲やイタリアの風景を思わせるメロディーラインからもはっきりしていて、作品が持つそこはかとない“寂しさ”のようなものがにじみ出ていたと思います。もしかすると、表舞台から去ろうとしていた宮崎駿というアニメ映画監督の背中に捧げる想いもあったのかも知れません。
高畑勲との共同作業
『風立ちぬ』が公開された2013年、久石はジブリ作品をもう1本手掛けています。それが、高畑勲監督との初めてのタッグ作品となった『かぐや姫の物語』。これまで宮崎監督と久石の名コンビぶりをそばで見ていた高畑監督は、敢えて久石を自身の作品に雇うことはしなかったといいます。それでも今回ばかりは両者にとって念願となった初タッグで、いきなり最高のコンビネーションを見せてくれています。それは観客の度肝を抜くことになった、「天人の音楽」。
それまでは久石らしい美しいオーケストラメインだった音楽が、天人の降臨という劇中で最も重要な転換点でまさかの“サンバ調”の音楽をあててきたのです。これはもともと高畑監督のアイデアだったらしく、観客にとっては人類が全く歯が立たない中、かぐや姫が天人の元へと帰らざるをえない悲劇的なシーンでありながら、天人たちはというと何の苦悩も雑念もなく能天気な音楽でやって来るはずだ、という考えからサンバを連想したといいます。
そのアイデアに驚かされながらも、久石は打楽器や弦楽器を揃えた軽快なリズムの「天人の音楽」を制作したのです。映画を見ていれば選曲ミスだと言われかねないパートですが、むしろそれ以外に正解がないというほど見事な采配となったのです。
まとめ
目下、宮崎監督は引退宣言を撤回して新作公開に向けた作品作りに取り掛かっているとのこと。詳細が伏せられたままなので、久石との再タッグとなるかは未だはっきりとはしていない状況ですが、最新作でも久石の音楽が映画を彩ることを期待していましょう。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
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(文:葦見川和哉)
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