『すばらしき映画音楽たち』は映画音楽が好きなら必見の傑作ドキュメンタリー
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荒野に設置された1台のピアノ。ピアノからは鉄線が伸び、広大な空間を通して鉄線に乗った旋律がその先の収録スタジオへと届きます。『スクリーム』や『ウルヴァリン:SAMURAI』などで知られる作曲家マルコ・ベルトラミがある映画の劇伴用に特別に配置したというピアノから放たれた“音”は、密室空間で奏でられるものとは異なる“響き”を生み出します。
そんなオープニングシークエンスから始まるドキュメンタリー映画、『すばらしき映画音楽たち』。そのタイトルのとおり、映画には欠かせない要素の一つである「映画音楽」を取りあげ、各時代に映画を彩ってきたメロディーや成り立ちから歴史を丁寧に紹介していきます。おそらく、これほどまで映画音楽というジャンルを突き詰めたドキュメンタリー映画は初と言っても過言ではないのではないでしょうか。
そこで今回の「映画音楽の世界」では、マット・シュレーダー監督の『すばらしき映画音楽たち』を紹介したいと思います。
映画音楽の歴史と作曲家が抱える苦悩
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本作では『キング・コング』(1933)を皮切りにして「映画音楽の歴史」を紐解いていきますが、そんな映画音楽史を現役の作曲家が振り返っていくのが大きな特徴です。そのため本作は既成事実を教科書的に延々と紹介していくのではなく、その歴史の中でどういった作品(楽曲)が観客に影響を与えたか、作曲家自身がどういった影響を受けたかをリアルに示していきます。
本作ではそんな“道標役”に多くの作曲家が登場しており、インタビューやコメンタリーにはジョン・ウィリアムズ、ハンス・ジマー、ダニー・エルフマンといった大ベテラン勢からブライアン・タイラー、ジャンキーXL、ヘイター・ペレイラら注目の人気作曲家が歴史を振り返り、自作を解説していきます。
本作を三幕構成で表現するなら、マックス・スタイナーによる『キング・コング』からの映画音楽黎明期、『スターウォーズ』(1977)などジョン・ウィリアムズの活躍、ハンス・ジマー以降の変革期を要所にして展開。そうすることで、バンドスタイルやオーケストラ、電子音楽の導入など映画音楽が時代に合わせて取り込んできた音楽のジャンル性がしっかりと明示されていくので、改めて紹介作品を振り返ったときにその当時の音楽のトレンドが手に取るように分かるようになっています。
映画音楽の歴史を振り返りながら、現代映画パートでは作曲家たちのリアルな苦悩も浮き彫りに。何億ドルという製作費が掛けられる作品を担当することへのプレッシャーは、ハンス・ジマーですらも依頼を投げ出したくなると赤裸々に語っているほど。
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またタイトな納期も多くの作曲家にとって高いハードルであり、『アルマゲドン』を担当したトレヴァー・ラビンもプロデューサーのジェリー・ブラッカイマーから手渡された“ある物”について笑い話を披露していますが、当時のラビンにとっては相当の重圧だったのではないでしょうか。
映画完成後、そのプレッシャーから解放されたはずの作曲家の行動も取り上げており、『アベンジャーズ エイジ・オブ・ウルトロン』を担当したブライアン・タイラーが上映劇場で取った行動も、一見すると面白いものですが裏を返せば自身の仕事に対する責任感を最後の最後まで持ち続けている姿勢にも見えます。
「耳で聴く」映画音楽を、「目で見る」映画音楽に
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本作の見どころは多く(全編が見どころというくらい)、レコーディング風景が見られるのも貴重なシーンではありますが、前述のベルトラミのように試行錯誤で楽曲が形作られていく瞬間が垣間見えるのも見逃せません。
例えば叩き付けるドラムの音が観客の鼓動を司っていた『マッド・マックス 怒りのデス・ロード』でジャンキーXLがいかにしてドラミングを作り出しているのか解説したり、ギタリストでもあるペレイラが『ミニオンズ』の音楽のためにさまざまな楽器を用意していくのも、音楽の“核”に触れる瞬間にほかなりません。
ほかにも、ピアノを前にして『E.T.』の音楽について語るジョン・ウィリアムズとスティーヴン・スピルバーグ監督のインタビューや、ハワード・ショアの『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズでのテーマフレーズが、いかにして観客の耳に届けられているのか分かりやすく説明されているなど、さまざまなアプローチで「映画音楽」を解題していきます。
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多角的に映画音楽へと迫っていきますが、それでもすべてに共通しているのは、これまで耳で聴いていた映画音楽を、目で見る映画音楽として観客に届けようという監督や作曲家の意志が込められていることです。シュレーダー監督は本作の制作に専念するためにアメリカ大手の放送局CBSを辞め、ジマーとミーティングを設けながら企画を進めたといい、そういった熱意がありありと作品を通して伝わってきます。
これまで映画音楽とはあくまで「映画の一部」であり、当たり前のように“そこにありすぎて”、その存在について単体として捉えられる機会というのは少なかったと思います。繰り返しになりますが本作はそんな映像の裏に隠れつつも縁の下の力持ちを表舞台に引っ張り上げることで、「このメロディー聴いたことある!」と耳で楽しめると同時に、いかにしてそういった音楽が誕生していくのか、映画音楽を目で楽しむことができる画期的なドキュメンタリー映画になっているのです。
まとめ
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『すばらしき映画音楽たち』は新宿シネマカリテの「カリコレ2017 カリテ・ファンタスティック! シネマコレクション2017」での上映を皮切りに、国内で次々と順次ロードショーされています。現在はカリコレで毎回満席となった盛況ぶりを受けて、東京でもシアター・イメージフォーラムで凱旋上映が行われています。もしもお近くの劇場で公開されるようなら、人気作曲家が観客の感情へと訴えかける声ならぬ音楽を生み出していく瞬間を、ぜひ劇場で堪能してください。
なお、エンドクレジットが始まっても席はお立ちにならないよう。最後に登場する人物は映画界に多大な功績を遺した名作曲家であり、彼とのエピソードを明かしたジェームズ・キャメロン監督のインタビューには涙を誘われるはずです。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
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(文:葦見川和哉)
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