傑作『祈りの幕が下りる時』は女優だけじゃない!実は小日向文世の男気に泣く映画!
(C)2018 映画「祈りの幕が下りる時」製作委員会
東野圭吾の人気ミステリー小説「新参者」シリーズの映像化最新作、それがこの映画『祈りの幕が下りる時』だ。
連日の宣伝効果で、すっかり主題歌が頭の中に残ってしまった方も多いのでは?
今回はこの話題作を、公開二日目の最終回で鑑賞して来た。残念ながらテレビシリーズや原作小説、劇場版の前作『麒麟の翼』も未見の自分だが、果たしてこの完全アウェイ=「新参者」な状態で本作を楽しめるのか?また、その出来は果たしてどうだったのか?
ストーリー
東京都葛飾区小菅のアパートで、一人の女性の絞殺死体が発見された。被害者の身元は、滋賀県在住の押谷道子。殺害現場となったアパートの住人・越川睦夫も行方不明になっていた。
やがて捜査線上に浮かびあがる美しき舞台演出家・浅居博美(松嶋菜々子)。しかし彼女には確かなアリバイがあり、捜査は進展しない。
松宮脩平(溝端淳平)は捜査を進めるうち、現場の遺留品であるカレンダーに日本橋を囲む12の橋の名が書き込まれていることを発見する。
その事実を知った加賀恭一郎(阿部寛)は激しく動揺する。
それは失踪した加賀の母に繋がっていた——。
加賀恭一郎“最大の謎”がついに明らかに。(公式サイトより)
予告編
今回、全くの予備知識無しに鑑賞に臨んだ理由と、その結果は?
実は予告編を何回も見るうちに、「これは非常に丁寧な作りの映画に違いない」との印象から鑑賞に望んだ本作。
テレビも未見、原作も未読の「リアル新参者」の自分にさえ、劇場に足を運ばせる程の魅力なのだから、今まで応援して来たファンの方々の期待値は相当高いに違いない。
ところが後述する様に、本作の序盤に用意された「ある気配り」のお陰で、予備知識無しでも充分作品世界に入り込むことが出来た本作。
登場人物たちの最愛の者への思いやり・優しさが生み出す悲劇は、正に観客の心を鷲掴みにするもの。そのため鑑賞前の不安は全くの杞憂に終わり、「見に来て良かった!」との思いで劇場を後にすることが出来た。
もちろん、主人公の父親との対立や脇役の設定・背景など、自分に予備知識があれば更に深く楽しめた筈なのだが、それでもこの完結編だけで十分楽しめるし、宣伝文句の通り大いに泣ける作品となっている本作。
大体、シリーズ完結編・最終章と銘打つからには、やはりそれまでの過去作を追いかけて来たファンに向けての内容となるのが普通。そのため要求される予備知識のハードルも上がることになり、シリーズ未見の「いちげんさん」には敷居が高くなってしまうことに・・・。
ところが本作は「ある手法」によって、タイトル登場前の段階で自分の様な初心者をも作品世界に引き込むことに成功しているのだ!では、果たしてその手法とは?
(C)2018 映画「祈りの幕が下りる時」製作委員会
初心者でも安心して作品に入り込める、親切設計の導入部に感謝!
実はその手法は、映画のOPからタイトルが出るまでの導入部にある。
映画の冒頭では、後の悲劇のきっかけとなる事件の背景や捜査状況が描かれるのだが、ここで効果を発揮するのが、「字幕スーパー」による説明!犯行場所や人物の名前、捜査の進展状況などが、字幕による説明を交えてテンポ良く描かれて行くのだが、実は観客が「あれ?」と思い出すのはここから。
何と、この字幕が単なる情報提供ツールとしての役割を越えて、ナレーションの役割まで果たし、最終的に捜査する刑事の心境まで説明することに!
「さすがにこれは、字幕の使い過ぎでは?」と観客が不安に思った頃に現れる、「祈りの幕が下りる時」のタイトル。これ以降本編に突入すると、ちゃんと字幕での説明は無くなるのでご安心を!
思えば『HiGH&LOW』劇場版など、本編の冒頭に今までのダイジェストを付けてくれる作品はあったが、本作の様に作品世界と事件のきっかけを初心者にも分かりやすくするために、敢えて一線を越えかねない字幕の使い方を選んだ、その勇気と発想は高く評価したい。
只でさえ人間関係が複雑で情報量が多く、上映時間も長くなりがちなミステリー小説の映画化作品を、より短時間で観客に理解させる裏技として、今後こうした手法が流行るのでは?そんな気がしたと言っておこう。
(C)2018 映画「祈りの幕が下りる時」製作委員会
異分野からの出演者起用は今回も大成功!意外な好演を見せる芸人の方も。
ネットでも絶賛のレビューが非常に多い本作が、これだけ多くの観客の心を引きつける理由とは?
例えば、福澤克雄監督の観客の生理を見事に掴んだ演出や、エンディングで流れるJUJUの歌う「東京」の素晴らしさなど、色々挙げることは出来るのだが、何といってもその魅力は出演キャスト陣の演技の素晴らしさにある。
ただ、今回ネット上で目立っていたのが、捜査本部のメインキャストとして登場する、春風亭昇太師匠への厳しい意見。
思えば過去に放送されたTBSの日曜ドラマでは、いわゆる「俳優」以外の分野から積極的にキャスティング起用を行うことで、新たな才能の発掘や意外な組み合わせによる化学反応とも言える効果を引き出して来た。
中でも、池井戸潤原作の一連のドラマで強烈な印象を残した落語家の立川談春は、今や役者として時代劇などにも出演するほどの人気者!
少なくとも本作単体で見た場合、春風亭昇太の起用は堅い雰囲気になりがちな捜査本部のシーンをいい感じで和らげていて、実に正しい起用だったと思う。確かに目立つ役であり、コメディリリーフ的要素が強いので、ミステリー要素重視の方には好き嫌いがあるかも知れないが、関西弁でテンション高く喋る上杉祥三(懐かしい!)と並ぶと、更にその作品への貢献度が判って頂ける筈だ。
実はこの他にも、本作への演芸・お笑い界からの出演者は多いのだが、中でも素晴らしい演技を見せているのが、漫才コンビ「チキチキ・ジョニー」の石原祐美子だ。キムラ緑子扮する、浅居博美(松嶋菜々子)の母親が入所する老人介護施設の職員を、石原祐美子は実に自然に演じており、お笑いに興味の無い方が見たら絶対に本職の女優さんだと想う程!テレビドラマの映画化作品や、こうした異分野からのキャスティングに関しては色々と意見や偏見もある様だが、是非こうした規正の俳優にとらわれない自由な発想のキャスティングで、今後も日本映画界に風穴を空けて頂きたいと思う。
(C)2018 映画「祈りの幕が下りる時」製作委員会
女優陣の演技が見どころと思わせて、実は父親の想いを描く映画だった!
「陸王」や「下町ロケット」、そしてあの「半沢直樹」を演出した福澤克雄監督の観客の心を掴む演出は、劇場用映画2作目にも関わらず、既に抜群の安定感で観客を作品世界に浸らせてくれる。
今回の素晴らしい脚本と演出を受けて、本作のキャスト陣の演技にも作品に賭ける熱意が込められている様に感じた。
公開前の宣伝活動で、朝のラジオにゲスト出演していた溝端純平の話では、本作では敢えて主人公に敬語を使わないキャラ設定にした、とのことだった。主人公である加賀恭一郎の従弟で刑事の松宮脩平を演じた彼が、劇場版の最終作ということで二人の関係性をより密なものにしたい、との想いからの変更だそうだが、確かに今回の方が逆に二人の仲の良さや信頼関係が見えて良かったと思う。
更に、本作で重要な役柄を演じる二人の女優たち。舞台演出家の浅居博美を演じる松嶋菜々子や、加賀恭一郎(阿部寛)の失踪した母親を演じる伊藤蘭はもちろん、脇役で登場する烏丸せつこや中島ひろ子など、本作の女優陣は全て印象に残る素晴らしい演技を見せてくれる。
そのため、どうしても女優陣の存在が前面に出ている様な印象を受けてしまうのだが、ちょっと待った!
実は本作で重要なのは加賀と博美、二人の父親の存在なのだ。
加賀の父親を演じる山崎努の、厳格で不器用な故の愛情の示し方も、短い出番ながら「さすが!」と思わせるのだが、何と言っても本作の見どころは、浅居博美の父親を見事に演じた小日向文世の名演技に尽きる。
一見頼りなさそうだが、実は芯の通った意思の強い父親像を見事に演じており、その年齢の移り変わりによる外見の変化も見事だが、14歳という多感な時期の娘に慕われる父親像が、違和感無く観客に受け入れられるのはさすが!
一歩間違うと、単に情けない父親に対する娘の同情と見えてしまう所を、娘への確かな愛情と誠実な人柄を見事に表現することで、この親子の絆の深さ故の行動が悲劇を呼ぶ展開が、より観客の心を揺さぶる!
そう、これこそ正に「小日向マジック」なのだ!
特に深く印象に残ったのが、あるシーンでのトンネルの中を走り去る小日向文世の後ろ姿!正直言って普段運動などしていない中年男が駆けて行くのだから、足腰はグラグラして見事に足下も定まっていない。だが、あまりに重い決意と娘への深すぎる愛を背負ったその背中にこそ、観客は真の男のカッコ良さを見るのだ!
実は、映画鑑賞後に改めて原作小説を読んだのだが、原作にあった浅居博美の両親のエピソードが映画ではカットされているため、博美の母親が何故家の金を持って失踪するに至ったか?が描かれていないのが残念!この部分が描かれていれば、娘と二人残されたこの父親の心情が観客に更に理解出来て、後の悲劇性が更に高まったのでは?そう思えてならなかった。
娘への深い愛情のためとはいえ、あまりに過酷な仕事と孤独な生活を選んだ父。その仕事により次第に健康を害し弱って行くその姿を見事に演じきった小日向文世こそ、紛れも無い本作の陰の主役なのだ!
本作の素晴らしい演技で、小日向文世が映画賞の助演男優賞にノミネートされることを願ってやまない。
(C)2018 映画「祈りの幕が下りる時」製作委員会
最後に
東京という大都会の中心にありながら、古き良き江戸の町・下町情緒を色濃く残す日本橋の町並み。
地域の住民との触れ合いの中で、この街にすっかり溶け込んでいた主人公・加賀恭一郎だが、本作でついに自身の本来の目的を果たすことになる。
シリーズの最後を飾る作品として、見事な決着がついた本作の結末。個人的な理由からずっとこの街に留まり続けていた彼が、その目的を果たしてからどう行動するのか?
興味が尽きないところだが、個人的にはとてもこれで終了とは思えずにいるのも事実。
あれだけ周囲の人々と顔なじみになり、ウマい蕎麦屋や人形焼き屋など行きつけの店があるのだから、きっと加賀は帰って来る筈!
全く予備知識の無い方も安心して観て泣ける本作、オススメです!
■このライターの記事をもっと読みたい方は、こちら
(文:滝口アキラ)
無料メールマガジン会員に登録すると、
続きをお読みいただけます。
無料のメールマガジン会員に登録すると、
すべての記事が制限なく閲覧でき、記事の保存機能などがご利用いただけます。