『グレイテスト・ショーマン』サントラ全曲徹底解説! ミュージカルナンバーに込められた想い


歌姫がもたらすバーナムと周囲の心情の変化


バーナムの“サーカス”に役者が揃ったところで、本作は次の展開に踏み込むことになる。イギリスで出会った歌姫ジェニー・リンドの登場は本作の転換点であり、彼女が歌う(演じているのはレベッカ・ファーガソンだが歌唱はローレン・オールレッドによる吹き替え)壮大なバラード「NEVER ENOUGH」は本作で観るものの感情を揺さぶる一曲になっている。同曲はこれまでの曲調から一転して、美しいオーケストラの旋律が寄り添う。


ここで主旋律を先導するのはもちろんオールレッドの力強いボーカルだが、同時に楽器隊で唯一ステージ上での演奏となったピアノも独自に旋律を引っ張っている。主旋律はもちろんリンドの感情の高鳴りを表しているが、それに寄り添いつつも同時に別のメロディが顔を覗かせるのは深読みするとバーナムの存在を表しているようにも思える。リンドのソロ曲でありながら、歌詞は「I(わたし)」が「YOU(あなた)」に「NEVER ENOUGH(足りないわ)」と語りかける内容になっており、リンドが舞台袖のバーナムを見つめることからも同曲がバーナムに宛てたメッセージとして受け取れる。

劇中バーナムはリンドに帯同することになり、彼女を舞台袖から見守るカットが幾度となく映し出されるが、もしも「あなた」がリンドが「手に入れたい」と願うバーナムのことを指し、同曲の2つのメロディがリンドとバーナムを表しているのなら本当に手の込んだ楽曲だと言える。なぜなら、本編を既にご覧になっていると分かりやすいが、物語が進行して同曲が最後に歌われる場面(サウンドトラック版だと10曲目の「NEVER ENOUGH」[REPRISE])では、歌詞から「あなた」が消えるだけでなく、リンドの歌唱中ステージにピアノは配置されておらずほとんどメロディを奏でていないのだ。これが計算づくだったとしたら、同曲は音楽だけでリンドとバーナムの間で起きた感情・関係性の変化を表したことになる。


曲順が前後したが、バーナムがリンドに傾倒しサーカスの面々を蔑ろにしてしまったために、改めて現実を突きつけられたレティたちメンバーが奮起。その心情をパフォーマンスに込めたのが本作の主題歌にもなっている「THIS IS ME」だ。


憂いを帯びたピアノ(この音色にもどこかバーナムの存在を感じるところがある)をバックに、レティを演じるキアラ・セトルが静かにしかし力強く歌い始める冒頭から、スネアドラムがレティを鼓舞するようにビートを刻みアンサンブルメンバーがコーラスに加わってくる構成の巧さ。それはやがて圧巻のダンスパフォーマンスへと昇華されていく。

「THIS IS ME=これが私」という自己肯定と、仲間という家族とサーカスという自分の居場所を見つけたレティの魂のシャウトは、セトル本人の感情も交じり合いながら神懸かったパワーから導き出されたもの。ゴールデン・グローブ賞主題歌賞を獲得するといった評価も頷ける名曲中の名曲ではないだろうか。製作のゴーサインが出ていないワークショップの段階で、セトルが自分の殻を破りながら熱唱するようすも公開されているので、そちらも合わせて観るとセトルや制作チームがどれだけ「THIS IS ME」にその思いを託してきたのかが一層理解できるはず。つまりこの場面こそ現代に向けた作品の「メッセージ性」が際立つところで、バーナムがショービジネスに先見の目を向けていたように、「今の自分の、さらにその先にあるもの」へと踏み出す背中を押してくれるような力強さが、本作から、そして同曲から漲ってきているのではないだろうか。



(C)2017 Twentieth Century Fox Film Corporation



揺れる思い


そして本作の中で最もポップス性を意識して作られた楽曲が、エフロンとゼンデイヤが歌う「REWRITE THE STARS」ではないだろうか。


フィリップとゼンデイヤが演じるパフォーマー・アンの人種の壁を越えた求愛を綴った同曲は、同時にアンが受ける差別への苦悩も浮き彫りにされている。何より、その差別がフィリップに最も近い人間から放たれていることを考えると、アンの苦しみは計り知れない。苦難の道を受け入れて進もうとするフィリップと、その気持ちに本当は応えたいアンの心情が乗せられたデュエットソングはまさに星空のような輝きを放っているが、アンが立ち止まってしまう姿も「IT FEELS IMPOSSIBLE(無理だと思うわ)」といいった歌詞に反映されている。

若き男女を投影したかのような先鋭的なサウンドに乗せたフィリップとアンのテーマソングは、2人の華麗なロープパフォーマンスもあって一際美しさが目立つ。だからこそアンが立ち止まってしまう姿が、「差別」という拭い去れない理不尽さを改めて観客の胸に問いかけることになる。「THIS IS ME」と同じ“決意の歌”でありながら、立ち上がった者と立ち止まってしまった者の、対になった関係性をこの2曲は示す形になった。



(C)2017 Twentieth Century Fox Film Corporation



そしてアンと同じように、ひとり苦悩を抱えるのがバーナムの妻・チャリティだ。バーナムが成功と名声を手に入れれば入れていくほど夫を遠くに感じてしまう妻の悲哀を、演じるミシェル・ウィリアムズが「TIGHTROPE」という楽曲で切々と歌い上げた。


純粋に「幸せであること」を望み続けたチャリティにとって、夫が徐々に遠い存在になってしまう寂しさを表現した同曲は「NEVER ENOUGH」や「THIS IS ME」、「REWRITE THE STARS」とはまた別の趣がある。それはチャリティの、夫を愛しながら不安でたまらない心の叫びがあえて明朗なメロディとテンポで紡がれていく。

ウィリアムズが落ち着いた雰囲気を出せば出すほど、その歌声はチャリティの苦悩を内包した響きを丁寧に表現。手にいっぱいの幸せを手にしながらも、指の隙間からこぼれる砂のようにその幸せが抜け落ちていく焦りがしっかりと歌詞にも現れている。同曲は序盤の「A MILLION DREAMS」と対にして捉えると、尚のことバーナムの人間性と彼を支えるチャリティの胸の内が垣間見えるかもしれない。

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