『ビッグ・シック』シカゴにモントリオール、登場する地名が持つ重要な意味とは?
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全米公開時はたった5館でのスタートだったが、その後予想外の大ヒットを記録した話題の映画『ビッグ・シック/ぼくたちの大いなる目ざめ』が、遂に日本でも2月23日から全国ロードショー公開された。
公開規模は小さいながら都内のシネコンでも上映されている本作を、今回は公開三日目午後の回で鑑賞して来た。場所が新宿TOHOシネマズということもあってか、場内はほぼ満員の盛況ぶり。シニア層の男性から十代の女性まで、幅広い観客層からは、本作への関心の高さが伺えたのだが、果たしてその出来はどうだったのか?
ストーリー
パキスタンで生まれシカゴに移住したコメディアンのクメイル(クメイル・ナンジアニ)は、アメリカ人大学院生のエミリー(ゾーイ・カザン)と付き合っている。ある日、外国人との結婚を認めない厳格な母親に言われるまま、見合いをしていたことがエミリーにバレて、2人は破局を迎える。ところが数日後、エミリーは原因不明の病で昏睡状態に。病院へ駆けつけたクメイルは、エミリーの両親であるテリーとベス(ホリー・ハンター)に出会う。最初はクメイルへの敵意をあらわにしていたベスだが、気分転換に訪れたコメディクラブで、クメイルに人種差別的なヤジを飛ばす観客にベスが抗議したことから、3人は心を通わせ始める。果たして、エミリーは目覚めるのか? その時、2人の未来の行方は?
予告編
予想外の大ヒット、成功のキーワードは共感と拡散!
たった5館での上映から、何と2600館まで上映館を増やしての大ヒットを記録した本作!それだけに、公開前から映画ファンの間でも期待値は非常に高かったようだ。ただ、タイトルからは内容が想像しにくかったためか、ネットのレビューや感想にも、「意外と地味」「想像と違った」などの声が散見出来たのが印象的だった。
実は自分も鑑賞前は、同傾向の作品で過去にヒットした『ビッグ・ファット・ウェディング』の男性版かと思っていたのだが、本作は実話を元にしているだけに、よりリアルで多くの観客が共感出来るエピソードや描写が多く、アメリカでの大ヒットも納得の面白さだと感じた。
では、この有名俳優不在の低予算映画が、広大なアメリカでここまで公開規模を拡大した要因は、いったいどこにあったのだろうか?
本作が大ヒットした要因の一つ、それは、映画を見ている内に主演の二人を観客が大好きになる!この一点によるところが大きい。それはまるで、観ている我々もこの二人の人生に実際に付き合わされている様な気持ちになるため。そう、つまり「共感」がやがて「応援」に変わるからなのだ。
最初はどこか頼りなさそうで、優柔不断に見えたクメイルの男としての成長ぶりはもちろんだが、何といってもエミリーを演じるゾーイ・カザンの魅力!めまぐるしく変わるその表情に、映画が終わる頃には観客もすっかり彼女のファンになってしまうことは確実なのだが、特に深夜のトイレ問題での彼女の演技は絶品!こうした等身大のリアルな恋愛描写が、多くの観客の共感を呼ぶ要因となっているのは間違いない。
こうした共感が観客の口コミに繋がり、本作への応援が一気に全米に拡散したという現象は、正にSNS時代ならではのヒット作誕生への新たな法則と言えるだろう。今まで主流だった、「映画会社が宣伝をして、それを受けた観客が劇場に足を運ぶ」という流れではなく、「観客の方が作品の魅力を発見し、それを世界に拡散・認知させてヒットに導く」という最近の現象。
実はそこには、現代の映画宣伝において個人の情報発信やSNSの重要性が無視できないという現実が反映されている。実際日本でも、最近は劇場での舞台挨拶やイベントの写真撮影がOKになっている場合が多く、そのまま観客にリアルタイムで情報を拡散・宣伝してもらえるメリットの方を重要視する方向に変化してきているほどだ。
正に我々観客がその魅力を発掘し、自分たちの手でヒットに導いたと言えるこの『ビッグ・シック/ぼくたちの大いなる目ざめ』。この愛すべき良作を埋もれさせたくない、観客にそう思わせる本作の魅力は、是非劇場でご確認を!
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泣けるラブストーリーである本作には、明日使える恋愛テクが満載!
実は、本作のストーリーは主人公二人の実話を元にしている。それだけに、二人のセリフや距離の縮まり方が実にリアルで共感出来る点も、本作の魅力の一つと言えるだろう。しかも本作には、婚活や恋活のお手本としてすぐに使えそうな有効テクニックが満載なのだ!
例えば、別れ際にメールではなく、敢えて電話でのアプローチで彼女の部屋に招かれやすくする方法や、初対面の女性の名前を自分の国の言葉で書いてみせるという、クメイルのお決まりのテクニックは、男性としてはちょっと真似してみたくなるのでは?
更に本作で特に注目したいのは、クメイルのお見合い相手であるパキスタン女性たちの、良い出会いを掴もうとするその積極性だ。
クメイルのお気に入りのドラマ「Xファイル」への予習も欠かさない彼女たちの、出会いに賭けるその前向きな姿勢!女性の方から男性に自分のお見合い写真を渡したり、別れ際に女性の方から次のデートへのアプローチをするなど、国民性の違いはあるがその攻めの姿勢と戦略は貴女にとって大いに参考になるかも?
こうした男女の出会いのテクニックに加えて、実は結婚というゴールへの高いハードルをいかにして越えるか?についても、様々な助言を与えてくれる本作。
良くある難病物映画の様に、エミリーを看病するクメイルの描写で泣かせようとはせず、クメイルがエミリーの両親と共に看病をすることで、二人がいかに娘を愛しているかを理解し、今までどうしても逆らえなかった自身の両親に対しての、自立心が芽生えてくる展開は実に見事!そう、実は本作はクメイルがいかにして家族の一員として認められるか?の物語でもあるのだ。
衝突を恐れるあまり、クメイルが今まで避けて来た両親との本音の対話が、果たしてラストにどう反映されるか?人種や国境を越えて展開する家族愛と絆の物語は、我々日本人観客にも間違いなく共感出来るものなので、安心して劇場に足を運んで頂ければと思う。
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シカゴにモントリオール。実は登場する地名は、コメディの聖地!
本作には、主人公のクメイルが出演するシカゴのコメディクラブに、有名プロデューサーが新たな才能の発掘に来ていて、見込みのあるコメディアンにはモントリオールでの出演への挑戦権が与えられるという描写がある。
残念ながら作品中では詳しい説明が一切無いのだが、恐らくこれは毎年7月にカナダのケベック州モントリオールで開催される、コメディ・フェスティバル「Just for Laughs」への出演権のことだろう。日本で言えばM−1の本戦やフジロックへの出演がかかっている!それぐらいのステイタスだと言えば、日本人にも実感が湧くのではないだろうか。
何でカナダのモントリオールなの?そう疑問に思われる方が多いと思うが、実はシカゴとカナダはアメリカのコメディ界にとっては、非常に重要な拠点なのだ。その理由は、シカゴにあるコメディ劇団「セカンドシティ」がカナダのトロントに支部を作り、この二カ所から多くの有名コメディアンを排出しているから!例えばシカゴのセカンド・シティからは、ジョン・ベルーシやビル・マーレイが。カナダのトロント支部からは、ダン・エイクロイドやマイク・マイヤーズなど、その顔ぶれは正にアメリカのコメディ界で一時代を築いた才能ばかり!
実はジム・キャリーを始め、カナダ出身の有名コメディアンは非常に多く、この点を頭に入れておくと、映画のラストでクメイルが取るある決断も納得がいくと思う。多くの人種が集まる大都市の方が、彼の様なマイノリティのコメディアンには逆に有利だからだ。
ちなみに、OPに出るタイトルの字体やクメイルのキャラクター、それに日本版のサブタイトル『ぼくたちの大きな目ざめ』からは、アメリカの人気長寿コメディードラマ『ビッグバン★セオリー ギークなボクらの恋愛法則』を連想させる本作。機会があれば是非こちらの方も一度ご覧頂くと、本編でクメイルが披露する人種ネタがより楽しめるはずだ。
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最後に
悲しい場面や人生における困難に直面した登場人物たちを救うのが、本作のセリフに込められたユーモアやギャグの数々。
そのセリフのおかしさが、彼らをどれだけ悲しみから救い、その絆を深くしただろうか。そう、本作のもう一つの重要なテーマは笑い。笑いこそ人種間の差別や偏見を無くし、人々の関係性の潤滑油になる、そんなメッセージも本作には込められている。
互いに惹かれ合いながらも深い関係になるのを恐れて、色々と理由を付けては自身の想いを押さえようとする二人の姿。その壁を壊すのは、やはりクメイルの持つユーモアなのだ。
それが一番良く描かれているのが、クメイルがエミリーの両親を自分のライブに招いたシーン。
クメイルに向かって「ISIS」絡みの心ないヤジをぶつけた観客に対して、同じように言葉の暴力で抗議した母親のベスと、笑いで返したクメイル。マイノリティであるクメイルが、大勢の観客の前で言葉一つを武器に立ち向かう姿は、アメリカという多民族国家における笑いの重要性を見事に表現している。
クメイルとベス、二人の行為がもたらした結果を見れば、本作が描こうとする笑いの重要性は明らかだ。
表面上はクメイルとエミリーのラブストーリーに見えて、実はお互いの家族愛と絆を描いている本作。昏睡状態のエミリーの看病をする内に、彼女の育った環境やいかに皆に愛されてるかを知ったクメイルは、今まで自分が避けていた両親との関係に正面から向き合おうとする。その結果親から勘当されるクメイルだが、ここでも彼のユーモアが家族の絆を繋ぎ止めてくれるのだ。
やがては自分達も新しい家族を構成する上で、やはり自身の両親が手本となり支えになると教えてくれるラストには、きっと多くの観客が共感する部分があるはず!
エンドクレジットのお楽しみも含めて、最後の最後まで映画の楽しさが満載の作品なので、全力でオススメします!
(文:滝口アキラ)
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