©2022「すずめの戸締まり」製作委員会
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映画コラム

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2023年02月15日

【第73回ベルリン国際映画祭】『すずめの戸締まり』だけじゃない!映画ライター注目作を徹底紹介

【第73回ベルリン国際映画祭】『すずめの戸締まり』だけじゃない!映画ライター注目作を徹底紹介

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2月16日(木)より開催される第73回ベルリン国際映画祭。先日、コンペティション作品の発表が行われた。日本からは新海誠監督の『すずめの戸締まり』が選出された。日本のアニメーション作品が同部門に選出されたのは『千と千尋の神隠し』以来21年ぶりの快挙となっている。

第73回ベルリン国際映画祭では、フィリップ・ガレル、クリスティアン・ペッツォルト、ホン・サンスなどといった三大映画祭の常連監督作品が立ち並ぶ。一方で、これから国際的に話題になって来るであろう作品、日本では知名度が低いものの注目度が高い監督作品も多数選出されている。

今回は以下の3部門にフォーカスを当て、注目作品について紹介していく。

  • コンペティション部門
  • エンカウンターズ部門
  • フォーラム部門

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コンペティション部門

■Manodrome(ジョン・トレンゴーブ)

ボディビルダーになりたいUberの運転手である男が、自由至上主義を掲げる教団に入信し、おかしくなっていく様子を描いた作品。主演は、ジェシー・アイゼンバーグ。



ジェシー・アイゼンバーグといえば、居場所のないヘナチョコ男が胡散臭い空手道場に通う『恐怖のセンセイ』、環境テロリストとしてダム爆破を行うものの精神的に蝕まれていく様子を描いた『ナイト・スリーパーズ ダム爆破計画』などと、イキりながら心の闇に飲み込まれていく役を演じることが多い。

そんな彼が『ファイト・クラブ』を思わせる作品に出演する。俳優賞受賞の期待が高まる作品だ。

■BlackBerry(マット・ジョンソン)

キーボード付き携帯電話として知られているBlackBerry。一時期、市場シェアの40%を占めていたものの、AppleがiPhoneを発表したことにより衰退していった。そんなBlackBerryの栄枯盛衰を描いた作品がお披露目となる。



監督はカナダ版『桐島、部活やめるってよ』こと『The Dirties』を制作したマット・ジョンソン。学校の隅の部室で、ニヤニヤ笑いながら『バック・トゥ・ザ・フューチャー』や『ゾンビ』等のオマージュを取り入れながら映像編集していく学生をドキュメンタリータッチで描いている。

この映画を踏まえると、『BlackBerry』は沈没していく会社のヒリヒリとした人間模様をリアルに捉えた作品となっていると思われる。

■The Survival of Kindness(ロルフ・デ・ヒーア)

35年間、母親に監禁されてきた男がヒョこんなことから外の世界に出て、アングラバンドのヴォーカルへと上り詰めていく作品『アブノーマル』。日本ではVHS時代の知る人ぞ知るゲテモノ映画として知られている。しかし、監督であるロルフ・デ・ヒーアの別作品を観ると、全く異なる質感を持っているに気付かされる。

例えば『クワイエット・ルーム』では、子ども目線から倦怠期の夫婦を捉えている。カラフルで可愛らしい部屋の中で家族の翳りを滲ませる演出が特徴的な作品だ。近年ではオーストラリア先住民をテーマにした作品を多数制作している。

オーストラリア、アーネム・ランドを舞台に、部族同士の軋轢を3つの時代、白黒/カラー切り替えながら描いた『十艘のカヌー』はカンヌ国際映画祭ある視点部門特別審査員賞を受賞した。



今回は、サバイバルものとのこと。砂漠の檻に放置された黒人女性が疫病と迫害から逃げるように、都市へと流れ着く話。『Charlie’s Country』で都市化するオーストラリアの中で文化を失っていく先住民の痛みを描いた経緯を踏まえると、コロナ禍により変容していく先住民の生活を抽象化した作品と推察することができる。

監督賞、芸術貢献賞受賞への期待が高まる一本であろう。

■The Shadowless Tower(チャン・リュル)



2022年末に『柳川』『福岡』『群山』が日本公開され話題となったチャン・リュル監督。彼の新作『The Shadowless Tower』がコンペティションに選出された。実はチャン・リュル監督はベルリン国際映画祭の常連監督である。

  • 『風と砂の女』第57回ベルリン国際映画祭コンペティション選出(2007)
  • 『豆満江』第60回ベルリン国際映画祭Generation 14plusスペシャル・メンション受賞(2010)
  • 『福岡』第69回ベルリン国際映画祭フォーラム選出(2019)


福岡の柳川に中国人の兄弟がやってくる『柳川』では、人っ気が少ない死の香りすら感じる空間の中で言語を超えた親密な対話が紡がれていた。土地の空気感が、人の本音を引き出す様を描くのが得意な監督とみた。

近年、ホン・サンスや濱口竜介といったアジアの会話劇監督が国際的に注目を集めているため、本作は賞レースのどこかに絡んでくるであろう。

エンカウンターズ部門

エンカウンターズ部門とは、2020年に設立された新しい映画的ヴィジョンを追求する作品を選出した部門である。

過去には、三宅唱監督作『ケイコ 目を澄ませて』、第13回マイ・フレンチ・フィルム・フェスティバルにてレンタル配信されていた『私たち』、京都を舞台にした8時間に及ぶ映画『仕事と日(塩尻たよこと塩谷の谷間で)』などが選出されている。

■Here(Bas Devos) 

マグレブ出身のお掃除おばちゃんが終電を寝過ごして、歩いて帰る羽目になる『Ghost Tropic』を撮ったBas Devos最新作。今回は、ブリュッセルから帰国しようとするルーマニア建設労働者の物語となっており、前作に続き移民労働者へフォーカスを当てている。

ルーマニアといえば、昨年の東京国際映画祭で上映された『R.M.N.』で、流入/流出する労働者との軋轢が描かれていた。ベルギーからルーマニアの出稼ぎ労働者はどのように映るのか気になるものがある。

■Orlando, My Political Biography(パウル・B・プレシアド)

昨年、ノーベル文学賞を受賞したアニー・エルノー(『あのこと』の原作者)が、スーパー8mmフィルムで撮った映像を再構成した初監督作品『The Super 8 Years』を発表した。このように、意外なところから初監督作品が生まれることがある。

今回のベルリン国際映画祭では「カウンターセックス宣言」「あなたがたに話す私はモンスター」で知られる哲学者にしてトランス・クィア活動家のパウル・B・プレシアドの初監督作品『Orlando, My Political Biography』が出品された。

内容こそ明らかにされていないが、タイトルから推察するにトランスジェンダー研究に影響を与えているヴァージニア・ウルフ「オーランドー」を軸に理論展開するドキュメンタリーだと考えられる。

フォーラム部門

「映画とは何か?」をコンセプトに、映画というメディアを使った社会との関わりを扱った作品が選出される部門。これがフォーラムである。

公式サイトによると、本部門はラボやワークショップのような部門だと言及されている。実際にラインナップを確認すると「パーティや夜間講義のナレーションが、放尿する馬や田舎の家の静物画と出会う」とユニークな紹介文が書かれている作品『Horse Opera』がこの部門に選出されている。

フォーラム部門から注目作品を3本紹介しよう。

■すべての夜を思いだす(清原惟)

(C)PFFパートナーズ=ぴあ、ホリプロ、日活/一般社団法人PFF

『わたしたちの家』
に引き続き、ベルリン国際映画祭フォーラム部門に選出された清原惟監督作品。彼女は空間を利用した作劇に長けた新鋭である。『わたしたちの家』では、異なる時間軸を歩む者がひとつの家を共有する作品となっている。

『ひとつのバガテル』では団地を無機質で孤独を誘発する装置に見立てながら、団地内にある小さな公園に人と人とが心を通わせる場を見出していた。分離する空間と共有される空間を通じて、人間心理を描こうとしている。

そんな彼女が『ひとつのバガテル』に引き続き団地映画を撮った。多摩ニュータウンですれ違う三人の女性たちの記憶が共有されるといった内容となっており、彼女の空間理論の集大成ともいえる作品となっている模様。

■Allensworth(ジェームズ・ベニング)

構造映画の重要監督であるジェームズ・ベニング最新作がベルリン国際映画祭フォーラム部門に登場。ジェームズ・ベニングといえば、列車で移動する様子や映画館の前を淡々と並べていく『11 x 14』(建築映画館2023にて上映)、ニューヨーク・タイムズに掲載されたユタ州の写真を並べながら記事の要約の音声をつけた『Deseret』などで知られている監督である。

今回は、廃墟となった都市アレンズワースを長回しで撮った作品とのこと。アレンズワースとは、カリフォルニア州初のアフリカ系アメリカ人による自治都市である。廃墟を通じて、かつて存在した黒人コミュニティの痕跡を紐解く。

■Our Body(クレール・シモン)

パリ12区にあるヴァンセンヌの森に集まる人々を撮った『夢が作られる森』、フランスの国立映画学校ラ・フェミスの入試を追った『The Competition』、パリの高校生が抱える葛藤に寄り添う『若き孤独』などと興味深い切り口で対象を見つめる。そんなドキュメンタリー監督クレール・シモンの新作。

『Our Body』はパリの婦人科クリニックを追ったドキュメンタリーとなっている。クレール・シモンのドキュメンタリーは、人々の苦悩の瞬間を捉えるのに長けている。



例えば、『The Competition』では、面接試験で魅力的な受験生が現れる場面がある。しかし、「好きな映画は?最近観た映画は?」と質問すると、映画をあまり観ていないことが発覚する。

一方で、ロベール・ブレッソンやニコラス・ウィンディング・レフン映画について語り始める受験生に対して、試験官は苦言を呈し始める。誰を合格にさせるのかといった生々しい議論が交わされ、その中で葛藤が浮かび上がるのだ。

今回は、どんな人間心理を魅せるのか楽しみな1本である。

最後に

他にも、ウィレム・デフォーが美術品を盗もうとするが失敗し、ペントハウスに閉じ込められてしまう『Inside』(パノラマ部門)、ホラーオムニバスシリーズ第4作『V/H/S/94』監督を務めた、ジェニファー・リーダーが誕生に魔法のケーキを食べたせいで変身してしまう血みどろ青春絵いが『Perpetrator』(パノラマ部門)など注目作品が目白押しである。

果たして、どの作品が受賞するのか?日本で上映される可能性がある作品はあるのか?調べながら、未来の映画に夢を膨らませてみてはいかがだろうか?

参考資料

■第73回ベルリン国際映画祭公式サイト(https://www.berlinale.de/en/home.html
■MUBI『Manodrome』あらすじ(https://mubi.com/films/manodrome
■In arrivo un film sulla storia di BlackBerry(https://www.wired.it/article/blackberry-film-ascesa-declino/))
■MUBI『The Survival of Kindness』あらすじ(https://mubi.com/films/the-survival-of-kindness
■第13回マイ・フレンチ・フィルム・フェスティバルサイト(https://www.myfrenchfilmfestival.com/
■cinenews『Here』(https://www.cinenews.be/fr/cinema/actualites/157698/here-de-bas-devos-presente-en-premiere-mondiale-a-la-berlinale/
■ぴあフィルムフェスティバル『すべての夜を思いだす』(https://pff.jp/44th/lineup/scholarship-tokyo.html
■建築映画館2023(https://architectureincinema.com/
■「改訂新版 死ぬまでに観たい映画1001本」(スティーヴン・ジェイ・シュナイダー、2011/8/31)

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