「宇宙人並みに話が通じない上司に困っています」映画で答える人生相談
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読者の皆様から寄せられたお悩みにアンサーしつつ、相談内容に沿って一本の映画を処方する当コラム。「川上から桃が流れてきました」とツイートすれば「嘘松乙」と突っ込まれそうな世の中で、映画以外はすべてがでっち上げ、牽強付会という名のセメントを塗りたくった完全なる嘘八百、出たとこ勝負の見切り発車は果たしていつまで続くのかと思っていたら、まさかの第二弾がありました。今回のお悩みはこちら。
宇宙人並みに話が通じない上司に困っています
この春からデザイン事務所に勤めはじめた新入社員です。話が全く通じない上司に困っています。
彼は私の教育係なのですが、特に何を教えてくれるわけでもなく、質問をすれば
「そんなことくらい自分で考えろよぉ」
と言い、訊かなかったら訊かなかったで
「ぜんぜんダメじゃーん。なんで俺に聞かなかったんだよぉ」
と、どちらにしても怒られ、「これだから若いやつはよぉ、使っかえねえんだよなぁ」とネチネチと嫌味を言われる始末です。
先日もこんなことがありました。
「このデザインさぁ、なんかこう、もっとフレッシュにならないかね!」
と、曖昧な指示を出され
「フレッシュって具体的にはどうすれば良いですか?」
と訊いたところ
「それわからないかー、やっぱりまだわからないかー。そうかー、やっぱりなー」
と呟きながら、目も合わさずに喫煙所の方へ消えて行きました。ひどいと思いませんか?
本当に、同じ日本人なのかと勘ぐってしまうほど、言っていることがわかりませんし、話が通じません。
あまりのストレスにヤケ食いが癖になってしまい、深夜の富士そばでカレーカツ丼を食べ続けていたら体重が10キロも増えてしまいました。このままでは健康面も心配です。
しかし、せっかく入った職場ですし、良い人も多いので上手くやっていきたいというのも本音です。
どうしたら上司と上手くコミュニケーションを取れるようになるのでしょうか。
(東京都:22歳男性 デザイン事務所勤務)
宇宙人並みに話が通じない上司に困っているあなたに処方する映画は
ご相談ありがとうございます。
あまりにウザい上司の語尾に、私も思わず拳を握りしめてしまいました。映画を処方せずとも、このケースの解決方法としては、まずオフィスを見渡して、手近にある固めの備品を握りしめ、勢い良く上司を殴打するのがベターだと思われます。
とは言っても、日本は法治国家ですので、他人を殴打すれば捕まってしまいます。精神的に殴打してくる上司は罪に問われないのに、肉体的に殴打した自分は裁かれる。まったく理不尽な話ですが、社会というものは納得のいかないこと、意味不明なことが集まって形造られています。私たちはそのなかでサヴァイブしていかなければいけません。
私も本業はフリーランスのデザイナーですので、上司はいないものの、
「クールかつシンプルな感じで、だけど少しだけゴージャスでラブリーなイメージも入れつつ、楽天みたいな馴染み深さを出して、あ、楽天ほどごちゃごちゃしてなくてもいいんですけど、色はとにかくバーンと目立つ感じで、フォントもとにかくインパクトがあるといいですね。インパクト、大事なんで。ただ、派手さも必要ですが安心感も重要で、ターゲットとしては10代〜60代の男女両方から見てもウケるようなイケてるイメージでデザインして欲しいんですけど、明日、金曜日の夜までに3案出せますか?」
などと、まったく意味不明な依頼を日々請け続け、何とか金曜日の夜に提出したら担当者は定時退社しており、土日はしっかり休んで月曜の午後に悠々と
「私の伝え方が悪かったのかも知れませんが、ちょっとイメージと違うので修正いいですか」
と、返信してくるのは日常茶飯事、最寄りのスポーツ用品店で金属バットを購入し、御社で暴れてやろうかと小一時間考えてしまうほどには理不尽で、意味不明で、言葉が通じない方々と戯れながら社会人ライフを過ごしています。
ですので、お気持ちよくわかります。できるだけ円滑なコミュニケーションを取り、仕事の手間を減らしたい、気持ちよく業務をこなしたいというお気持ちも、まるで自分が悩みをでっちあげたかのようにわかります。
今回、そんなあなたに処方する映画は『メッセージ』です。
『メッセージ』
『メッセージ(原題:Arrival)』は、テッド・チャンの短編小説『あなたの人生の物語』を原作としたSF作品です。いきなりの余談で恐縮ですが、『あなたの人生の物語』は本当に名著なので、機会があればぜひ読んでみてください。
さて、本作の筋はといいますと、ある日、世界各地に12隻もの未確認飛行物体が突如出現。人類はその中で、タコと象をマッシュアップしたようなエイリアン「ヘプタポッド」を発見するのですが、異星の方々であるため、言葉が通じません。なぜ地球に来たのか、何が目的なのか、そもそもお前らは一体何なんだと、各国はお手上げ状態。
そこで、彼らの言葉を翻訳し、理解するために、言語学者のルイーズ・バンクス(エイミー・アダムス)と、理論物理学者のイアン・ドネリー(ジェレミー・レナー)が米軍に協力を要請され、「ヘプタポッド」とコミュニケーションを試みることとなります。
果たして未知の言語を解き明かすことができるのか、ヘプタポッドの目的は何なのか、物語はまるで空に佇む巨大な宇宙船のように、堂々たるペースで進んでいきます。
ここで、驚きの事実が浮かび上がります。まったく話の通じない上司がヘプタポッドだとすれば、あなたは上司の言葉を翻訳し、解読し、理解しようと試みるルイーズ・バンクスではありませんか。あなたのお悩みと映画は、まったく同じ構図であると言えます。
言語が違おうが、生まれた星が違おうが、大事なのは自己紹介
では、未知の言語を持ち、話がまったく通じないヘプタポッドに対し、ルイーズたちはどうやってコミュニケーションを取るのか。
静謐とも言える宇宙船内部で、ルイーズはヘプタポッドと相対します。鮮やかなオレンジのハズマットスーツに身を包んだ彼女が取り出したのは、何の変哲もないホワイトボード。そこにペンで「HUMAN」と書き出し、自身を指差します。
随分とアナログな手法ですが、これは宇宙人の心を掴もうとしたルイーズ渾身のギャグではありません。
本作にもアドバイザーとして参加した、カナダ・マギル大学の言語学准教授であるジェシカ・クーンは『WIRED』UK版のインタビューにて、「初対面の宇宙人と話をするコツは、まず、どんなときでも自己紹介をするのが鉄則です」と語っています。つまり、上記のような手法は言語学として正当なやり方なのです。
自己紹介をし、自分がどんな人間であるのか素性を明かし、共通する語彙を探し出していく。どのような文脈で相手が発言しているのか、少しずつでも理解しようと努力していく。これは人間同士のコミュニケーションも同じです。
幸いなことに、あなたの上司は思わず殴打したくなる語尾を操るものの、一応は日本語という共通言語を理解することができます。口もあるので発話も可能でしょう。これはヘプタポッドとやり取りするケースと比較して、かなりのアドバンテージであると言えます。
そして、あなたのオフィスには、おそらく高確率でホワイトボードが存在するはずです。言語学のプロも使用している便利なアイテムを利用しない手はありません。ボードに大きく「人間」と書き、あなた自身を指さしてから上司を指さしてみれば、彼も「あ、同じ人間なんだな、何だか親近感湧いてきたな」と気付き、考えてくれるかもしれません。同胞であるとわかれば、当たりも柔らかくなることでしょう。
もし、上司がメッセージの真意を読み取れなかったとしても、あなたの唐突な人間宣言に「コイツ、刺激しない方がいいタイプだ」と思われる可能性が高いため、やはり当たりは柔らかくなることでしょう。一石二鳥です。
あなたの世界と上司の世界は違う「サピア・ウォーフの仮説」
本作における、最も重要なワードのひとつが「サピア・ウォーフの仮説」です。
かなり雑な説明になってしまい恐縮ですが、サピア・ウォーフの仮説とは「使う言葉が違えば、考え方、世界の捉え方、感じ方が異なる」といった仮説です。
この「言葉」は言語だけでなく、言葉遣いと拡大解釈しても良いでしょう。上司の言動や語尾を見ていると、あなたとは明らかに考え方、世界の捉え方、感じ方が異なっていますよね。
ルイーズも、ヘプタポッドたちの扱う言語を明らかにしていくにつれ、考え方、世界の捉え方、感じ方が徐々に変化していきます。
具体的にどのような変化が起きるかというと、出来事をある順序で経験した時に、それらを因果関係として知覚する逐次的認識様式から、出来事を同時に経験し、その根源にある目的を知覚する同時的認識様式に変遷していきます。前者が人間の考え方、後者がヘプタポッドの考え方です。
少々ややこしい話になってしまいましたが、あなたが上司に対して質問した時に
「そんなことくらい自分で考えろよぉ」
と言われ、質問をしなかったら
「ぜんぜんダメじゃーん。なんで俺に聞かなかったんだよぉ」
と返される。この一連の流れを時系列順に経験し、因果関係を認識することが逐次的認識様式です。
一方、同時的認識様式では、あなたが上司に対して質問をする前に、
「そんなことくらい自分で考えろよぉ」
や、
「ぜんぜんダメじゃーん。なんで俺に聞かなかったんだよぉ」
といった会話はもとより、この案件が確実に地雷案件であり、上司に背中から撃たれ続け27稿まで修正が続くことさえも瞬間的に認識することとなります。さらに、上司の発言の根源である「何も考えていない」といった「無」すらも認識できる。これが同時的認識様式です。
このケースでは認識してもしなくても、どちらにせよ地獄ではありますが、上司が言っていることが「無」であることがわかれば余計な気を揉まずに済みます。
さて、逐次的認識様式の違いと、同時的認識様式の違いを、さも知っているように書きましたが、たぶん間違っています。社会というものはこのような牽強付会や納得のいかないこと、意味不明なことが集まって形造られています。私たちはそのなかでサヴァイブしていかなければいけません。
とまれ、同時的認識様式というのは現実には無理ですので、ベストな方法としては、先持って上司の反応を予想し、対処法を考えておいたり、どうせ意味のないことを言われるのだから気にしないといったスタンスを取ったりするのが、精神安定上もよいでしょう。要は偽物の同時的認識様式です。
コミュニケーションを拒否していては、世界は広がらないけれど
上司やクライアントは、基本的には何を言っているかわからないことが多いものです。ですが、なるべく聞く耳を持ち「何を伝えようとしているか」を考え、探ることはコミュニケーションを取るうえで、鍛えておきたい能力ではあります。
その結果、「こいつは何も考えてねえ」、「言いたいだけじゃねえか」という結論が出た時に、はじめて距離の取り方を考えるのがベターでしょう。何を言っているのか意味不明な人でも、よくよく真意を汲み取って話し込んでみれば、良い結果や関係を招くことだって多々あります。要は、最初からわからないと突っぱねたり、コミュニケーションを拒否していては世界は広がらない、ということですね。
映画の最後、ヘプタポッドたちはとあるメッセージを残して、宇宙船とともに忽然と姿を消します。ですが、あなたの上司は消えません。現実世界に残り続けます。現実は映画のように上手くいきませんが、頑張って生きていきましょう。『メッセージ』は、そのためのアドバイスと、前に進むためのちょっとした力を与えてくれます。
ときに、本作は宇宙人と人間よりも、人間同士の方がわかりあえない、同じ言語を持っていたとしても、結局のところ齟齬が発生してしてしまうといった現実を抉り出します。そして、啀み合いは逐次的認識様式を用いているうちは止められないということも描いています。
となると、あなたが努力したとしても、もしかしたら上司とは一生理解し合えないのかも知れません。コミュニケーションとは、かくも難しいものなのです。
では、結局のところどうすれば良いのでしょうか。何を言っているかわからない、何を言っても通じない奴に対しては、これはもう何を言っても仕方がありません。手近にある固めの備品を握りしめ、勢い良く上司を殴打してください。
今、私にはあなたが投獄されている様子が見えます。これが同時的認識様式というやつでしょうか。
(文:加藤広大)
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