「音楽の素晴らしさはどんな人の魂にも届く」『オーケストラ・クラス』ラシド・ハミ監督インタビュー
(C)2017 / MIZAR FILMS / UGC IMAGES / FRANCE 2 CINEMA / LA CITE DE LA MUSIQUE - PHILHARMONIE DE PARIS
8月18日から公開の映画『オーケストラ・クラス』。子どもたちに無料で楽器を贈呈し、プロの音楽家が音楽の素晴らしさを教えるフランスの実在の音楽プロジェクトを元にした作品で、パリの小学校で教えることになった気難しいバイオリニストのシモン(カド・メラッド)が、全く楽器経験がない子どもたちに四苦八苦しながらもやがて心を通わせ、フィルハーモニー・ド・パリでの演奏会を目指していく姿を描いています。
今回は、本作のメガホンをとったラシド・ハミ監督にお話を伺いました。
ヴァイオリン経験者はゼロ。中でもくじけそうだったのは……?
──本日は、よろしくお願いいたします。実は筆者自身、趣味でバイオリンとオーケストラを続けていまして、本作は非常に感銘を受ける部分がありました。
ラシド・ハミ監督(以下ハミ):ちょっと先に質問させて。どうしてあなたはバイオリンを選んだの?
──もともとはピアノをやっていたんですが、あまり芳しくなく(笑)、母からバイオリンをすすめられて…。
ハミ:ピアノは場所をとるし、持ち運びもできないからね(笑)。バイオリンを始めたばかりの上手じゃなかったころから、家でお母さんに聴かせていたの? お母さんはピアノに戻って欲しいとは思わなかったかな(笑)。
──本作の子どもたちと同じように、けっこうなすごい音を聴かせていたんですが(笑)、たぶんピアノに戻したいとまでは、思っていなかったかと… それでは、こちらからの質問に戻らせていただきますが、まず、本作の監督をすることになった経緯を教えてください。
ハミ:フランスの子どもたちを対象にした音楽教育プログラム“Demos(デモス)”の存在を知ったこと。それが本当にラッキーだったと思っているんだ。知ったのをきっかけに、実際デモスに参加している子どもたちのクラスの様子を見に行ったのだけれど、プログラムに参加しているのは、貧困であったり、あまり恵まれない地区に住んでいる子たちが多かった。
クラシック音楽の楽器の中でも非常に気品のある楽器であるバイオリンを彼らが弾いているところを見て「これを映画にしたい」という思いが僕自身の中に生まれたんだ。どちらかというとブルジョワが好むと思われがちなクラシックに貧しい地区に暮らす子どもたちが挑戦することに物語的な面白味やロマネスクを覚えていった。
(C)2017 / MIZAR FILMS / UGC IMAGES / FRANCE 2 CINEMA / LA CITE DE LA MUSIQUE - PHILHARMONIE DE PARIS
──本作の撮影期間はどれくらいだったのでしょうか?
ハミ:撮影期間は8週間半。ただ、フランスの法律で子どもたちは一日4時間しか労働できないと定められている。彼らが来る前に技術的な面ですべての準備を整えておかないといけなかったので、僕ら大人は12時間働いたけれどね(笑)。
──今回、キャストの子どもたちでバイオリン経験者は一人もいなかったそうですね。劇中と同じゼロからのスタートで、決して簡単に弾きこなせる楽器ではないことが筆者も経験からよくわかるのですが、撮影中に子どもたちがくじけてしまうようなことはなかったのでしょうか?
ハミ:子どもたちはもちろん楽器の練習にくじけたり嫌だと思ったりしたこともあったと思う。けれど、監督の僕としては彼らのそういう声はあえて聞かないようにした。もし、子どもたちに耳を傾けてしまうと、むしろ彼らを甘やかしてしまうことになりかねなかったので、あえてそこはあまり気にせずにどんどん進めるという方法をとった。
ただ、実は子どもたちよりも挫折しかけていたのはむしろ大人のカド・メラッドの方だったんだ(笑)。彼はバイオリンを教える役柄で、それなりのレベルを求められたからね。子どもたちが一曲だけでよかったのに対してカドは五曲も仕上げなくてはいけなかったし、そこは、彼のほうが評価されるべきだと思う。
──今、お話にあがった今回主演をつとめたカド・メラッドに、撮影時にどのようなことを求めましたか?
ハミ:カド・メラッドに求めたのは、この作品に対して全身全霊で俳優のエゴのようなものを捨てて臨んでほしいということだった。彼はこの作品を一つのコミットメントとして真剣に考えてくれて、とても見事に応えてくれたと思う。彼が素晴らしい俳優だというのは知っていたけれど、非常にプロ意識が高く、彼ほどの俳優であれば通常は享受するべきである快適さを捨てることを彼自身が受け入れてくれて、役者経験のない子どもたちとの間の垣根をできるだけなくして、本当の一つのオーケストラ・クラスの中で生きている人物のように仕事をしてくれたんだ。
(C)2017 / MIZAR FILMS / UGC IMAGES / FRANCE 2 CINEMA / LA CITE DE LA MUSIQUE - PHILHARMONIE DE PARIS
「役者が演じることを忘れて、今、その瞬間を生きてくれたらいいと思う」
──子どもたちについてもお聞きしたいのですが、彼らの中でやはりアーノルドの存在が大きかったように思いました。演じたアルフレッド・ルネリーとの出会いはどのようなものだったのでしょうか?
ハミ:アルフレッドは、最初のテストに受かった後の二度目のテストで僕のオフィスに来てくれたのだけれど、出会ったときに役者としての素晴らしさを感じたんだ。演技の才能がある子に楽器を学んでもらうほうが、バイオリンがうまい子に演技をしてもらうよりも容易いとわかっていて、アルフレッドは本能的な役者の資質があり、そこに圧倒されて彼だと思った。
──アーノルドはやがてクラスの仲間をリードするようになり、演奏会でもコンサートマスターをつとめるということで、アルフレッドはプレッシャーもあったのではと思うのですが、監督は彼にどのようなことを求めましたか?
ハミ:彼にプレッシャーをかけるようなことは一切しなかった。僕はどちらかというと子どもたちも大人も穏やかな気持ちで役柄に臨めるように用意するタイプの監督で、「これがうまくいかなったらどうなるのか?」と先のことを考えるのではなく、むしろ役者たちが演じていることを忘れて、今その瞬間を生きてくれたらいいと思っている。僕はそれを妨げる障害をできるだけ取り除くことに努力をしていたね。
──子供たちでもう一人、ガキ大将的な存在のサミールについても聞かせてください。彼はアーノルドとはまた別の形でシモンと心を通わせて、オーケストラ・クラスを通して大切なことを学んでいったように見えたのですが、サミールのキャラクター像はどのように作られていったのですか?
ハミ:子どもたちはとても個性的で、一人一人キャラクターがたっているんだけれど、中にはトラブルメーカーみたいな子もいる。サミールは、ひょっとすると不良になってしまうかもしれない問題を抱えた少年だけれど、音楽に出会ったことで最悪な方向を避けて、それどころかすごくいい方向に変わっていけるかもしれない道のりを知る、そういうキャラクターにしたかった。
この変わっていくというのは、シモンにとっても同じことなんだ。サミールのような一番やりづらい子供に接することによって、彼もまた今までのやり方を変えないといけなくなる。それまではプライドもあって子どもたちに厳しくしていたけれど、そうしたところでうまくいかない。そういうときに自分から歩みよって寛容さを見せることで状況が解決することがあり、そのことによって自分自身も救われるシモンの姿を想定して作っていった。
──確かに本作では、子どもたちが成長するだけでなく、先生であるシモンも子どもたちとの交流を通して大切なものを得て変わっていき、シモンが母親の前で思いを打ち明けるシーンは非常に心を揺さぶられました。
ハミ:確かに人というのは人生の中で変わっていくもので、大きな変化が起きることもあれば、ちょっとした些細な変化が訪れることもある。音楽一辺倒で生きてきたシモンが子どもたちに対して“音楽人”としてではなく、“人間”として触れ合うことで、自身の音楽の情熱を子どもたちにプレゼントすることができて、その経験を通して彼自身も喜びを見出していく。そして、彼が自分が感じていることを母親に口に出して伝えるというのがとても大事なんだ。作品の中では、子どもたちの両親も登場するけれど、シモン自身も子供であり、自分の思いを母親に一番最初に正直に打ち明ける。見ていてとても感動を与える場面だと思うよ。
(C)2017 / MIZAR FILMS / UGC IMAGES / FRANCE 2 CINEMA / LA CITE DE LA MUSIQUE - PHILHARMONIE DE PARIS
フィルハーモニー・ド・パリで、子どもたちの演奏にホッと安堵
──本作では、子どもたちが演奏するリムスキー=コルサコフの『シェエラザード』をはじめ、メンデルスゾーンのバイオリン協奏曲、モーツァルトのディヴェルティメント、バッハのシャコンヌなど、クラシックの曲が多数使われていますが、これらの曲はどうセレクトされたのですか?
ハミ:曲は物語に沿って選ばれている。メンデルスゾーンのバイオリン協奏曲は、シモンにとってのまさに悪夢を表した曲。ディヴェルティメントのシーンでは、シモンが担当する第二バイオリンは、ちょっとテンポを間違えるとすべてが崩れてしまう非常にリスクの高いパートで、その微妙なリスクを負いながらシモンが演奏している。シャコンヌはとてもインパクトがある力強い音楽で、聴いている人の魂にも触れる曲。そして、 『シェエラザード』はまさに映画を体現した曲。ソロパートとオーケストラのハーモニーが一体となっていくところがとても感動的だと思って選んだんだ。
──物語のラストでついに子どもたちがフィルハーモニー・ド・パリで演奏をしますが、あの場面の撮影でなにか思い出に残っていることはありますか?
ハミ:撮影の日、まず早朝に『シェエラザード』のリハーサルを行った。そのとき、子どもたちの演奏を聴いて「大丈夫だ。彼らは準備万端だ」とホッとしたんだ。前日までとにかく彼らの演奏が何より心配だったので、そのときの安堵感というのをよく覚えているね。
──最後になりますが、日本はヨーロッパのように大昔からクラシック音楽を聴いてはいなかった国ですが、現在、東京では一駅に一つアマチュアオーケストラがあるといわれるくらいオーケストラ活動を盛んですし、筆者自身、小学校で演奏をしてアーノルドたちのように楽器や音楽に目を輝かせる子どもたちの顔も見てきました。音楽を愛しこの映画を楽しみにしているに違いない日本のファンに、ぜひ監督からメッセージをお願いいたします。
ハミ:僕自身もクラシックはとてもユニバーサルな音楽だと感じている。音楽の素晴らしさはどんな人の魂にも届くものであり、そのユニバーサルな価値は音楽だけでなく映画に通ずることでもある。この映画を見てくれる人にも届くものがきっとあると期待しているよ。
ーーありがとうございました。
『オーケストラ・クラス』作品概要
シモンは才能がありながら、人生に幻滅している中年のヴァイオリニスト。妻と離婚して失意の彼は、ある日、パリ労働者階級地区のスクールでオーケストラのコーチの仕事を見つける。様々な子供たちのレッスンに戸惑う中、ただならぬヴァイオリンの才能を持っているシャイな生徒アーノルドを発見する。生まれながらにしての才能を持ち合わせたアーノルドの才能と他のオーケストラ・クラスの生徒たちの躍動感あふれるエネルギーに触発されたシモンは、自身も再び音楽の歓びを感じ始めるのだった。そしてシモンとクラスの全員は年末に開催される名誉あるパリ・フィルハーモニー楽団主催のコンサートに出場できるように数多くの困難を乗り越えようとするのだった…。
(取材/文:田下愛)
無料メールマガジン会員に登録すると、
続きをお読みいただけます。
無料のメールマガジン会員に登録すると、
すべての記事が制限なく閲覧でき、記事の保存機能などがご利用いただけます。