映画コラム

REGULAR

2018年10月31日

『世界で一番ゴッホを描いた男』無学な男が芸術家として目覚める瞬間が泣ける!

『世界で一番ゴッホを描いた男』無学な男が芸術家として目覚める瞬間が泣ける!



© Century Image Media (China)



昨年のSKIPシティ国際Dシネマ映画祭で監督賞を受賞(『中国のゴッホ』のタイトルで上映)するなど、その内容の高さが映画ファンの間で話題となっていた本作。その後は短縮版がテレビで放映されたが、正式な劇場公開を待ち望む声も多かったこの傑作ドキュメンタリー映画が、ついに10月20日から『世界で一番ゴッホを描いた男』のタイトルで劇場公開された。

複製画の大量生産が産業となっている村と、そこに生活する描き手の人々の暮らしを捉えたドキュメンタリー。そんな予想で今回鑑賞に臨んだ本作だが、果たしてその出来と内容はどのようなものだったのか?



© Century Image Media (China)



ストーリー


複製画制作で世界の半分以上のシェアを誇る油絵の街、中国大芬(ダーフェン)。出稼ぎでこの街にやって来た趙小勇(チャオ・シャオヨン)は独学で油絵を学び、20年もの間ゴッホの複製画を描き続けている。絵を描くのも食事も寝るのも全て工房の中。いつしか趙小勇はゴッホ美術館へ行くという夢ができた。本物の絵画からゴッホの心に触れて何か気づきを得たい、今後の人生の目標を明確にしたいという思いと共に。
どうしても本物のゴッホの絵画を見たいという想いは日増しに募り、ついに夢を叶えるためにアムステルダムを訪れる。
本物のゴッホの絵画を見て衝撃を受けた趙小勇はいつしか、自分の人生をゴッホの生き様に写し合わせ、何をすべきか自分を見つめ直すようになる。果たして自分は職人か芸術家か。思い悩んだ趙小勇はある決断をする―。(公式サイトより)


予告編


中国に実在する世界最大の複製画村がスゴい!



本作の舞台となるのは、中国にある大芬(ダーフェン)という村。実はこの村全体の産業として行われているのが、ゴッホをはじめとする有名画家の複製画の生産なのだ。

映画の中でも語られている様に、1989年に香港の画商が20人の画工を連れてきたのがこの村の始まりで、現在、画工の数は1万人を超え、実に世界市場の6割の複製油画がこの村で制作されているという事実。更には毎年、数百万点の油絵がこの村から世界中へ売られていき、その総額は2015年で6500万ドルを超えるとされている!



© Century Image Media (China)



映画の中でも、ネットで世界中から入るオーダーに合わせて、主人公の工房が月に700枚の複製画を仕上げる様子が出てくるなど、その経済規模が想像を遥かに超えるものとなっているのには、正直驚かされた。

実際、家族や親戚を含めた従業員総出でゴッホの有名絵画を黙々と仕上げる様子は、絵を描くことが芸術家による孤独な作業であると思っている、我々の固定観念を大きく覆すものだったからだ。



© Century Image Media (China)



更には、長年の夢だったアムステルダムの地を訪れた主人公が、初めて自分が描いた複製画が販売されている店を見て、その値段の高さに驚くといった描写も含めて、巨大な複製画マーケットの実情も同時に学べる本作。

普段アートや美術館に敷居の高さを感じている方々にこそ、是非観て頂きたい傑作ドキュメンタリーなので、オススメです!



© Century Image Media (China)



主人公の選択が胸を打つ!



本編の中で主人公が酔って泣きながらカメラに向かって語った様に、小学校しか出ていないこの男が、生活のためとは言えゴッホの絵を描き続け、その技術や手法を従業員や家族に教えるまでになっているという事実には、正直かなりの衝撃を受けた。

そこには芸術やアートという物が、決して一部の富裕層や特権階級の物ではなく、日々の生活の中から湧き上がる自然な欲求に動かされて生まれる物であることが記録されていたからだ。



© Century Image Media (China)



決められた絵をただ毎日描き続ける日々の中にも、やはり個人のオリジナル作品を描きたいという欲求や、進むべき方向性に悩む気持ちは生まれてくることが描かれる本作。そこで明らかにされるのは、創作意欲や芸術に対する想いが、決して美術学校や裕福な環境など、特別な場から生まれる物では無い、ということ。

そう、アートや芸術とは、正に作者の生き方や生活、そして一人の人間の人生その物なのかも知れない。その人の人生が一つの作品で観客に表現されるからこそ、これ程多くの人々の感情を動かし、驚くような高額で取引されるのだ! 本作鑑賞後、そう思わずにはいられなかった。

最後に



生活のため、毎日ゴッホの絵画の模写を描き続けてきた男が、オリジナルのゴッホの作品を見たいという長年の夢をついに叶えた時、果たして彼の人生に何が起こったか?

この彼の選択とその後の行動を捉えたという一点だけで、本作は今年のベスト1に上げる価値がある作品だと言える!

何故なら、仕事に行き詰まりを感じていたり、代わり映えのしない日常に不満を抱えている人には絶対に観て頂きたい本作には、そこから抜け出すための方法と答えが明確に描かれているからだ。



© Century Image Media (China)



アートや芸術が決して限られた一部の人々の物ではなく、学が無く貧しい地方に住む者にもちゃんとその入り口が開かれていること。そして、己の心の中に持ち続けていた「ゴッホの実物の絵を見たい!」という欲求に従って行動した男の人生に起きた素晴らしい変化こそ、本作がこれ程多くの人々の心を捉えた理由に他なら無い。

どんな道を歩もうと、どれだけ回り道をしようとも、自分のやりたいことをやり始めるのに決して遅いということは無い! 主人公のラストの独白の通り、50年後、100年後を見据えて、まずは第一歩を踏み出せと教えてくれる本作。

公開規模は小さいが、絶対に劇場で観る価値のある作品なので、全力でオススメします!

(文:滝口アキラ)

無料メールマガジン会員に登録すると、
続きをお読みいただけます。

無料のメールマガジン会員に登録すると、
すべての記事が制限なく閲覧でき、記事の保存機能などがご利用いただけます。

RANKING

SPONSORD

PICK UP!