ただの“お涙頂戴モノ”じゃない!『旅猫リポート』が愛おしい理由とは?



ⓒ2018「旅猫リポート」製作委員会 ⓒ有川浩/講談社


“泣ける映画”という宣伝方法を見るたびに、「またか」と拒否反応を示す映画ファンは多いかもしれない。確かに昔から何度「全米が泣いた」ことか数えきれないし、近頃は邦画でも一体何本の作品で「泣けます」という売り文句が使われてきたか分からないくらいだ。かくいう筆者もできることなら予期せず感動したいクチなので、先に「泣けます」と言われてしまうと無意識に一歩引いているかもしれない。

さらに、筆者は動物が好きすぎるがゆえに動物が出てくる映画に弱い。ちょっとでも可哀想な目に遭うともう涙腺ががばがばである。そんな性格もあるので最初からこれでもかと身構えて鑑賞したのが、10月26日から公開がスタートした『旅猫リポート』だ。今回は三木康一郎監督・福士蒼汰主演&猫のナナ共演の本作について紹介したい。



ⓒ2018「旅猫リポート」製作委員会 ⓒ有川浩/講談社



福士蒼汰×ナナが生み出す絆が愛おしい


『旅猫リポート』は、『植物図鑑』や『阪急電車』など映像化作品も多い有川浩の同名小説が原作。有川が紡ぐ文章は無駄に難解な解釈や講釈を入れず、簡潔に登場人物の心情や情景が伝わるのが特徴で、読者はすんなりとその世界観に入り込みやすい。そのおかげでキャラクターの心の機微が掴みとりやすく感情移入が容易であり、読み終わった頃には作品そのものを愛することになっているはず。そんな有川が“一生に一本しか書けない物語”と明かすのが『旅猫リポート』だ。

主人公は猫好きの青年・宮脇悟で、その悟に救われたのが“ナナ”と名付けられた元野良猫。野良時代は悟による餌づけで距離を詰めることはあったものの、基本は野良としてのプライドが勝り、延々とはおさわりを許してくれない。そんな中、大ケガを負ったナナの声ならぬ心の叫びを聞きつけた悟によって救われ、ナナは彼と暮らすことを決意する。ここまでが映画開始から10分もしない展開なのだが、おそらくこの時点で、猫飼い経験を持つ人にとっては最初の山場だろう。早いなと言われそうだが、自身の飼い猫ではなく野良であるナナのために懸命になる悟の姿はいかに彼が好青年であるのか即判断できる材料であると同時に、1人と1匹の目には見えない絆を強く印象づける場面でもある。



ⓒ2018「旅猫リポート」製作委員会 ⓒ有川浩/講談社



正直にいえば、筆者はこの時点で落涙してしまったのだが、そもそもこのオープニングで悟とナナ、さらには観る側の感情を結びつけなければ、この先彼らが迎える旅路に意味が与えきれない。悟を演じる福士がナナに向ける眼差しは慈愛に満ちていて、撮影に至るまでナナと多くの時間を共有したのではないか。つまり開始早々“お涙頂戴”ではなく、人と動物の関わり方を実直なまでに見せた結果が観客の胸に届いたのではと思う。身構えて鑑賞したつもりが、こうもすんなりと涙腺を開けられてしまっては仕方がない。確かにパッと見た・聞いただけではお涙頂戴モノと思われるかもしれないが、オープニングでしっかりと結ばれることになった悟とナナの赤い糸は、作品の質云々を飛び越えた人と猫との“理想像”を観客に提示してくれたのだ。

奇跡の名演を見せたオス猫・ナナ


そんな理想像を見せてくれた悟とナナだが、作品の本質は彼らが辿る旅路にある。悟はある事情からナナの世話を引き受けてくれる友人のもとへと車を走らせ、しきりに飼えなくなったことをナナに謝る。一方のナナといえば、悟の思いとは裏腹に、彼と別れようという気はこれっぽちもない。悟の気持ちを考えればこそ彼らの旅路は胸に迫るものがあるが、そんな道のりをリアルに見せているのは福士の名演はもとより、ナナを演じたセルカークレックスのオス猫・ナナの圧倒的演技力によるところが大きい。



ⓒ2018「旅猫リポート」製作委員会 ⓒ有川浩/講談社


設定上、“ツンデレ猫”という性格の持ち主になっているが、どこか物事を達観して見ているような目つき、口をへの字に結び、時おり車窓をキョロキョロと見つめる仕草は可愛さの塊だ。はっきりと断言できる。この作品は、ナナという俳優? をキャスティングできた時点で“成功”であり、彼の名演技を観るだけでも元を取ることができる。いやはや福士蒼汰というイケメン俳優を食わんとするナナの存在感は見事というほかないし、実写化は困難とされてきた小説の映画化を実現した功績は大きい。



ⓒ2018「旅猫リポート」製作委員会 ⓒ有川浩/講談社



話が逸れてしまったが、本作はナナという存在を通して悟が旧友を訪ねていく部分が重要な意味を持っている。もしもナナがいなければ悟はこの旅路を辿ることはなかったかもしれないし、大袈裟かもしれないが、ナナが悟と旧友を引き合わせる鍵だともいえる。小学生時代の親友・幸介と先代猫のハチをめぐる記憶。中学時代の同級生で悟と同じく大の猫好きな大吾。そして高校時代をともに過ごした修介と千佳子の存在。彼らと再び時間を交錯させる悟の表情はどこか満足気であり、ナナの貰い手が決まらないことに決して不満の表情を見せることはない。それこそが悟と彼らの友情の証であるし、悟が彼らに向けている信頼感の表れなのだろう。もちろんナナの引き取り手が見つかるに越したことはないが、それ以上に悟が友情も大切にしている青年だということが切実に伝わってくる。

だからこそ。これはネタバレになるので触れることはできないが、悟とナナの旅が終わりを告げたその先に待つラストシーンは、温もりに満ち溢れたものになっている。悟とナナが撒いた種が芽吹き、ヒマワリのように輝くあのラストシーンにこそ、悟の夢見た情景が詰め込まれているのかもしれない。

ファンタジー性をバランスよく成立させたコトリンゴの音楽


『旅猫リポート』はナナの声を高畑充希が担当し、ほかにも沢城みゆきや前野智昭が声の出演で参加している。いうなれば本作は人語を話す(実際に話すわけではないのだが)動物が作品の核を担うファンタジー作品としても受け止められるが、そんな世界観と主人公・悟の世界を繋ぐ役割として、コトリンゴの手掛けた音楽は大きな役割を果たすことになった。



ⓒ2018「旅猫リポート」製作委員会 ⓒ有川浩/講談社



コトリンゴといえば、大ヒットアニメ映画『この世界の片隅に』の音楽を担当し、主人公たちの日常生活に寄り添った優し気な音色が際立っていた。『旅猫リポート』はよりメロディ性が強くなり、物語とともに感情の起伏をコントロールしていて、ピアノを中心により分かりやすいメロディが彩られたことで、ナナの足取りもどこか軽快なものに思え、時には琴線に触れるような哀愁漂う音色が耳に残りやすい。またコトリンゴ本人がヴォーカルを務めた「奇跡は」や「ナナ」は彼女の唯一無二の歌声が心地よく、作品が持つファンタジー性にリアリティを持たせることになっている。映像と音楽が相互に働きかけたことで悟とナナの関係性により豊かな感情が与えられ、ナナという存在自体にも深みが出ていたのではないだろうか。

まとめ


もちろん感情のスイッチは人それぞれなので、『旅猫リポート』が全員の琴線に触れるかどうかは分からない。けれど1人の青年が辿る人生の記憶と1匹の猫とともに繰り広げる旅路は、観る人にとって何がしかの感情に訴えるものがあるのでは、と思う。筆者のような動物好きには、ナナと悟の愛くるしい関係性が終盤に向かうにつれてより一層羨ましくも思えてくる。また子を持つ親からすればナナを連れて旅をする悟の姿に感情移入しやすいかもしれない。そういった感情が合流するラストシーンからも、本作がただの“お涙頂戴モノ”ではないということを、声を大にして伝えたい。

(文:葦見川和哉)

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