映画コラム
『クロール ―凶暴領域―』が大満足の傑作となった「3つ」の理由!
『クロール ―凶暴領域―』が大満足の傑作となった「3つ」の理由!
© 2019 Paramount Pictures Corporation. All rights reserved.
巨大ハリケーンが接近し街中が浸水に見舞われる中、ヒロインが自宅のバスルームでワニに襲われる!
テレビスポットで紹介された迫力のシーンが話題の新作映画『クロール ―凶暴領域―』が、10月11日から日本でも劇場公開された。
日本ではちょっと考えられない設定ながら、ちょうど最大規模の台風が関東を直撃するという、正に映画の設定が現実になったような状況で公開初日を迎えた本作。
気になるその内容と出来は、果たしてどのようなものだったのか?
ストーリー
大学競泳選手のヘイリー(カヤ・スコデラリオ)は、疎遠になっていた父デイブ(バリー・ペッパー)が、巨大ハリケーンに襲われた故郷フロリダで連絡が取れなくなっていることを、姉のベス(モーフィド・クラーク)から知らされる。
実家へと車を走らせたヘイリーは、地下で重傷を負って気絶している父を発見するが、彼女もまた[何モノ]かによって地下室の奥に引きずりこまれ、右足に重傷を負ってしまう。
地下室が水没するまでのタイムリミットが迫る中、大量発生したワニの巣と化した、家族にとって思い出の我が家から、負傷した父を連れて無事に脱出できるのか?
予告編
理由1:アレクサンドル・アジャ監督に駄作なし!
2006年に日本で公開された『ハイテンション』で、多くの映画ファンの注目を集めたアレクサンドル・アジャ監督。その後は名作ホラー映画『サランドラ』のリメイク版『ヒルズ・ハブ・アイズ』や、今回の『クロール ―凶暴領域―』にも繋がる『ピラニア3D』など、多くの傑作ホラー映画を世に送り出してきた。
もちろんそれだけでなく、『ミラーズ』や『ホーンズ 容疑者と告白の角』『ルイの9番目の人生』など、優れたドラマ性を備えた作品にもその才能を発揮してきたことが、本作での大成功に繋がったことは間違いない。
次回作の企画もいろいろと噂されているアレクサンドル・アジャ監督だが、日本の映画ファンにとって気になるのは、日本の人気コミック「コブラ」実写化企画の進展状況だろう。
今年の2月に公開された『アリータ:バトル・エンジェル』や、11月に公開されるフランス映画『シティーハンター THE MOVIE 史上最香のミッション』のように、出来れば実現して欲しい企画なのだが、なかなかに難しいものがあるようだ。
見事に練り上げられた脚本に、アレクサンドル・アジャ監督の演出力が加わったことで、家の中でワニに襲われるという、単なるアイディア勝負の作品には終わらない作品となった、この『クロール ―凶暴領域―』。
ポスターデザインや予告編だけで判断することなく、是非劇場に足を運んで頂ければと思う。
理由2:CGとは思えない、リアルなワニが怖い!
自宅の地下室に巨大なワニが大量発生!
およそ日本ではありえない設定で全編突っ走る本作だが、徐々に明らかになるフロリダならではの立地条件や気候、それに独特な家の構造などの細かい設定により、観客側もこの巨大ハリケーンの真っ只中に放り込まれた主人公と同じような臨場感を共有できるようになっている。
加えて、映画の序盤からフロリダの街中に立てられた道路標識や看板を登場させることで、舞台となる地域の住民の周囲に、普段からどれだけワニが存在しているか? を観客に分からせる手際の良さに、この映画は間違いない! 開始早々からそう確信することができた。
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過去によくあった低予算のモンスターパニック映画のように、モンスターの存在を隠してサスペンスを盛り上げるのではなく、開始早々10分でワニが登場する! というサービスぶりに加え、そこから先は次々襲ってくるワニや危機的状況に対して、主人公がどう行動し困難を克服するのか?、この点に観客が集中して楽しめる点も、本作が大成功した理由の一つとなっている。
更に物語への説得力を高めるのが、とてもCGで作られているとは思えないほど迫力満点な、巨大ワニの存在だ!
ゆっくりした動きから突然素早い動きで噛みついてくる、予測不能なワニの恐怖を倍増させるCGのクオリティなのだが、個人的に特に感心したのが、獲物に噛みついたワニが相手を水中に引きずり込む際に、ちゃんと自分の体をローリングさせていた点だった。
こうしたワニの生態に関する細かいこだわりも、今回フルCGで作られたワニたちにリアルな生物感を与えた理由の一つといえるだろう。
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もちろん、生身の人間と巨大ワニが狭い空間にいた場合、人間側が圧倒的に不利なのは誰もが認めるところ。
だが、本作では初期の段階でワニが自由に動けない状況を設定しておいて、そこから徐々にワニにとって有利な状況に持っていくという展開が用意されているのが見事!
このように容易に先が読めてしまう展開を避け、観客側が心配になるほどの逆境と危機的状況に主人公が追い込まれていことになる、この『クロール ―凶暴領域―』。
映画界では既に独自のジャンルを生み出している、大人気の"サメ映画"に決して負けないワニの凶暴さと魅力が満載の作品なので、全力でオススメします!
理由3:地下室に込められた意味が深い!
本作で主人公を襲うモンスターが潜んでいるのは、子供の頃に家族と過ごした家の地下室。
実はこの舞台設定に重要な意味が隠されていると言ったら、意外に思われるだろうか。
ホラー映画において地下室に恐ろしいものが潜んでいたり、登場人物が地下室に下りていく描写が多い理由。それは地下室に下りていく行為が、登場人物の深層心理=心の奥底に隠した過去のトラウマや恐怖に向き合うことの象徴であるからに他ならない。
この点を踏まえて本作を観ると、子供の頃から父親に水泳を教え込まれ、口癖の様に「お前が最強の捕食者だ」と言い聞かされてきた主人公のヘイリーが、水泳選手としての壁にぶつかり自信を失いかけている状況で、両親の離婚に対するトラウマや、疎遠になってしまった父親との関係性に向き合うための舞台設定として、巨大ハリケーンや大量のワニ! というトンでもない設定が選択されたことの意味が見えてくる。
つまり、彼女の前に用意された難関や危険の大きさが、そのまま心に抱えた問題や克服すべきトラウマの大きさを表すことで、彼女の心の葛藤が視覚化されて観客に伝わるという効果を上げているのだ。
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父親が自分の水泳指導に力を入れすぎて、家庭を二の次にしたことが両親の離婚の原因になったのではないか?
そんな考えを心の奥に隠しているヘイリーは、両親や家族への複雑な想いから、現在は父親と疎遠になってしまっている。
更に、大学のスカラーシップの選考を惜しいところで逃してしまい、父親の期待に応えられず失望させてしまったのでは? という罪悪感も、ヘイリーの心に暗い影を落としているのだ。
こうした彼女の心の問題を考慮すれば、子供の頃の記憶が詰まった家の地下室で父親を必死に助けながら、最強の捕食者であるワニと戦う! という設定が、過去のトラウマに立ち向かい克服することへのメタファーとなっていることが、お分かり頂けると思う。
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つまり、映画の中でヘイリーが戦っているのは、現実のワニやハリケーンに姿を借りた自身の過去やトラウマであり、目の前のワニを倒して自分がついに最強の捕食者となることが、トラウマの克服や自信の回復、更には親子の絆を取り戻すことにも繋がるという、実によく練り上げられた脚本であることが分かってくるのだ。
しかも、ヘイリーと父親が最終的に地下室からたどり着いた場所を見れば、単なるワニと対決するパニックホラー映画に見えたこの映画に隠された、本当のテーマが見えてくるはず。
彼らの明るい未来と、家族の再生を象徴するそのシーンは、是非劇場で!
最後に
ストーリーや設定からは、以前日本でも公開されたサメ映画『パニック・マーケット3D』を思い起こさせる、この『クロール ―凶暴領域―』。
予告編やポスターの印象からは、巨大ハリケーンで浸水した家の中で、ヒロインと巨大なワニが対決する映画、そんな予想で鑑賞に臨んだ本作だが、その予想はいい意味で覆されることになった。
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何しろ開始10分でワニが登場する上に、そこから主人公のヘイリーと父親に次々と襲いかかる危機や、絶望的な状況からの脱出ミッションの連続という大サービスぶりに、ラストまで全く退屈する暇が無かったからだ。
もちろん、巨大なワニの暴れっぷりやアクションも見どころなのだが、ハリケーンの直撃する町に主人公が向かわなければいけない理由や、地下室脱出までのタイムリミットの設定、更に地下室から動けない理由など、一見モンスターが暴れまわる映画と見せて、実は脚本が細部まで丁寧に描きこまれている点も、本作がこれほど面白い内容に仕上がった大きな要因と言えるだろう。
ワニ対女性のガチンコ勝負という設定に、果たしてどう説得力を持たせて観客を納得させるのか? この高いハードルを見事に越えてみせた本作の脚本の裏側には、豊かなドラマ性がちゃんと盛り込まれており、その努力と工夫が、映画の開始からラストまで一気に観られて満足度が高いという、観客からの高評価にも繋がっているのだ。
実際、上映時間も近年の作品には珍しい87分という短さなのだが、その中に人間ドラマやホラー、更にサスペンスやアクションなど、様々な映画の要素をぶち込みながら、ちゃんと父親と娘の和解や家族の再生、そして過去のトラウマや水泳選手としての壁を乗り越えるまでが描かれるという、正に映画の面白さが詰まった作品に仕上がっている、この『クロール ―凶暴領域―』。
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ただ、鑑賞後に冷静になって思い返してみると、選手生命や命が危ういほどの怪我を負わされているヘイリーと父親の超人的な活躍が気になるのだが、前述したような怒涛の展開により、鑑賞中はほとんどそんなことを考える暇がないのも事実。
アジャ監督本人がインタビューで答えた、「映画館を出るとき"スゲー面白かった"って言ってもらえるような映画さ」との言葉がそのまま当てはまるエンタメ映画の傑作なので、細かいことは気にせず劇場の大スクリーンで楽しむのが、オススメです!
(文:滝口アキラ)
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