映画コラム

REGULAR

2019年11月09日

『ひとよ』は、佐藤健、鈴木亮平、松岡茉優、田中裕子らが織り成す反骨の人間ドラマ

『ひとよ』は、佐藤健、鈴木亮平、松岡茉優、田中裕子らが織り成す反骨の人間ドラマ



 (c)2019「ひとよ」製作委員会



これまでにも数本紹介してきましたが、2019年の秋の日本映画は『楽園』『閉鎖病棟』など重量級の人間ドラマが目白押しで、たまにはノーテンキなものも見たいかなとも思いつつ、それでもやはり見逃し厳禁と訴えざるを得ない秀逸な作品群がラインナップされています。

今回ご紹介する『ひとよ』もその流れに沿った人間ドラマですが、佐藤健、鈴木亮平、松岡茉優など人気若手実力派から田中裕子らベテランに至る豪華俳優陣の競演が大きな魅力にも成り得ている秀作でもあります……

《キネマニア共和国~レインボー通りの映画街417》

秋も深まっていく中、やはりこういった作品に触れながら、人と家族について考えてみるのはいかがでしょうか?

父を殺めた母と子どもたち
15年ぶりの再会


映画『人よ』は、とある地方の土砂降りの夜から始まります。

タクシー会社を営む稲村家の母こはる(田中裕子)は、家族に暴力をふるい続ける夫を殺害し、「15年経ったら戻ってくる」と子どもたちに言い残し、そのまま自首しました。

残された3人の子どもたちは激しい誹謗中傷を受けつつも、およそ15年にわたる長い時の流れは事件のことを世間から忘れさせます。

しかし当の子どもたちは、成長してもどこかあの事件が起きた日から時が止まってしまったかのような想いを払拭しきれないまま、日常に忙殺されています。

長男の大樹(鈴木亮平)は地元の電気店の娘(MEGUMI)と結婚して専務として在中しつつ、今は離婚の危機に瀕しています。

次男・雄二(佐藤健)は小説家になる夢を抱いて上京したものの、現状は大衆雑誌のフリーライターとして鳴かず飛ばずの日々を過ごしています。

長女の園子(松岡茉優)は地元の寂れたスナックで働いていますが、毎日が二日酔いとでもいった日々。

タクシー会社そのものはこはるの甥(音尾琢真)が経営を引き継いで、社名変更の上で堅調に稼働中。ちょうど新たなドライバー堂下(佐々木蔵之介)が入社してきたばかり。

そんなある日、刑期を終えるも消息不明となっていた母こはるが、約束通りに戻ってきました。

過去を振り切ろうとしてもなかなか振り切れずにいる子どもたちは、突然の母との再会に戸惑いつつ、再び世間のいやがらせなどが始まっていく中、家族で集うのですが……。



一筋縄ではいかない
エンタメ問題作


“人よ”とも“一夜(これはちょっとした劇中のキーワード)”とも捉えられるタイトルの映画『ひとよ』は、劇作家・桑原裕子が率いる劇団KAKUTAが2011年に初演した同名舞台の映画化。

子どもたちのために罪を犯した母、しかしそのために苦悩の人生を送る羽目になった子どもたち、家族それぞれの想いを激しくも繊細に描出していくヒューマン・ホーム・ドラマです。

見どころとしては何といっても3人の兄妹と母との確執をスリリングに魅せる俳優たちの演技合戦。

吃音症で内向的な長男=鈴木亮平、どこか斜に構えてやさぐれがちな次男=佐藤健はなかなか母に対して素直になれず、対して同性ゆえか唯一心を開く長女=松岡茉優と、若手実力派俳優がいずれも好演していますが、さらにはそこにいるだけで場の空気を変えてしまうベテラン田中裕子の存在感が究極的なまでに秀逸で、もうこれだけで入場料金の元がとれるどころか、心におつりがくるほどです。

監督の白石和彌は東映実録映画の復権をめざした『孤狼の血』(18)など一筋縄ではいかない問題作をエンタテインメント仕様で世に送り出すことに長けた才人で、今年も既に東京オリンピックが中止となった未来にタイムスリップしてきた戦後昭和のギャンブラーのアバンギャルドな彷徨を描いた斎藤工主演の『麻雀放浪記2020』に、人生につまづいた男が再起を図るも、やがて取り返しのつかない事態に直面していく香取慎吾主演『凪待ち』と、人間の心の光と影を見据えた秀作を連打。

またアナーキーな名匠・若松孝二監督に師事していたこともあって、先ごろも川崎市のしんゆり映画祭における『主戦場』上映中止に抗議して、自作『止められるか、俺たちを』(18)の同映画祭出品を取り止めるなど(これらの活動が実を結んで『主戦場』上映中止は撤回)、一貫して反骨の姿勢を示し続ける俊英です。

そして今回の『ひとよ』は白石監督ならではの「地方と家族(疑似的なものも含む)」といった日本の風土と照らし合わせた問題提起の中に「心の再生」などという、言葉にすれば一言ですませられる事象を真に果たすことの困難さと、それゆえのもがきや苦しみを否定することなく、気が付くとみずみずしい人間讃歌を奏で上げていきます。

人気実力派キャストに惹かれ、ミーハー感覚で劇場に足を運ぶのも大いに結構。鑑賞後はふと自分らの家族や人間について想いを巡らすこと必至の作品であると断言しておきます。

(文:増當竜也)

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