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映画コラム

REGULAR

2020年12月31日

『Swallow スワロウ』敬遠しないで観てほしい「5つ」の理由|「異食症」を描いた意味とは

『Swallow スワロウ』敬遠しないで観てほしい「5つ」の理由|「異食症」を描いた意味とは



1月1日より、映画『Swallow スワロウ』が公開されます。

本作がモチーフにしているのは、栄養価のないもの、例えば土やチョークなどを無性に飲み込むか、食べたくなるという「異食症」です。初めに申し上げておくと、劇中で主人公が飲み込むものは当初こそ氷やガラス玉だったものの、その後は画鋲や電池といった、命の危険が及ぶものにまでエスカレートしていくのです。

それだけを聞くと、ただショッキングで露悪的な内容と思われるかもしれませんが、実際の本編は異食症を持つ方だけに限らない、生きづらさを抱えている女性の悩みに寄り添っている、優れたドラマが紡がれた、万人が共感できる内容になっていました。さらなる作品の魅力を、以下に紹介していきましょう。

1:「異食症」になる理由がじっくりと提示されていく

あらすじ
主人公のハンターは、表向きには完璧な男性と結婚し、美しいニューヨーク郊外の邸宅に住むという、誰もがうらやむ暮らしを手に入れていた。だが、実際の彼女は夫や義父母からの心からの理解を得られず、妊娠が発覚してからはさらに孤独で息苦しい日々を過ごしていた。ある時、なぜかガラス玉を飲み込みたいという衝動にかられたハンターは、実際に飲み込んで痛みととも充足感と快楽を得てしまう。



物語の序盤では、豪華な邸宅に暮らす主人公の孤独を丹念に描写していきます。例えば、「夕食を作った後はずっとスマホのパズルゲームをしている」や、「食事中に夫が(断りは入れているものの)スマホでメールの返信をしていて話を聞いていない」や、「食事中に振られた、ただでさえ気の進まない話題を義父に遮られる」など、それぞれが“ほんの些細なこと”として描写されていくのです。

だが、そうしたほんの些細なことの積み重ねが、彼女が異食症になったきっかけである、というのは明白です。もちろん「ガラス玉を飲み込むことで充足感と快楽を得る」ということそのものは理解や共感がしにくいものですが、”そうなる”だけの理由はしっかり提示されているのです。

その説得力を格段に増すことに成功したのは、主演のヘイリー・ベネットの卓越した演技の賜物です。『マグニフィセント・セブン』や『ハードコア』などで短い出演シーンであっても忘れられない存在感を見せた彼女は、今回は完全に精神のバランスを崩してしまった女性にしか見えません。それと同時に「芯の強さ」を感じさせるというのも、ヘイリー・ベネット自身の魅力によるものでしょう。

2:「観客の拒絶反応」も重要かもしれない




“そうなる(異食症になる)”だけの理由はしっかり提示されている、と前述しましたが、それにしたって画鋲や電池まで飲み込もうとするのは、スクリーンから目を背けてしまうほどに痛々しく異常に見えてしまった、というのが正直なところです。ですが、本作はそうした「観客の拒絶反応」も、むしろ作劇には重要であったようにも思えるのです。

何しろ、物語の後半では「彼女はなぜ画鋲や電池まで飲み込むほどの異食症になったのか?」ということさえも、さらなる過酷な事実の提示をもって明かされることになります。前述した孤独な生活の積み重ね以上に、そのことが彼女の精神を長年に渡って蝕んでいたと、(納得とはまではいかなくても)十分に理解できるようになっているのです。

つまり、その過酷な事実が提示されてからは、それ以前の目を背けてしまうほどに拒絶反応をしてしまった異食症さえも、遡って「そうなってしまうのも仕方がないのかもしれない」とも思えるのです。ともすれば、本作は現実の私たちが「異常な言動をしていたり、精神疾患を患っている方を、腫れ物のように扱ったり、または理解できないものとして最初から拒絶していないだろうか」という、“戒め”の物語としても読み取れるのです。

事実、監督のカーロ・ミラベラ=デイヴィスは、自身の祖母が強迫性障害により手洗いを繰り返すようになったという出来事から、本作の物語を生み出したそうです。この映画『Swallow スワロウ』で語られていたことは、特異なことのようでいて、決して珍しいことではありません。自身が精神の病にかかることはもちろん、親しい誰かがそうなってしまうということは、誰にでも起こり得ることなのですから。

3:倦怠期夫婦の「落とし穴」



本作は、倦怠期を迎えた夫婦の「落とし穴」をリアルに描いた物語としても読み取れます(この映画の夫婦にラブラブの頃があったのか、そもそも疑わしくもありますが……)。

夫はハンサムで表向きは妻には優しく接しているように見えるも、そこかしこに妻の気持ちを思いやっていない、それどころかイライラを募らせているように見え、そこには「いつかは妻に激昂してしまいそう」な怖さもあるのです。序盤にある、「ネクタイに勝手にアイロンをかけた」というだけのシーンから、すでにゾッとしてしまう一触即発の空気がありました。そんな夫が、お腹の子どもも殺しかねない妻の異食症を知ったとしたら……結果は火を見るより明らかでしょう。

さらに劇中では、主人公に向かって義母がこう言うシーンがあります。「今まででいちばん役に立った助言は、“できるフリ”をしろということよ」と。そして「あなたは幸せ?」とも問うのです。ここから、主人公は表向きには「幸せであるフリをしている」、理想的な妻と夫の関係を無理をして“演じている”ということが如実に示され、そこにもまた戦慄してしまうのです。

なお、タイトルになっている「Swallow」には、「飲み込む」という以外にも、「(話を)鵜呑みにする」や「(侮辱などに)耐える」や「無条件で納得して受け入れる」といった意味があるそうです。たった1つの単語で、何重にも主人公の心情や言動を表した、見事なタイトルと言って良いでしょう。

4:「ある場所」を延々と映し出していくエンドロール



本作の終盤からは予想もしない方向に物語が転がっていき、主人公はあることへの“決着”をつけることになります。もちろんネタバレになるので具体的な内容は書けませんが、異食症というそれ自体は限定的なモチーフから始まったこの物語に、抑圧的な環境にいる女性に限っていない、全ての悩みを持つ人に響く、見事な着地点が用意されていることにも大きな感動があったのです。

さらに重要なことに、「エンドロールでずっと映し出されている場所」があります。これもまたネタバレになるので具体的には書けませんが、本作が異食症を、女性を、「“できるフリ”をしている苦しさ」を描いた物語であることを踏まえれば、「この場所」を最後に映し出すことには、きっと大いに納得ができるでしょう。

5:2020年の映画『透明人間』に似ている理由

この『Swallow スワロウ』は、2020年に公開された『透明人間』との共通点も非常に多い作品でもありました。


(C)2020 Universal Pictures

その『透明人間』の秀逸なところは、DVをしていた夫から逃れた妻の「いつまた暴力を振るわれるかわからない」という恐怖心や精神的なトラウマを、「どこにいるのかわからない」という透明人間の特性を通じて描いていることにもありました。それでいて、ハラハラドキドキできる万人向けのホラー映画としても、存分に楽しめる内容になっていました。

同様に、『Swallow スワロウ』も、自分のことを理解してくれない夫との生活を“幸せなフリ”で乗り切ろうとしていたからこその精神のバランスの崩壊を、(画鋲や電池まで飲み込んでしまう異食症という)ショッキングなモチーフを通じて描いているのです。序盤から孤独な妻の丹念に心情を追っているので、こちらも実は万人が共感できる内容になっていました。

こうした別のモチーフや視点から、夫に抑圧されてきた、理解をされずにいた女性の悩みを描くという『Swallow スワロウ』と『透明人間』は、ショッキングなモチーフや、ホラーという人を選びそうなジャンルだけで敬遠してほしくはない、やはり高い志がある映画なのです。

その他に『Swallow スワロウ』と似ている映画を挙げるのであれば、やはり倦怠期の夫婦の関係が崩れていく様を描く様が、もはやホラーのように恐ろしい『レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで』や『ブルー・バレンタイン』や『マリッジ・ストーリー』(Netflixオリジナル映画)になるでしょう。精神の病に対する配慮だけでなく、結婚前の“戒め”の物語としても、この『Swallow スワロウ』をおすすめします。

(文:ヒナタカ)

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