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ポケモンを通して「存在意義」を考えた

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「私は記憶にないこの世界をいつも夢見ていた」

存在意義について考える。なぜ生きているのか。なんの目的で生まれたのか。生きていると、時として自分の存在意義がわからなくなる時があります。

果たして、この問題に答えなどあるのでしょうか。実は大人気アニメ『ポケモン』の映画に「自己存在」という重いテーマを扱っている作品があります。

『劇場版 ポケットモンスター ミュウツーの逆襲』



この映画の主人公である「ミュウツー」は自己存在について本気で考え、悩んだポケモンです。今作は普段の明るく元気なポケモンのイメージとは違う雰囲気で物語が進んでいき、その内容にショックを受けた方もいるほどです。

しかしミュウツーに感情移入することで、作品が伝えたい本当のメッセージを読み解くことができます。

この記事では作品をより楽しむために、自己存在を問いながら苦悩するミュウツーの気持ちを深掘りしていきます。

将来への不安を拭えない、今を悩んでいる方にこそ向き合ってほしいと願います。

あらすじ

『劇場版 ポケットモンスター ミュウツーの逆襲』は1998年に公開された、ポケモンとして初めての映画です。日本で大ヒットしたのはもちろんアメリカでも大ヒットしました。

「最強のポケモンを作りたい」無責任な人間のエゴによって、伝説のポケモン「ミュウ」の遺伝子を使い、作られたコピーポケモン「ミュウツー」

「何のために作った?」

「誰が生めと頼んだ!」

身勝手な理由で自身を生んだ人間に「逆襲」しようと考えたミュウツーは、「最強のポケモントレーナー」としてコピーポケモンを従えます。オリジナルよりコピーの方が強いことで存在意義を示そうとするミュウツーですが…。

「私は私を生んだ全てを恨む。だからこれは攻撃でも宣戦布告でもなく、私を生んだお前達への、逆襲だ!!」

「私は何の為に生まれたんだ!!!」

生きている理由を探す。
向かい合う度に傷が増えていく。

人工的に作られたミュウツーは他のポケモンと違う生まれ方をしています。親もいなければ子どもの頃の記憶もありません。誰からの愛情も注がれることがなかったミュウツーは、信じる相手、頼る対象がいないのです。その苦悩は計り知れません。

「誰が私を生めと頼んだ?」

ミュウツーがこう思うのは当然です。人間の勝手なエゴで生まれ、ミュウツーには否定する権利すらなかったのです。生まれた瞬間から、栄光も破滅もありません。

生まれただけで不正解なのか。そんな人生はまるで空気のようだ。楽しいことも、涙も、まるで全てが嘘みたい。存在意義がわからなければ、左胸の塊が崩れて壊れてしまう。

この世は恐ろしいくらいに残酷。誰にも言えない弱さだけが、強さを取り繕っている。哀しみすらも強さにすれば、生きていることを認められる。身勝手な人間の罪が私を責める。どんな過ちも受け入れる必要があるのか。

辛い過去を上書きするように、毎日を紡いで必死に生きる。焦る呼吸で深い深い傷を抉りながら。気づかないように、気にしないように、自分を騙しながら生きている。

「私は誰だ!!!」


『ミュウツーの逆襲』の脚本家である首藤剛志は言いました。


「自己存在の問題は誰しもが経験したことがあり、それぞれが自分で答えを見つけるもの」


「最強のポケモン」として人工的に作られ、ポケモンとして親がいないミュウツーは存在意義を見つけることができませんでした。そこでオリジナルよりコピーの方が強いことで自己存在の証にしようとしました。

「一度は人間とやろうとも思った。だが私は失望した。人間はポケモンにも劣る最低の生き物だ。人間のように、酷くて弱い生き物が支配していたら、この星はダメになる!」

一度は人間に寄り添おうとしたミュウツーでしたが、身勝手な扱いをうけ、さらに人間への不信感が募りました。

「お前は人間に作られたポケモンだ」

この言葉の積み重ねは確実にミュウツーのコンプレックスとなり、心を蝕んでいきました。そして最強への執着をさらに加速させていくのです。

乾いた心を潤してくれる人はいない。考えると、苦しくて悲しくて仕方がない。生まれてしまったのは誰のせいなのか。余計なものを背負い込む苦悩。なにも信じられない孤独。俯いて嘆きたくなる。

「私に何の価値がある!!」


「私は人間に作られた。だが人間でもない。作られたポケモンである私は、ポケモンですらない!!!」

いくら考えても強さ以外の存在意義を見つけることができないミュウツー。「私に何の価値がある?」心が黒く染まり歪んでしまって、考えれば考えるほど嫌気が差します。

「強いのはこの私だ!!」

「生き残るのは私だけだ!!!」

果たして生きるとはなんなのでしょう。ミュウツーはミュウツーです。他人が存在意義を固定することは不可能なはずです。「最強のポケモン」勝手なエゴを押し付けることは、とても愚かな行為です。

絶望と生きていくことは、とても悲しいことです。本物のミュウツーらしさを見つけてほしい。自分らしさを見つけることは、オリジナルもコピーも関係ないはずなのです。そしてポケモンも人間もそれぞれが、かけがえのない命なのです。

「ミュウツーはポケモンと呼べるのか」


作品の中ではオリジナルとコピーが自己存在を確かめ合うように戦います。同じポケモンが殴り合う姿は、自分を責め、自分を傷つけているようです。まるで今の自分と昔の自分が葛藤するように。それは見方を変えれば、自分探しをしているようにも思えます。戦い続ける者、戦わない者、反撃しない者。

果たして、そこまでして存在意義を見つけることが重要なことなのでしょうか。命には、意味も、価値も、そんな概念は存在しないはずなのです。なぜなら、誰の命も大切で尊いはずなのですから。

最後のシーンではオリジナルもコピーも涙を流します。その姿を見れば生き物は全て、尊いものだと確信します。そこにはオリジナルもコピーもありません。あるのはかけがえのない命だけです。

みんな生きている。作られたといっても、この世に生きている生き物。勝ち負けがあるわけがない。涙を流すほど、本気で生きている。

生きてるって、きっと楽しいこと。

終わりに

満月が綺麗だ。
朝になれば日が昇る。

もしも今のあなたが生きる意味や希望を見失っているのであれば『ミュウツーの逆襲』を観てください。そこには本気で悩むミュウツーがいて、ポケモン同士が涙を流しながら戦い、本気で生きている命が宿っています。


「存在意義」


もはや子ども向けと言えないほどの深いテーマを扱っている今作。大人気アニメを通じて、ここまで深く存在意義に触れた作品はなかなかありません。人にはそれぞれの事情があり、受け入れがたい事実やどうしようもない環境、決して拭えない憎しみを抱えながら、時には諦めてしまいそうになることもあります。しかし諦めないでください。

ミュウツーがなぜ最後に闘いをやめたのか。その理由を考えることによって、より深く作品を楽しむことができます。どうか人それぞれの答えを見つけ出してみてください。

お日様。わたしたちを明るく、暖かくしてくれる。

風。時には優しく、時には激しく励ましてくれる。

夕焼け空。明日もまた会おうねって言ってくれる。

お星様とお月様。真っ暗な夜が寂しくないように。みんな1人じゃないんだよって。

涙。生き物は体が痛い時以外は涙を流さないって。悲しみで涙を流すのは人間だけだって。

なんで私たちは世の中にいるんでしょう。

さぁ。いるんだからいるんでしょうね。

(文:ゆくん)

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