映画コラム

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2021年03月12日

イタリアン・ホラー映画に敬意を表した『バーバリアン怪奇映画特殊音響効果製作所』

イタリアン・ホラー映画に敬意を表した『バーバリアン怪奇映画特殊音響効果製作所』



イタリアのホラー映画といえば、ダリオ・アルジェントやマリオ・バーヴァ、ルチオ・フルチらの監督たちによる残虐性極まるタッチの作品のイメージが濃厚です。

そんなイタリアン・ホラー映画の音響スタッフに、もしあなたが雇われたとしたら?

本作『バーバリアン怪奇映画特殊音響効果製作所』は、映画制作という非日常的な環境下に身を置きつつ、精神的に疲弊し、次第に己の狂気に目覚めていく不安におののく音響技師の姿を描いた作品です。

ホラー映画の音に毒されていく
英国人音響技師の心理的不安

1976年、イギリス人の音響技師ギルデロイ(トビー・ジョーンズ)は、ホラー映画の巨匠サンティーニ監督(アントニオ・マンチーノ)に雇われて、低予算のホラー映画ばかりを扱うイタリアの音響スタジオ、バーバリアン・サウンド・スタジオに赴任してきました。

ただでさえ不慣れな異国の地を訪れて心もとないギルテロイ。

しかもここにいるのは高慢な女優や妖しい技師、お役所的な仕事しかしない事務員たちで。彼はすっかり困惑してしまいます。

さらには毎日のように「絶叫」や「斬る」「刺す」などの残虐なシーンを見せられては、音作りのために野菜を切り続けることになっていくギルデロイ。

実は彼、ホラー映画を担当するのは初めてのことなのでした。

やがて彼は自身の奥に潜む残虐性に目覚めていき、そんな己におののいていくようになっていくのですが……。



音響を構築しながら紡がれる
心理的恐怖の数々

本作は、いわゆるホラー映画というよりも、ホラー映画制作を通して自分自身の闇と対峙せざるを得なくなる人間の不安を描いた心理ドラマとして見据えるべき作品でしょう。

(劇中でも「これはホラー映画ではない。サンティーニ監督作品だ」という、実に象徴的な台詞が出てきます)

特に音響をモチーフにしながら、音がもたらす暴力の数々に本作は非常に意識的であるとともに、悪魔のように繊細でもあります。

それはホラー映画に必須な悲鳴やら不快な音のみならず、主人公が発する英語と周囲が発するイタリア語の違いにも顕れているように思えてなりません。

主演を務めるトビー・ジョーンズの神経質なジェントルマン風情と、対するイタリア人たちの陽気な風情の相違。

かと思うと妙にクールで不気味に映えるキャラクターも意図的に登場してくるので、ますます目も耳も離せなくなっていきます。

一方で本作はイタリアン・ホラー映画そのものへのオマージュに満ち溢れた作品でもあります。

舞台となる1976年といえば、ダリオ・アルジェント監督の魔女三部作の第1弾たる名作『サスペリア』が作られた年。

そして本作も、主人公は魔女をモチーフにした映画の音響に従事します。

映画の全体的なテイストそのものも、当時のイタリアン・ホラーに顕著であった幽玄な色合いを醸し出しつつ、アップを多用したり、タイトルクレジットの見せ方など、イタリア娯楽映画好きをニンマリさせてくれる要素がいっぱい。

野菜を主体とした食材を用いながらホラー映画の音を構築していく作業も、そもそも食材も命あるものだったことに気づきさえすれば、本作の訴えているものがおのずと見えてくるのではないでしょうか。

あからさまなショック・シーンを期待すると、肩透かしを食らうかもしれません。

しかし、それ以上の心理的恐怖を体感することは大いに可能でしょう。
 
(文:増當竜也)

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