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映画コラム

REGULAR

2021年09月23日

映画『空白』古田新太と松坂桃李が限界突破した、胃がちぎれそうな大傑作になった理由

映画『空白』古田新太と松坂桃李が限界突破した、胃がちぎれそうな大傑作になった理由


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2021年9月23日(祝・木)より映画『空白』が公開される。

本作は『さんかく』(10)や『BLUE』(21)など映画ファンから絶大な支持を得る作品を続々と世に送り出す吉田恵輔監督の最新作。そして『由宇子の天秤』に続いて良い意味で生き地獄のような内容に翻弄される、胃がちぎれそうな映画体験ができる最高傑作だった。

古田新太と松坂桃李を筆頭に、その魅力を記していこう。

本作のあらすじは「スーパーの店長が追いかけた、万引き未遂をした(と思われる)女子中学生が車に轢かれて死亡し、その父親が真相を突き止めるため制御不能なモンスターと化す」というもの。その発端だけですでに最悪だが、その後にもさらなる最悪な出来事がつるべ打ちのように起きるのである。

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とにかく、このモンスター父親を演じた古田新太がイヤすぎて本気でキツい(超褒めている)。娘を突然亡くしたことはもちろん同情すべきだが、直接の加害者であるスーパーの店長や車で轢いてしまった女性に限らず、周りに敵意を剥き出しにしていき、罵声を浴びせまくるのだから。

その過程で彼は「娘のことをほとんど何も知らなかった」ことも思い知らされ、「自分にも問題がある」と気づいているはずなのに、その思考に蓋をしてただただ周囲に排他的な行動に身を任せているように見える。古田新太というその人が持つ破天荒な印象が、全て負の方向に限界突破したかのようなハマり役で、観た後は「本当にこういう人なんだろう」と思ってしまうほどだった。いや、こんな役を全身全霊で演じ切れるので、相対的にご本人はきっと良い人なのだろう。

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その対比となる、「平均的な小市民」を演じた松坂桃李も凄まじい。善良な役からクズな役まで幅広くこなす彼が、今回はとことん「受け身」で主体性のない、どこにでもいそうな青年となっている。だからでこそ、彼が善であるか悪であるかの単純なジャッジができないし、信用もできない、主人公の1人でありながら観客を惑わすキャラクターとなっている。

同時に、古田新太というモンスターからの精神的な攻撃を受け続け、それ以外でも地獄の底まで追い詰められる事態が続きまくるので心から同情してしまうし、演じている松坂桃李というその人のメンタルを心配してしまうほどにしんどかった。もちろん演技力も神がかりで、特に後半の「弁当」のくだりは「人間という生き物の底の底」を見せられるので、「やめてくれ!こんな松坂桃李をもうこれ以上見せないでくれ!」と願ってしまった(超褒めている)。

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この「人間の恥ずかしいところやイヤなところをじっくりねっとりと見せる」ことは吉田監督の作家性でもあり、良い意味で本当にドSな方だと思う。だからこそ、吉田監督の作品は強く心を揺さぶるのだろう。

脇を固めるキャスティングも完璧だ。「善意の押し付けおばさん」と化した寺島しのぶ、「チャラいようで理解者にもなりそうな青年」となった藤原季節、生前の女子中学生に対し「体面上だけでも先生らしく接していた」趣里、冒頭で亡くなるがゆえに「面影」が脳裏にこびりつくような存在感がある伊東蒼、比較的登場シーンが少なくても絶大なインパクトを残す片岡礼子、親しみやすいようで人生に疲れたような印象がある田畑智子など、それぞれがキャリア最高クラスの熱演だ。それぞれが「こういう人いるいる」と思わせると同時に、ステレオタイプにもなっていない、極めて豊かな人間性を感じるキャラクターにもなっていた。

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なお、物語のモチーフとなったのは、かつて古書店で万引きを通報された中学生が、逃走中に死亡した実際の事故だ。非難を受けたこの店は、やがて閉店したという。

この事件が吉田監督の中ではずっと心にひっかかっていて、「誰にとっても不幸しかない結末に救いのなさを感じてやるせなかった」「一体何が彼らにとって救いになるのかを、物語にしてみようと思った」ことなどから、この映画を作ることを決意したという。物語そのものはフィクションで、極端な描写があったとしても、リアリズムも存分に感じられるのは、それが実話を参照した「本当にあり得ること」だからだろう。

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映画を観た後は、『空白』というタイトルも非常に示唆に富むものだ。それは女子中学生が万引き未遂をして店の裏に連れて行かれた時の「空白の時間」であるとストレートに解釈もできるし、この残酷な世界で生きる人々の「空虚な心」を指しているようでもある。

また、本作の英題は『intolerance(不寛容)』となっている。劇中の生き地獄が現出した理由は「他者を受け入れずに排他的になる」という、それ自体は「よくあること」でもある。だからこそ、その不寛容による悲劇は、誰にとっても他人事ではないとも思わせる。

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だが、この世に偏在する空白と不寛容を描きながらも「だからこそ」の希望も描かれている。劇中では誰もが被害者であり、加害者である。それを認めることができ、残酷な世界にもあるかもしれない救いに触れた時、人は大きく成長し、そして生きることができるのではないか。

ちなみに、本作は2020年3月〜4月に撮影が行われており、もしクランクインが1週間遅れていたら、新型コロナウイルスの影響のために撮り切ることができなかったのだという。図らずも、その後のコロナ禍に突入した世界では、他者への不寛容はさらに深刻な問題になっているし、この物語はより多くの人に響くのではないか

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伏線に次ぐ伏線の回収をして観客を惑わしまくる超絶技巧の脚本と、絶妙な編集と演出、世武裕子による音楽、そして俳優たちの一世一代の熱演。それぞれがこれ以上はないほどのクオリティであり、何より生き地獄エンターテインメントとして圧倒的に面白い。そして、世界を少しでもより良くするヒントがもらえる本作は、間違いなく大傑作だ。

(文:ヒナタカ)

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