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『Bittersand』レビュー:「傷つけたこと」を忘れた人と「傷つけられたこと」を忘れられない人のための映画


■増當竜也連載「ニューシネマ・アナリティクス」SHORT

人は往々にして誰かを「傷つけた」ことはすぐに忘れてしまいますが、「傷つけられた」側はそのことをいつまでも忘れられないものです。

イジメも含めて、こうした「傷つけ」「傷つけられ」の問題提起を促す作品が最近よく見受けられるのは、長引く時代の閉塞感やそれに伴うストレスなどによって、かつてはそれを恥ずかしいなどと思い込んで必死に隠そうとしていたものが、もはや抑えきれないままに噴出してしまっているのかもしれません。



本作も高校3年のクラス内で起きた事件の真相を7年の月日を経て見出そうとする「傷つけられた者」と「傷つけた者」同士の関係性を描いていきます。

正直、最初のほうはなぜこういった描写を入れているのか疑問に思う箇所もありましたが、後半は一気にミステリ的な情緒が高まっていくことによって、前半部で撒かれていたさまざまな種から実っていく意外な事象の数々が巧い具合に収穫されていきます。

また劇中、登場人物のひとりが「若気の至り」という言葉を発しますが、これこそ本作のキーワードとして捉えていくと、非常に本質がわかりやすく見えてくるような気もしてなりません。

それは傷つける側の配慮のなさを象徴しているのと同時に、今回が長編映画デビューとなる杉岡知哉監督の、まだまだ決してこなれきれてはいないものの若手新人としての真摯さは瑞々しく伝わってくる脚本と演出の意欲をも、図らずも伝え得ているように思えてなりませんでした。



その伝では今回の「傷つけられた側」「傷つけた側」の双方の若手キャスト陣も総じて好演していますが、やはり本作のモチーフを身近なものとして大いに共鳴しながら演じたことの結果でもあったのでしょう。

中でも一度も映画を撮ったことのない自称「映画監督」を演じた萩原利久のキャラクターはなかなかユニークで、着ているTシャツの柄やら部屋の中に古い「映画宝庫」が置いてあったりと、さりげなくも心憎い配慮がなされていたのは嬉しい限り。

タイトル“bittersand”の意味も劇中で明かされますが、それも微笑ましいものがありました。

なお、エンドタイトルの後もドラマは続きますので、絶対に席を途中で立たないように!

(実はここが一番肝心だったりもしていたりして……)

(文:増當竜也)

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