映画コラム

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2021年10月11日

デヴィッド・ボウイというロック・スターを扱った異色の音楽映画『スターダスト』の不思議な魅力

デヴィッド・ボウイというロック・スターを扱った異色の音楽映画『スターダスト』の不思議な魅力



ここ20年ほどの音楽映画はかなり豊作で、史実を基にした物語、ドキュメンタリー、フィクション問わず良質な作品が数多く制作され続けている。

思いついたままざっと挙げてみるだけでも、チェス・レコードを舞台とした『キャデラック・レコード 音楽でアメリカを変えた人々の物語(08)、ブライアン・ウィルソンの半生を描く『ラブ&マーシー 終わらないメロディー(14)』、ミシェル・ペトルチアーニの『情熱のピアニズム(11)』、バックシンガーを取り扱った『バックコーラスの歌姫たち(13)』、ジョン・カーニーの『はじまりのうた(13)』『シング・ストリート 未来へのうた(16)』、エドガー・ライトの『ベイビー・ドライバー(17)』などなど、キリがないのでこれくらいにしておくが、とにかく山程あり、いずれも素晴らしい。

直近であれば『ボヘミアン・ラプソディ(18)』がスマッシュヒットしたし、翌年には『ロケットマン(19)』も公開された。

上記2作は、いわゆる「史実を基にした」伝記映画であり『スターダスト』もまた「事実にほぼ基づく物語」といったクレジットが入っている。



本作は、デヴィッド・ボウイが1970年にリリース(米国で先行リリース、英国では1971年)した『世界を売った男』を引っさげ、アメリカでプロモーション活動をしている時期から、『ジギー・スターダスト』のリリースまでを描く。

舞台となる時期の前後について少々補足しておきたい。ボウイは「ディヴィー・ジョーンズ・アンド・ザ・キング・ビーズ」や「ザ・マニッシュ・ボーイズ」などの名義を経てデヴィッド・ボウイに改名し、1967年にファーストアルバム『デヴィッド・ボウイ』をリリースする。



この頃、彼は舞踏家・俳優のリンゼイ・ケンプと出会い、ダンスクラスに通ってマイムなどを学び、この経験が後の「トム少佐」や「シン・ホワイト・デューク」、そして「ジギー・スターダスト」などのペルソナ制作に活かされることとなる。ボウイのマイムは劇中でも反復されるので、このあたりの背景は覚えておいて損はない。

1969年には『スペイス・オディティ』をリリースし、シングルカットされた表題曲は全英・米ともにチャート上位まで昇りつめた。



翌年、『世界を売った男』を発表し、1971年に『ハンキー・ドリー』をリリース。そして1972年に『ジギー・スターダスト』をドロップした。ボウイが作り出したロック・スター(ペルソナ)は次作『アラジン・セイン』にも引き継がれることとなる。

上述したとおり、本作は『世界を売った男』から『ジギー・スターダスト』のリリースまで、正確にはボウイが「ジギー・スターダスト」というペルソナを世に発表するまでを描いている。彼は『世界を売った男』のプロモーションでアメリカを訪れるが、『スペイス・オディティ』がヒットを記録したものの、歓待されることはなく、マーキュリー・レコードの宣伝担当、ロン・オバーマンと各地をドサ周りする羽目になる。



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