
「実話をもとにした」映画は、毎年のように公開されています。「事実は小説より奇なり」と言いますが、やはり実際に起こったことだと思うと、純粋なフィクションよりも興味を惹かれますね。
しかし、実話や事実から作られた映画は、そもそもどの程度事実に即しているのかが気になる人は多いと思います。劇映画として再構成する以上、全てが事実なわけではありません。感動した後、実はあれは嘘だったと言われて、何か騙されたような気分になる人もいるかもしれません。実際、その分野の専門家による指摘を見かけてがっかりした経験がある人も多いのではないかと思います。
実際、事実をもとに作った映画でも、それぞれ「事実の度合い」は異なります。では、その事実の度合いを見分ける方法はないのでしょうか。
アメリカ映画の4つの表記パターン

アメリカ映画で、「Based on a true story」と表記されているものを見かけたことのある人がいると思います。日本語訳は「真実の物語をもとにした」となりますが、要するに実話を映画化したものだということですね。
しかし、それとよく似た、別パターンの表記を見かけることもあります。「Inspired by a true srory」とか、「Based on true events」とか。どれも大体、trueとかactualとか事実や真実を意味する単語が多く使われます。
これらの微妙な表記の違いは、何を意味しているでしょうか。
この表記の差は、端的に事実の度合いによって使い分けられています。アメリカ映画でよく見かけるのは以下の4つのパターンでしょう。
①Based on a true story
②Inspired by a true story
③Based on true events
④Inspired by true events
脚本家のために様々なサービスを提供するscreencraftでは、事実をもとにした脚本を書く際、書いたシナリオがどの程度事実なのかによって、上の4つの表記を使い分けようと解説し、それぞれの表記の特徴を以下のように説明しています。
–{4つの表記の具体的な解説}–
①Based on a true story

キャラクター、ストーリーライン、映画内の多数のシーンが実際に起きたことを反映しているもの。シナリオ内の記述は、出来事がどのように起きたのかも、事実に正確であるべき。
台詞、シーンの順番、実際の人物に映画的なアレンジを加えたり、実際の物語から映画に不要な人物やイベントを排除したりすることは、創作の自由として認められる。
この表記を宣伝などに使っている作品は、『エリン・ブロコビッチ』、『127時間』、『マネーボール』、『ラッシュ』、『ドリーム』、『リチャード・ジュエル』などがあります。4つのパターンのうち、一番多く使われていると思われます。

変わり種としては、オークワフィナ主演の『フェアウェル』は、「Based on actual lies(実際にあった嘘にもとづく)」という表記があります。これはルル・ワン監督が自身の体験をもとにしていますが、親戚一同が祖母のために嘘をつく物語なので、こういう洒落た表現をしています。
②Inspired by a true story

実際にあった物語からシナリオを作るが、「Based on」よりも映画的な面白さを優先して脚色しているもの。架空のキャラクターを登場させたり、実際の人物に別の要素を加えることもできる、実際にはなかった出来事を加えるのもあり。事実と架空の出来事をミックスさせて映画を構成しているもの。全体の流れは概ね事実に即していると考えられる。
この表記の例として、ウィル・スミス主演の『幸せのちから』があります。この映画は実在の人物であるクリス・ガードナーとその息子の物語ですが、映画では息子は5歳の設定ですが、実際は息子が2歳の時の物語だったそうです。この映画ではスミス親子が親子役を演じたことでも話題になりましたが、息子のジェイデン・スミスが撮影時に7歳だったため、無理ない年齢設定にしたかったのかもしれません。2歳と5歳では心の発達度合いも、喋れる単語の数もだいぶ違いますから、大きな脚色と言えるでしょう。
③Based on true events

実際にあった「とある事件や出来事」を取り上げ、それ以外の要素はフィクションである場合、この表記となることが多いようです。この場合、主人公すら架空の人物の場合があります。主に歴史的な有名な事件を題材にした作品で使われることが多いようです。
マーク・ウォルバーグ主演の『パトリオット・デイ』は、2013年のボストンマラソン爆弾テロ事件を題材にしています。しかし、ウォルバーグ演じる主人公の警官は架空の人物です。これは捜査の情報をそのまま映画にするわけにはいかないという事情もあるのかもしれません。『スノーデン』なども、全ての事実をそのまま映像化するには、複雑な事情が絡み合いそうな題材です。
他にこの表記を用いている作品としてスティーブン・スピルバーグ監督、メリル・ストリープ&トム・ハンクス主演の『ペンタゴン・ペーパーズ』などもあります。
④Inspired by true events

物語も登場人物もほとんどが架空の場合がある。ほぼフィクションと考えていいが、実在する出来事から「着想を得た」もの。例として警察ものなどで、実際の事件から着想を得て、完全にフィクショナルなキャラクターで描く場合など。
レオナルド・ディカプリオが悲願のアカデミー賞を獲得した『レヴェナント 蘇えりし者』がこの表記を使っています。この映画は、ヒュー・グラスという男が熊に襲われ生還したと語り継がれている話を、小説家のマイケル・パンクが小説にしたものを映画化したものです。主人公の名前こそ同一ですが、小説からも変更があるし、小説自体も原作者がアレンジしたものですので、事実とは大きく異なっている部分があるのでしょう。そもそも、半ば伝説みたいなエピソードなので、詳細な事実を映像にしているとは考えない方が良さそうです。
4つの表記で最も事実の度合いが高いのは①と考えられます。④は最も事実が少ないと考えてよさそうです。②と③を比較するのは難しいですね。
そもそも、これらの定形表現は、正式なルールで決まっているわけではなく、製作者や宣伝会社などがその都度、映画のマーケティングにふさわしい文言を考えて付けているものですから、絶対の基準とも言い切れないですが、事実の度合いを測るものとして目安の一つにはなるでしょう。
抑えておくべきポイントは「Based on」は「Inspired by」よりも事実が多め、「story」は全体の流れは事実に近く、「event」と表記される場合は、全体の流れは脚色していて、物語の中の重要な出来事は実際にあったことを指す、あたりでしょう。「event」の代わりに「case(事件)」が使われることもあります。
そして、最も事実が多いと考えられる①の場合でも、実際には存在する人がいないことにされたり、出来事の順番が変わることはあるということです。
例えば、NASAを舞台に黒人差別と戦った女性たちを描いた『ドリーム』で、NASAのトイレが白人用と黒人用に分かれているという描写がありましたが、人種別トイレはあの物語の時点ではすでに取り除かれていたそうです。些細なディテールようでいて、映画のテーマを考えると、意外と大きな変更な気もしますね。その他、ケビン・コスナーが演じたキャラが、何人かの人物をミックスさせたようなキャラだったり、クライマックスの計算するシーンなども大きな変更を加えているそうで、個人的に「Based on」と「Inspired by」どっちがふさわしいのか迷います。
いずれにせよ、完全な事実を映画化した作品というのは、逆にめったにないのだと思っておくくらいが丁度いいのかもしれません。
–{日本映画の場合は?}–
日本映画には定型文はない?

アメリカ映画には上記のような定型文がありますが、日本映画の場合はどうなのでしょうか。あまり、決まった文言は見かけませんよね。
「実話にもとづく」とか「実話から生まれた」などのように、いろいろな書かれ方をしていますが、どのように使い分けられているのでしょうか。
いくつかの配給会社や宣伝の仕事をしている人に聞いてみたのですが、日本では事実の度合いに応じた表記の仕方に明確な決まりはないようです。
ある配給会社の方は、「各々の配給・宣伝会社が、事実にどれくらい即しているかだったり、作品の特色によって決めている気がする」とのことでした。
例えば、恋愛もの・ヒューマンドラマ系は「実話」、歴史ものや社会派映画などは「事実」や「実際の事件」といった言葉を使うことが多いのではないか、とのことです。
また別の方は、劇映画で「実話に基づく」と大きく表記したことはなく、事実とされているものが、どれくらい忠実かの度合いや描き方によって、解説の中で「歴史の真実を描き出そうと試みた」とか「実際の未解決事件の真相に挑む」など様々な書き方をしているそうです。
いずれにしても、事実の度合いを宣伝部は事前に調べて、それぞれの会社や宣伝部の基準に応じて表記を考えているようです。しかし、そこには決まった文言はないので、その都度の各会社・各人の裁量によって決まるようです。

面白いのは、「実話」の場合はドラマ系、「事実」は社会派系で使い分ける点ですね。これは事実の度合いよりも、その単語が持つイメージを作品にマッチさせようということですね。確かに「事実」は「実話」よりも固い感じがして、社会派や歴史ものに向いている気がします。
逆に感動のドラマとかで「実話」と書かれると、より一層感動できる気がします。「事実」と書かれるより「実話」と書かれた方が泣けそうな気がするのはなぜでしょうね。
ただ、どの程度事実に即しているのかによって、「実話」と書けるのかについての共通の理解というのは、どうもないようで。その辺りは曖昧なようで、表記によって事実の度合いを事前に把握するのは、アメリカ映画より難しそうです。
–{実話ものは適度な距離感を持って}–
実話ものは適度な距離感を持って
映画は、嘘か本当か、0か100かの極端な二者択一ではなく、0と100の間のグラデーションを描くものだと認識しておくことが大切です。
そう認識しておけば、映画公開後に専門家による指摘があったとしてもがっかりせずにすむでしょう。それどころか、「ああ、あの映画のあのシーンは事実じゃなくて、実際はこうだったのか」と学びにつなげることもできるようになると思います。
事実をもとにした映画の醍醐味は、ただ楽しめるだけでなく、そうやって学びに繋げられる点にもあると思いますから、嘘と事実のグラデーションを意識しながら、楽しく鑑賞しましょう。
(文・杉本穂高)