東宝がアニメ事業を「第4の柱」に|映画のイメージは変わっていく?
3月に、3年ぶりの対面開催となった「Anime Japan2022」に行ってきました。2019年と比べると、さすがに出展ブースの数も来場者も少なく感じられましたが、特に目を引いたのはTOHOアニメーションの大きなブースでした。
おそらく今回の出展ブースの中で一番大きかったのではないかと思います。
TOHOアニメーションブースの様子
全体的に少ない来場者の中、TOHOアニメーションのブースには、『呪術廻戦』展示に長い行列が出来るなど賑わっていました。TOHOアニメーションは今年で始動10年目となり、さらなる市場拡大への意気込みを感じました。
そして、そこで感じた熱量は偶然ではなかったようです。親会社の東宝株式会社は、長期経営戦略「TOHOビジョン2032」を発表。
そこで同社はアニメを演劇・映画・不動産に続く「第4の柱」の事業とし、成長ドライバーの要としていくことを示しました。
東宝は、言うまでもなく日本最大の映画会社です。その東宝が本格的に映画と肩を並べる事業としてアニメを指名したわけです。長らく3本柱で事業展開してきた同社にとって大きな変革と言えるでしょう。
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今、海外市場を切り開けるのはアニメ
「TOHOビジョン2032」では、以下の3つを重要ポイントに挙げています。
1:成長に向けた「投資」を推進
2:「人材」の確保・育成に注力
3:アニメ事業を「第4の柱」に
これまでの東宝は、映画事業と演劇事業、不動産事業を3つの柱にしていました。あまり知られていないかもしれませんが、東宝はわりと大地主でいい土地と物件を数多く持っている会社です。
昔、全国に映画館を展開するためにたくさんの土地を買収したのですが、それが安定した収益をもたらしていて、グループ全体を下支えしています。映画や演劇事業とのシナジー効果も高く、この3つを上手く組み合わせることで会社を成長させてきました。
柱の1つである映画事業は、さらに「映画営業(映画の制作・配給)/映画興行(映画館の運営)/映像事業(その他いろいろなことをやる事業)」という3つの事業セクションに分けられます。
そのなかで、アニメはこれまで映像事業の仕事の1つに過ぎませんでした。あくまで主力は映画で、アニメはその他の仕事を扱う事業部で扱うものの1つという立ち位置でしが、映画事業と並ぶものとして「アニメ」に注力していくと宣言したのです。
そして、同社は今後の成長戦略として以下の4つを掲げています。
1:企画& IP
2:アニメーション
3:デジタル
4:海外
※「IPビジネス」とは:「IP」は「Intellectual Property」の略。企業が知的財産によってライセンス使用料による収益を得るビジネス。
このうち「1」のIPビジネスはアニメ産業が得意とするところで、「4」海外市場を最も切り開ける映像コンテンツも今はアニメです。
東宝はライバル企業である東映と比較すると、IPビジネスではやや後れをとっていました。東映には、長い歴史を持つ東映アニメーションと特撮事業があり、数多くのキャラクターIPが同社の屋台骨となっています。
(C)2016 TOHO CO.,LTD.
一方で、東宝が所有するIPはゴジラ関連が有名ですが、多数の名作アニメーションのIPを抱える東映と比べると実はそれほど多くなかったのです。
日本の国内市場は人口の急速な減少で成長を見込みづらいので、当然海外市場を獲得せねば会社を成長させることができません。アニメは現状、日本の映像コンテンツとして最も強い競争力を持っています。
東宝の「第4の柱」としてのアニメ事業はすでに大きな成果を上げ始めています。
今年の東宝は『劇場版 呪術廻戦 0』の大ヒットから始まりましたが、本作には、テレビシリーズの頃からTOHOアニメーションが製作委員会に入っていました。北米市場でもヒットを記録していて、海外市場を狙い通りに開拓しています。
そして現在、放送中のテレビアニメ「SPY×FAMILY」でTOHOアニメーションは製作委員会の幹事会社であり(「文化通信ジャーナル」2022年2月号、P11)、大型タイトルとして大きな期待をかけています。
「SPY×FAMILY」は原作漫画がすでに海外市場で人気を博している作品なので、アニメの完成度も高く順調にファンを拡大しているようです。
その他「僕のヒーローアカデミア」や「Dr.STONE」「弱虫ペダル」「ウマ娘」などにも出資しており、有力タイトルを多数揃えています。
昨年にはゲームレーベル「TOHO Games」を立ち上げ、メディアミックス戦略にも本格的に乗り出していくと考えられます。
コロナを経て興行の柱になるアニメ
東宝のアニメ事業強化の背景には、世界的なコロナパンデミックによる業界再編の流れもありそうです。
言うまでもありませんが、コロナの流行で世界中の映画産業は大きな打撃を受けた一方で、巣ごもり需要で配信事業は伸長し、その流れでアニメも世界での市場を拡大しています。
そして国内においてコロナ禍の映画館を支えたのは、『鬼滅の刃』をはじめとするアニメタイトルでした。2020年の『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』の400億円超えの記録的成績がなければ、映画館はもっと苦しかったでしょうし、2021年の興行成績上位3タイトルをアニメ作品が占めています。
ハリウッド映画の公開延期が相次ぐ中で、アニメ作品が興行を牽引し続けているのです。
アニメ作品好調の流れは2022年にも引き継がれそうです。今年は『劇場版 呪術廻戦 0』がすでに130億円を超える成績を記録しており、その他にも現在公開中の『名探偵コナン ハロウィンの花嫁』に新海誠監督の最新作『すずめの戸締り』も100億円超えを期待されています。
そうなると2022年は、史上初の100億円以上の興行収入を記録するアニメ映画が3本生まれる可能性があります。
この状況を踏まえれば、突然変異による一過性のブームとは言い難く、今後長いスパンで日本の映画産業はアニメが中心となっていく可能性が高いでしょう。
東映からは、劇場版『ONE PIECE FILM RED』や『ドラゴンボール超 スーパーヒーロー』、『SLAM DUNK スラムダンク』も控えているので、今年の年間興行収入の上位をアニメ作品が多数占める可能性があります。
「映画といえばアニメ」の時代がくるかも?
東宝以外の映画会社もアニメ事業を強化しています。
最大の競合である東映は、元々東映アニメーションを擁しており、アニメ事業は柱の1つ。東映アニメーションは昨年、一時は親会社の時価総額の3倍の額をつけてしまっており、親子上場の問題点を指摘されている状態ですが、豊富なIPを背景に高い利益率を維持しています。
松竹は東宝や東映ほどに顕著な動きは見せていませんが、映像本部に「アニメ事業部」を構えており、アニメ作品との関わりは確実に増えています。
中堅帯の映画会社もアニメ事業に積極性を見せています。アスミック・エースは湯浅政明監督の『犬王』と夏目誠悟監督『四畳半タイムマシンブルース』では製作委員会の幹事会社を務めています。また今年だけでも『映画 オッドタクシー イン・ザ・ウッズ』、劇場版『からかい上手の高木さん』、『映画ざんねんないきもの事典』などのタイトルにも関わっています。
その他、GAGAも数年前からアニメ事業を強化しており、2019年に社内カンパニー「ギャガ・アニメーションズ・カンパニー」を立ち上げています。
以上を踏まえると東宝だけでなく、映画産業全体がアニメへ比重を置いていると言えます。
映画会社がアニメに比重を置くというのは、これまで実写製作に使われていたお金の一部がアニメに流れるということでもあります。実写映画の今後はどうなるのか、というのは気になるポイントです。
さらに、アニメという事業は決して投資効率が良いものではなく、すぐに結果が出るものではありません。
業界全体で人材の育成・確保と労働環境問題が課題となっており、業界全体の体質改善と人材の育成にもきちんと投資できるかどうかが問われることになるでしょう。
東宝は長期ビジョンにおいて、才能投資も積極的に行うと語っていますが、監督1人でアニメは作れず、スタッフ全体の総合力が作品のクオリティを左右するため、幅広い人材育成を視野に入れてほしいと思います。
映画という言葉は、基本的には実写映画を指してきました。しかし、今後映画会社自体がアニメを事業の柱とし、映画館には常にアニメ作品が上映されている状態が続くのであれば、「映画」という言葉の持つイメージそのものが変わっていくかもしれません。
(文:杉本穂高)
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