インタビュー

2022年10月24日

6年経って、世の中へ。社会派ドラマ「エルピス」で渡辺あやが描きたかったものとは?

6年経って、世の中へ。社会派ドラマ「エルピス」で渡辺あやが描きたかったものとは?

朝ドラ「カーネーション」や土曜ドラマ「今ここにある危機とぼくの好感度について」(いずれもNHK)など良質なドラマ脚本を書いてきた渡辺あやが初めて挑む民放の連ドラ「エルピス―希望、あるいは災い―」は、冤罪事件をテレビ局がどう報道するかという攻めた題材を扱う。紆余曲折の末、ようやく日の目を見た問題作をいよいよ世に問う心境は――。


今だからこそ、放送できるドラマ

――「エルピス~」の企画は2016年から進めていたそうですが、今回放送になるものはその頃から変わっていないのでしょうか?

渡辺あや(以下、渡辺):当時は1話60分くらいの尺で8話書きましたが、今回カンテレさんで放送するにあたり10話にしてほしいとオーダーがあり増やしました。内容は当時から変わっていません。

――時間が経っても古びない普遍的な内容なのですね。

渡辺:むしろ6年前はこれを放送することがむずかしい空気がありました。「忖度」という言葉が流行り始めた頃で、なんだかわからない強い権力に抗ってはいけないという雰囲気が社会に充満し始めていました。私はそこに危機感を抱き、いてもたってもいられない気持ちになっていて、そのときに佐野亜裕美プロデューサーに出会いました。最初はラブコメをやりましょうという話でお会いしたのですが、全然、盛り上がらなくて。そのあと政治の話題になったら断然盛り上がったので、いっそ社会派をやったほうがお互い情熱をもって完走できるんじゃないかとシフトしました。そこから6年経って、いまはもうあの頃よりも政治がらみの話がやりやすくなったような気がします。

――逆に寝かせておいてよかった?

渡辺:よかったですね。脚本を全話書き上げたにもかかわらず、内容が内容なので宙に浮いている間に、佐野さんが当時勤めていたテレビ局からカンテレに移られて。そこでようやくこの企画が通ったんです。カンテレのプロデューサーが、これ絶対面白いからやったほうがいいよって言ってくださったそうで。

長澤まさみありきで書かれた脚本

――脚本を書き始めたときキャスティングは決まっていましたか?

渡辺:主人公の浅川恵那のイメージキャストとして長澤まさみさんを佐野さんとの間で共有しました。佐野さんから長澤さんを提案されて、私も長澤さんは長いキャリアのなかで常に第一線を走っていながら、まだ見せたこのない表情やスキルがあるのではないかと感じさせるすごく面白い女優さんだと思えたので、これはもうぜひと最初から最後まで長澤さんありきで書きました。

――岸本拓朗と斎藤正一役はどうですか?

渡辺:拓朗役の眞栄田郷敦さんと斎藤役の鈴木亮平さんは書き終えてから決まりました。眞栄田さんは演出家の大根仁さんがおもしろい俳優がいると、眞栄田さんが出演しているバラエティー番組を見せてくれて、そうしたら私のイメージにぴったりで。目ヂカラが強くて身体も強そうで、抜群のエリートだけれど、佇まいが真剣なのかふざけているのか優秀なのかボンクラなのか(笑)わからなく見える、独特の魅力があると思いました。斎藤は、恵那がずっと心の内に思い続けている、恋人でもあり宿敵でもあるみたいな存在で、威厳と迫力、清濁併せ飲める器の大きさを持った俳優を佐野さんといろいろ考えて、鈴木さんなら説得力があるとお願いすることにしました。

――撮影現場を見学されたそうですがいかがでしたか?

渡辺:一回、ほんとうに短時間お邪魔しただけですが、いい現場だなと思いました。余計なものがなく、ただ創作の喜びだけがある。短時間、見学しただけの私ですが、そういうものを感じて安心して帰りました(※渡辺さんは島根在住)。大根さんと役者の関係もとても良く感じました。良い現場はいらっしゃる方が魅力的に見えます。俳優も演出家も、佐野さんもみんなすてきです。

佐野亜裕美というプロデューサーについて

――佐野さんは渡辺さんから見て、どういう方ですか?

渡辺:お目にかかる前に、私が信頼している方々から佐野さんのいい評判を聞いていて。これだけ業界で才能を買われているということはとてもやり手なのだろうと思っていたら、島根の仕事場に現れた佐野さんは、しょぼくれた柴犬みたいだったんですよ(笑)。そのあと、何度も島根に来てくれて話していると、本来、すごく秀でた能力やポテンシャルを持っているにもかかわらず、とにかく、出る杭は打たれる日本社会、あるいはテレビ界において、ありとあらゆるたたきを受けて、自分を開花させられずにすごくしんどそうに感じました。檻に閉じ込められた柴犬のようなこの人を自由に解き放ったら、きっとどこまでも全力で走っていくなと思えるような、優れた能力と高性能のエンジンを積んでいる人という印象を持ったので、なんとか檻から出して解き放ちたいと、いろんな説教してみたりもしました。後からあの時は本当にこわかったと言われるほど、「おまえはいったい何者なのか」と散々問い詰めて(笑)。だけど気がつけば、今や大注目のプロデューサーとしてカンテレで活躍されるようになって。自身と日本のテレビ界のために全力で奮闘する「佐野亜裕美物語」を私はずっと見せてもらってる感じです。

――そう伺うと企画書にある浅川の「失った“自分の価値”を取り戻していく」という部分などに佐野さんが投影されているのではないかと思えてきます。

渡辺:だいぶ投影されていると思います。佐野さんは恵那だけではなく拓朗でもあります。私の傾向として、一緒に作品をやりましょうというパートナーみたいな人から吸い上げるものがほしいんです。自分には興味がないので自分のことを書くよりも他者に題材を求め、生々しいサンプルがあるとすごく助かるんです。今回は日本のテレビ局の人間関係や、そこにどういうストレスや滞りや問題があるかということも、佐野さんというひとりの人物の目を通して見せてもらったようなところがあります。

――テレビ局のリアルと並行して政治的な部分も生々しく描いていくのでしょうか?

渡辺:政治への批判というよりむしろ、例えばテレビ局でぼんやり生きてきた人たちが冤罪事件に危機感を覚えて、これを放送しないといけないと思ったとき、いまの日本の報道システムのどこに問題や障害が出てくるのか、それをどうやったらクリアできるのかというシミュレーションをしたかったんです。佐野さんに、例えば、こういうことをやりたいと思ったときに、どこから邪魔がはいると思う? と聞くと、単に政権や官僚への忖度以外の、社内政治とかパワーバランスとかいろんな要素があることがわかって面白くて。こういったことは、テレビ局にかかわらず、大きな組織のどこにでも起こり得ることだとも感じました。

――テレビ局の内部事情をテレビ局がよく放送すると決断しましたね。

渡辺:不思議なんですよねえ(笑)。担当者レベルでは反応が良かったとはいえ、この企画を通してくださったさったカンテレさんには感謝しています。

――最終回まで読んだうえでOKを出しているのだから、こんな展開だと思っていなかったから書き直してくれということにはならないわけですよね?

渡辺:まあとはいえ、細かい部分では手直しのリクエストも当然あります。でもやりたいという制作側の思いと、言うてもこれはまずいという他部署との拮抗はあり、その都度佐野さんが押し戻したりしてくれてるようです。これは延々と最終回まで続くかもしれないので、ひやひやもしています。

「私自身は王道をやっている」


――渡辺さんの作品は体制に切り込んでいきますが、正しいことが勝利してバンザイではないし、ときに相手の事情も慮ります。そのバランスはどうやってとっていますか?

渡辺:本当はしょっちゅう「私の考えていることは絶対、正しいよね」といろんなところで言っているんですよ。でも必ず、後でそうではなかったことを身をもって知らされます。バランスをとるというより、ただの実感ですよね。例えば、これまで書いてきた作品は、いまの日本に危機感を持ってほしくて書いてきたけれど、そもそも危機感を持っている人にしか観てくもえらなかったり、失敗ばっかりしてるんです。サブカルチャーやカウンターカルチャーの旗手のように言っていただくことも多く、ありがたいですが、私自身はものすごく王道をやっているつもりなんですよ。できてないだけで(笑)。

――そうなんですね。

渡辺:でもその乖離を感じる一方で、わかり合える部分もあると感じています。例えば、作品のメッセージはよくわかんないけど、人物の描き方がおもしろいと共感してくれる若い人とかもいるわけです。彼らと政治的な危機感を共有できるかどうかはわからないけど、誰もがしょんぼりすることなく、のびのびと自分の能力を発揮できる社会がいいよねということだけでも共有できたら、次はその方法を一緒に考えられるかもしれない。それはすごく可能性だと思うのです。

渡辺と佐野が目指す、この先

――世帯視聴率の時代ではないと言われ、代わりにネットの反応を過剰に求める傾向もありますが、視聴者の反応は気になりますか?

渡辺:もちろん気になります。怒られたらいやだなあとか見てもらえないと悲しいなあとか(笑)。ただ、作品に自分が伝えたいものや見せたいものを本気で込めることができたら、必ずそれを受け取ってくださるかたが何%かはいることをこれまでの経験上、知っています。今回は、またこれまでと全く違うテーマで物語を書かせてもらったので、見た方がどういう感想や意見を聞かせてくださるのかなということはとても楽しみです。

――「その街のこども」(10年・劇場版は11年)や「ワンダーウォール」(18年・劇場版は20年)が映画になったように、映画になる可能性はないですか?

渡辺:いやいや、全然。佐野さんは新たな作品をやりたいと相談してくださっています。佐野さんとだったらいいものになると思って「エルピス~」を放送の確証のないまま8話分、書き上げたので、つぎもきっとおもしろくなると思います。

 

インタビューに立ち会った佐野プロデューサーは「あやさんのことがこわかったんじゃなくておそろしかったんです」と笑いながら訂正した。「2017年の前半、渡辺あやと坂元裕二に日がわりで怒られて、ほんとうにおそろしかった」と振り返る。坂元とのやりとりは「大豆田とわ子と三人の元夫」(21年)に昇華された。二大作家とそれだけ本音でつきあえる佐野Pと渡辺あやのドラマ「エルピス~」はきっとすさまじいものに違いない。渡辺さんが王道だと思っていると言っていたけれど、確かに小説だったら太宰治や三島由紀夫になり得るはずなのだ。それをテレビで見ることができるなんて、私たちは幸福である。

インタビュー全文は10月17日(月)発売の『CINEMAS+MAGAZINE』にて掲載!

(取材・文=木俣冬)

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