人生を変えた映画

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2023年01月28日

詩人・文月悠光が心惹かれた“不条理”な映画『ザ・スクエア 思いやりの聖域』

詩人・文月悠光が心惹かれた“不条理”な映画『ザ・スクエア 思いやりの聖域』


一本の映画が誰かの人生に大きな影響を与えてしまうことがある。鑑賞後、強烈な何かに突き動かされたことで夢や仕事が決まったり、あるいは主人公と自分自身を重ねることで生きる指針となったり。このシリーズではさまざまな人にとっての「人生を変えた映画」を紹介していく。

今回登場するのは詩人の文月悠光さん。最新詩集『パラレルワールドのようなもの』でコロナ禍の生活と社会の不条理を綴った詩人が選ぶのは、ユーモアを交えながらも人間の本性に迫る、強烈な社会風刺作品だ。

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『ザ・スクエア 思いやりの聖域』

© 2017 Plattform Produktion AB / Société Parisienne de Production / Essential Filmproduktion GmbH / Coproduction Office ApS
ブラックユーモア溢れる作品を数多く手掛けるリューベン・オストルンド監督が2017年に製作。現代美術のキュレーターがある事件をきっかけに追い詰められていく姿を描く。本作で第70回カンヌ国際映画祭最高賞であるパルムドールを受賞。

最後まで意地悪であり続ける、この映画が私は大好きだ

私の好きな映画に共通しているのは「不条理」だ。筋道が通らない出来事に振り回され、鮮やかに突き放されたい。もちろんそんな不条理は映画の中だけに限るけれど。

そんな私に深く刺さった作品が、スウェーデンの映画『ザ・スクエア 思いやりの聖域』(リューベン・オストルンド監督)。主人公は現代美術館のキュレーターで、社会的な成功者。プライドが高く、柔和な顔と支配的な態度を都合よく使い分ける。離婚歴があり、思春期の娘二人を持つ父親でもある。

映画前半、舞台となる美術館の前には、次の展示「ザ・スクエア」が設置される。地面に真四角の白い枠を描き、枠内にはこう記されている。「『ザ・スクエア』は信頼と思いやりの聖域です。この中では誰もが平等の権利と義務を持ちます」と。

一見平和的な本作をめぐって、主人公はある炎上騒動に巻き込まれていく。また、映画に登場する様々なアート作品(全て元ネタが存在するらしい)も実に魅力的で、受け手の笑いを誘うのだ。

主人公は小さな不幸から連鎖して、やがて地位も信頼も失ってしまう。その意味では間違いなく不条理なのだが、どこか自業自得にも思える。彼は決定的なことが起きるまで、都合の悪い事柄から逃げ続け、挽回のチャンスを何度も見送っているのだから。

この映画が映し出すのは、目の前の現実に無関心な「傍観者」たちだ。誰かが解決してくれるまで見て見ぬふりをしてやり過ごす……そんな人々の姿が滑稽なほどにありありと切り取られている。それは、私たち観客の平時の姿でもある。

印象的だったのが、緊迫する場面で、観客の集中力を削ぐかのように、赤ん坊の泣き声や犬の吠え声などが響くこと。あるいは誰かの「助けて」という声が繰り返される。正体の見えない声に苛立つ。けれど、この苛立つ気持ちも排除の感覚と結びついている。

私たちはある声を耳にしたとき、「聞くべき声」と「聞かなくてもいい、できれば聞きたくないノイズ」を無意識に分けている。作中の端々で物乞いが登場し、路上で施しを求めるが、顔も見ずにほとんどの人が歩き去っていく。わざわざラインを引き、「思いやりの聖域」と名づける、そのいかがわしさと皮肉に気づく。

ラストの苦々しさは格別だ。主人公は報われず、神に見放されたようでもある。だけど、そこがすごくいい。安易にカタルシスを与えない作家の姿勢が伝わってくる。最後まで意地悪であり続けるこの映画が私は大好きだ。

リューベン・オストルンド監督の新作『逆転のトライアングル』は、もうじき日本でも公開予定。予告編の印象は、ド派手でスリリング。豪華客船と無人島を舞台に、今度はどんな不条理が味わえるだろう。楽しみでならない。

(文・文月悠光)

Profile

撮影:山本春花
文月悠光(ふづき・ゆみ)
詩人

1991年北海道生まれ。16歳で現代詩手帖賞を受賞。高校3年のときに発表した第1詩集『適切な世界の適切ならざる私』(ちくま文庫)で、中原中也賞、丸山豊記念現代詩賞を最年少18歳で受賞。そのほかの詩集に『屋根よりも深々と』(思潮社)、『わたしたちの猫』(ナナロク社)。エッセイ集に『洗礼ダイアリー』(ポプラ社)、『臆病な詩人、街へ出る。』(新潮文庫)がある。雑誌「婦人之友」にて「ミヨシ石鹼」広告の詩を毎月執筆。6年ぶりの新詩集『パラレルワールドのようなもの』が思潮社より発売中。
http://fuzukiyumi.com/

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