映画ビジネスコラム

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2023年02月09日

『「鬼滅の刃」上弦集結、そして刀鍛冶の里へ』“映画館”は映画・配信・テレビの垣根がなくなる?

『「鬼滅の刃」上弦集結、そして刀鍛冶の里へ』“映画館”は映画・配信・テレビの垣根がなくなる?

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2月3日(金)から公開された『ワールドツアー上映「鬼滅の刃」上弦集結、そして刀鍛冶の里へ』が、初日3日間で興行収入11億円を超える大ヒットスタートを記録しました。

『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』が400億円を超える歴史的大ヒットを記録しているのだから、これくらいのスタートダッシュは当然という見方もできます。しかし、今回の上映形態は完全新作エピソードではなく、総集編とも異なる独特なものであるため、1位を飾ることはある種の「事件」です。



「映画」という枠組みで製作されていない作品が映画館の成績で1位となることは、人によってはギョッとする事態かもしれません。しかし、映画館の大画面と音響で観るべきコンテンツは、果たして「映画」という枠組みからしか生まれないのでしょうか。

現代は映画に限らず良質な映像作品があり、それらも映画館の空間では輝くのではないか、そんなことを今問いかけられているような気がします。果たして、映画館はどうあるべきなのでしょうか。

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配信と映画の垣根は崩れた



映画館について議論するためには、動画配信サイトについて考えることは欠かせません。映画は、ながらく映像コンテンツの王様でしたが、21世紀になってからHBOなどアメリカのケーブルテレビドラマの質が各段に向上し始めました。そして、2010年代にはNetflixに代表される動画配信サイトで数々のハイクオリティなオリジナル作品が作られるようになってきました。



配信サイトの作品は、予算面でもクリエイティブな面でも劇場用映画に引けを取らないものです。巨匠レベルの映画監督すら、動画配信サイト向けのオリジナル作品を手掛けるようになっており、映画と配信作品の差がない時代になっているといえるでしょう。それ故に、映画館の存在意義をずっと問われ続けています。

そのような変化の時期にコロナが襲い、映画館向けに作られていた作品が大量に配信に流れ、映画と配信用作品の垣根はますますなくなっていきました。垣根が崩れている状況で、映画館だけは「映画」という枠組みの作品にこだわり続けるべきなのでしょうか。垣根がなくなったのなら、従来の枠に捉われない選択肢もあっていいように思います。

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『「鬼滅の刃」上弦集結、そして刀鍛冶の里へ』は、その好例として出てきたといえるでしょう。本作は、テレビと配信サイトで展開済みの「遊郭編」十話と十一話、そしてこれから放送予定の「刀鍛冶の里編」の一話を組み合わせたものです。「遊郭編」は鑑賞済みの観客も多かったことでしょうが、やはり映画館で鑑賞すると自宅とは違う感動があったと思うのです。

大スクリーンと迫力ある音響、そして静かなシーンではとことん静かになる静音設計は、あらゆる映像コンテンツを最大限に輝かせるものです。

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しかも今回選ばれた十話と十一話は、とりわけ映画館で観るのに適したエピソードといえます。大迫力のアクションシーンが見せ場の十話と、静かに迎える敵役の過去のエピソードは映画館で一層の興奮と感動が感じられるものでした。

この2つのエピソードは、テレビアニメにも映画館という空間にふさわしいコンテンツがあることを証明しています。他にも、現在ヒットしているBTSのライブドキュメンタリーも、従来の映画の枠に収まらないコンテンツといえるでしょう。

映画館で観たい非映画コンテンツはいっぱいある



今回の大ヒットは「鬼滅の刃」だから起きたことですが、映画館で非映画コンテンツを観たいというニーズは、他の作品でも一定数ある可能性もあります。

例えば、アメリカのケーブルチャンネルや配信ドラマ作品は予算もスタッフも一流で、正直言って自宅のみでしか鑑賞できないことがもったいないと思える作品が多いです。

筆者は、HBOの「ハウス・オブ・ザ・ドラゴン」の映画館で行われた特別試写会に参加して、第1話だけ映画館で鑑賞できました。すごかったです。あの絢爛豪華でダークな雰囲気漂う映像は、完全に非日常感覚で、2話以降を自宅で観ないといけないのが残念でなりませんでした。



昨年、Netflixは『ナイブズ・アウト:グラス・オニオン』を一週間限定で公開し、終末の興行収入ランク3位の成績を記録。本作は、元々映画作品の続編ということもあったでしょう。とはいえ少し待てば自宅で鑑賞できる作品に、映画館でお金を払ってでも観たいというニーズはアメリカにもあることをほのめかしているのではないでしょうか。

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非映画コンテンツを映画館で観るニーズが確たるものと証明するためにも『「鬼滅の刃」上弦集結、そして刀鍛冶の里へ』は北米市場でも成功してほしいと筆者は強く思っています。

全米1700館で上映されることが決まっており(『ナイブズ・アウト』すら700館だったのでかなり多い)、ヒットすればアメリカの映画・配信会社もこのニーズを取り込もうと動くかもしれません。

映画館という呼称は時代にあっているのか

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もしかしたら、映画館は「映画」だけを上映する場所ではなくなっていくのかもしれません。

いや、実はすでに映画以外のコンテンツもたくさん上映されているのです。その観点からいえば、もう「映画館」という呼称が実態に即していないのかもしれません。

2022年に映画以外の上映コンテンツ、いわゆる「ODS(Other Digital Stuff)」の数は358本にも上ります。この上映本数なら、シネコンはもはや常時ODSを提供しているとも過言ではありません。ODSの総興行収入は147億6300万円のため、決して無視していい数字ではないでしょう。(参照

映画というコンテンツは、かつて「活動写真」と呼ばれていました。黎明期には専門の上映館はなく、芝居小屋で上映したりしていましたが、1903年に浅草電器館という常設で活動写真を上映する場所が誕生し「活動写真常設館」などと呼ばれていたのです。(参照

時代が変われば、呼称も変わっていくもの。映画館は映画を専門に上映していたからそう呼ばれるようになったのだと思いますが、映画以外にも多くの映像作品を上映することが定着すれば、何か別の呼称がそのうち生まれるかもしれません。

アニメは様々な上映形態を開発してきた



2023年は、アニメ関連ではテレビアニメ「推しの子」第1話90分が先行劇場公開されることが発表済みです。90分なら従来の「映画」と変わらないような気もしますが、テレビ作品を先行上映するというケースはこれまでにもありました。

テレビアニメの総集編上映は以前から存在しましたし、OVA(オリジナル・ビデオ・アニメ)を劇場公開するパターンもあります。最近は『名探偵コナン』がテレビシリーズの関連エピソードをまとめて上映する形式が定着しつつあります。振り返ってみると、日本アニメは色々な上映形態を「開発」してきたといえます。

その試みが、他のジャンルにも広がっていけば、映画館は映画館でなくなるのかもしれません。しかしこの変化を決してネガティブなことだと筆者は考えません。あの空間の素晴らしさを、従来の「映画」だけが独占するのはちょっともったいないと思っているからです。

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映画館でライブ映像を観るのも、演劇を観るのもとても素敵な体験です。きっと、他にも素敵な体験を与えてくれる映像コンテンツは眠っているはずです。

そういったものを掘り起こしていければ、映画館という場所は、名前は変わったとしても無くなることはないでしょう。『「鬼滅の刃」上弦集結、そして刀鍛冶の里へ』の大ヒットは、映像コンテンツの多様化とともに、時代の必然として映画館も多様化していく兆候の1つではないでしょうか。

(文:杉本穂高)

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