『On Your Mark』コロナ禍の予言となった「流行の風邪」の意味を解説
誰の手にも届かないところに離してしまおう
前述した、警官2人の「少女を救いたい」という純然たる意志について、宮崎駿監督がどう考えているかについても、引用しておこう。「彼女(翼を持つ少女)が救世主だったり、救出を通して彼女と心の交流があったというわけではないんです。ただ、状況に全面降伏しないで、自分の希望、ここだけは誰にも触らせないぞというものを持っているとしたら、それを手放さなければならないのなら、誰の手にも届かないところに離してしまおうという。そういうことですよ。離した瞬間に、心の交流がちらっとあったかもしれないけども。それでいい、それだけでいいんです」
出発点―1979~1996 宮崎 駿:560ページ
考えてみれば、地上で人が生きられないほどの放射能が蔓延しているということは、ラストで警官2人は死亡したという解釈が自然だろう(車はずっと走るのではなく、少し脇に逸れて停車する)。
最後に少女が飛び立つ前に下を見て、ちょっと寂しそうな表情を浮かべていたのは、自分を救ってくれた2人が死ぬことを悟っていたのかもしれない。
少女も放射能が蔓延する世界では、たとえどこへ飛んで行っても生きていけないかもしれないが、それでも「誰の手にも届かないところに離す」様が、とても美しく尊いものに思える。例え、その後に死が待ち受けていたとしても……それこそが重要な物語だったのではないか。
また、宮崎駿監督は「心の交流がちらっとあったかもしれない」と言っているが、筆者は明確にあったと思う。
なぜなら、3つ目のループにおいて、警官の1人は「1つ目のループではしていなかった」少女への手のひらへのキスをしていたからだ。
少女を救い出し空へと送った事実は1つ目と3つ目のループで同じだが、そこに至るまで「もう一度救った」という過程の違いがある。それでこそ、彼ら彼女らの間には確かな心の交流があったと言えるのだ。
最後のテロップの意味
最後に「吉田健氏(1955〜1999)に捧ぐ」と表示される。吉田健氏とは、44歳で悪性リンパ腫のため亡くなった、CHAGE&ASKAの映像を担当されていた、「On your Mark」のプロモーションビデオの製作をダメもとでジブリに連絡していた方だったそうだ。しかも、この企画を依頼されたのは、『もののけ姫』の製作に入ろうとしていた時期で、宮崎駿監督は長編制作に迷いを見せていたという。そこで鈴木敏夫プロデューサーは「短編作品をまとめることで、気分が少し変わるのではないか」と考え、この企画に乗り出したのだそうだ。実際に、この『On Your Mark』を完成させたことで、『もののけ姫』の制作は一気にはずみがつき、進んで行ったのだとか。
つまり、吉田健氏がいなければ、この『On Your Mark』は誕生しなかった、さらには『もののけ姫』の制作ももっと遅れていたかもしれないのだ。そのような「運命」も感じさせずにはいられない。
ぜひ、コロナ禍を経てこそのメッセージも感じられる、『On Your Mark』を何度でも楽しんでほしい。
【参考図書】
出発点―1979~1996 宮崎 駿
宮崎駿全書 叶 精二
ジブリがいっぱいSPECIAL ショートショート 1992-2016 [Blu-ray] ブックレット
(文:ヒナタカ)
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