(C)2023青山剛昌/名探偵コナン製作委員会
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映画コラム

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2023年04月17日

<考察>『名探偵コナン 黒鉄の魚影』から観るディープフェイクの“今”

<考察>『名探偵コナン 黒鉄の魚影』から観るディープフェイクの“今”



大人気アニメ「名探偵コナン」の劇場版シリーズ第26弾『名探偵コナン 黒鉄の魚影(サブマリン)』が4月14日(金)より公開となった。

今回は「黒の組織」の核心に迫る内容となっており、興行収入100億円も夢ではない。あらすじ紹介の演出は非常に凝ったものとなっており、阿笠博士のクイズも丁寧に作り込まれていることからも本作の熱量の高さがうかがえる。

本作の魅力はコナンの世界観だけに収まらない。ここ1年ほど盛り上がりを見せている《AI技術》が物語の軸となってきているのだ。本記事では『名探偵コナン 黒鉄の魚影』から現実におけるディープフェイクにまつわる問題、そしてAIと使用者との関係性を読み解いていく。

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※物語の細部に言及しているため、映画鑑賞後に読むことを推奨します

専門家ですら騙されてしまうディープフェイク

■「ディープフェイク」とは?

まず今回、コナンたちが立ち向かう敵は「ディープフェイク」である。ディープフェイクとは、機械学習の技術を用いて、画像や動画を合成していく技術。近年、技術が向上し人間の目では偽物か本物かの判別がつかなくなってきている。


実際にドキュメンタリー映画『チェチェンへようこそ ゲイの粛清』では、ディープフェイクの技術を用いて被写体の安全を保証している。暴力被害に遭っているチェチェンのLGBTQの人々を救助する活動家を描いた作品であるが「ディープフェイク」が使われていることを知らなければ被写体の顔がAIで合成されていることに気づけないであろう。

本作を手がけたデイヴィッド・フランスはニューヨーク・タイムズのインタビューの中で、ディープフェイクを使ったドキュメンタリーを信用するか否かよりもプロセスが信頼できるかが問題であると語っている。

■「ディープフェイク」を見破るのに必要なのはプロセスだ!


この観点は『名探偵コナン 黒鉄の魚影』の中で重要な視点となってくる。

「黒の組織」は東京・八丈島近海に建設された海洋施設「パシフィック・ブイ」に潜入する。そこでは、老若認証と呼ばれるシステムが導入されようとしている。これは、世界中の監視カメラにアクセスし、顔のデータから犯罪者の行動追跡を行うシステムだ。

最大の特徴は、AI技術を使うことで子どもが大人に成長したとしても行動が追跡できるところにある。つまり、子どもの姿になっている灰原哀と江戸川コナンもこのシステムを使用することで正体が明らかとなるのだ。「黒の組織」は、このシステムをハッキングし、動画データから行動の痕跡を消そうとする。

実際に、コナンがピンガに誘拐された灰原哀を救助しようとする場面がある。ピンガは潜水艦に乗り込み逃げる。その様子をコナンは目撃しているのだが、監視カメラを確認すると潜水艦は映っていない。ディープフェイクによって痕跡を消されてしまっているのである。このような際、どうすれば周囲に信じてもらえるのだろうか?


コナンは阿笠博士と共にピンガたちを追いかけていた。そこで阿笠博士の行動ログを提示し、それを元に監視カメラの映像を確認する。これにより、ピンガの行動がディープフェイクによって抹消されていたことが明らかとなる。この結果、コナンの発言が信用に値すると判断されていく。

ピンガは、その後も「パシフィック・ブイ」から逃走するために、監視カメラの映像を操作して撹乱させようとする。しかし、コナンは彼が身につけているピアスの方向から映像が反転していることに気づき追い詰めていく。

また、ドイツ出身のエンジニア・レオンハルトが自殺する場面がある。カフェで毒薬を飲んで、死亡する。これがディープフェイクかどうかを判断するのに、コーヒーを持つ際の手つきが着目される。


専門家集団ですら騙されてしまう程に作り込まれたディープフェイクに対抗すべく、コナンは行動プロセスを瞬時に解析していく。そして、違和感のある行動に対して、小さなヒントを見つけ出し、そこから敵の行動プロセスを絞り込む。

ディープフェイクに対して我々はどのようにあるべきかを描いている点で、本作は単なるコナン映画の集大成ではないことは明白であろう。面白いことに、本作ではもうひとつタイムリーな話題に触れている。

使用者によって左右されるAI

■流行りのAIについて

昨年から、AIに絵を描かせるStable Diffusionや文章を生成させるChatGPTが話題となっている。これらは、文章を打ち込むと数秒で絵や文章を作ってもらえるツールである。しかし、使用者によって成果物のクオリティに大きな乖離が生じる。

この特性により、Twitterを中心にAIツールは使えるか使えないか論争が度々起こっている。『名探偵コナン 黒鉄の魚影』では「AIは使えない」と論じる層に欠けた視点を描いている。

■「黒の組織」に欠けていた視点


「黒の組織」は、終盤でシェリーと灰原哀が同一人物であると検出した老若認証システムの結果が誤りであると知る。それを聞いたジンは「このシステムは使えない」と語る。そして、パシフィック・ブイを爆破しようとするのだ。

AIはあくまで確率を用いたアルゴリズムで結果を出しているため、間違えることがある。しかし、AI=優秀といった図式に当てはめることで、この観点が抜け落ちてしまう。出力された結果を検証することが、人間の仕事である。しかしそれを怠ったがため、本作における彼らの成果は少ないものとなってしまった。

彼らは、話術や変装でパシフィック・ブイに潜入するソーシャルエンジニアリングの技術を用いる。そして、老若認証システムへの侵入を許す抜け道(=バックドア)を設置するハッカー集団にもかかわらず、AI技術に関しては扱い方を知らなかったようだ。

彼らの失敗は、決してフィクションだけの話ではなく、AIを用いた仕事が生まれつつある2020年代にありがちなものであろう。

老若認証システムは中国で使われていた!


最後に、本作で登場する「老若認証システム」に近いシステムが中国で使われていることをご存知だろうか?

中国では「信用スコア」を用いて、医療や買い物、婚活などの場面で優遇していくシステムを構築している。街中のカメラやインターネットのログが人々を監視しているのだ。

『一人っ子の国』のジアリン・チャン監督は新作『TOTAL TRUST』で、このシステムの問題点を告発している。Screen Dailyのレビューによると、300時間ボランティアをすれば50ポイント、信号無視をすればマイナス5点といった形で人間の行動を評価していく。たとえ、顔を隠したとしても声から個人を認証できるとのこと。

また、このシステムにより不当逮捕された人権弁護士や活動家たちが、保釈されても過酷な生活を強いられていることが捉えられている。 このように、『名探偵コナン 黒鉄の魚影』はコナン映画の集大成でありながらタイムリーな話題を掘り下げた意欲作でもあったのだ。

(文:CHE BUNBUN)

参考資料


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