映画コラム

REGULAR

2023年05月17日

<考察>『TAR/ター』をニューロティック・ホラーとして読み解く

<考察>『TAR/ター』をニューロティック・ホラーとして読み解く


恐怖の侵食



この映画は「Tar on Tar(ター、ターを語る)」という自伝の発売イベントとして、公開インタビューを受けるシーンから始まる。インタビュアーは、ニューヨーカー誌の有名ライターであるアダム・ゴプニク本人。虚構の物語に、本物のジャーナリストが登場しているのだ。

その中でターは「【指揮者】とは​​“時間”を支配する存在なのだ」と貫禄たっぷりに熱弁する。タクトを振ることで、彼女は無の時間を創り出し、有の時間を創り出す。それはすなわち「【権力者】とは​​“時間”を支配する存在なのだ」という表明だろう。

だが、かつて指導を行なっていたクリスタという若い指揮者が自殺し、彼女に対するセクハラ行為が告発されると、完璧にコントロールされていた時間は、次第に制御不能になっていく。鳴り止まないメトロノーム。執拗に繰り返されるチャイム音。研ぎ澄まされた耳で美しい音楽を創造してきた彼女は、逆に過敏すぎる聴覚によって、心の平衡を失っていく。

▶︎『TAR/ター』画像を全て見る

『TAR/ター』には、ほぼ全てのシーンにリディアが登場している。彼女の視点によって物語が紡がれている。だから彼女の精神に軋みが入れば、映画も同調するように軋んでいく。現実と夢の境界線が曖昧になる。

本作は、男性恐怖症の女性が次第に精神を崩壊させていく『反撥』(1965)や、若きバレリーナが幻覚や妄想に悩まされる『ブラック・スワン』(2010)と同趣の、ニューロティック・ホラーなのだ。

象徴的なのは、森の中でジョギングしているリディアが、突然女性の叫び声を聞くシーン。おそらくあの声の主は、リディアの頭の中だけで鳴り響いているクリスタだろう。そしてこの悲鳴は、ホラー映画『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』(1999)からの引用なんだとか。

もしくは、リディアが娘のペトラをベッドで寝かしつけるシーン。薄暗いためなかなか気づきにくいが、部屋の隅に“何者か”が座っている(クリスタの幽霊だろうか?)。アリ・アスター監督の『ヘレディタリー/継承』(2018年)のように、目を凝らさないと判別できない系の恐怖が発動している。怖すぎ。

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極め付きは、オルガを追いかけてリディアが廃墟のような空間に足を踏み入れるシーン。戦時中の東ベルリンのごとく荒れ果てた空間に、突然黒い犬が迷い込んできて、彼女は必死に逃げ回る。おそらく、この場所は現実のものではない。(そもそもオルガという女性は本当に実在するのだろうか?)

精神のみならず、顔面も崩壊してしまったリディアは、完全に“向こう側”に足を踏み入れてしまう。

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