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変幻自在の清野菜名、作品に馴染む力の理由
変幻自在の清野菜名、作品に馴染む力の理由
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「日曜の夜ぐらいは…」(C)ABCテレビ
明日から仕事だという気だるさ。日曜の夜の独特の空気が嫌いだ、という人も多いというはず。いくつになってもあの空気とうまく付き合えない。
そんな空気に寄り添うようなドラマが「日曜の夜ぐらいは…」だ。
清野菜名、岸井ゆきの、生見愛瑠が描く女性3人の友情物語。さまざまなところで言及されているが、3人とも今年の日本アカデミー賞受賞俳優(清野は優秀助演女優賞・岸井は最優秀主演女優賞・生見は新人俳優賞)。言ってみれば、今、もっとも注目度が高い俳優たちの共演だ。
そんな俳優たちが集まれば、さぞ煌びやかであろう……と思うが、それぞれが抱える悩みはいたってリアル。だって、今の世の中にそんな煌びやかなことはそうそうなく、小さな夢を持つことも憚られ、夢を持ったとしてもそれを口にすることもできずに夢は夢のままで終わっていく。
「日曜の夜ぐらいは…」(C)ABCテレビ
そんな中で偶然出会い、友情を深めて共通の夢を持つことになった3人。自分たちだって夢を持っていい、実現させるために動き出していいんだ、と希望を持つ。夢の実現に向かって進みだした3人の生活や考え方が少しずつ変わっていくさまは、それこそ観ている人たちにほんの少しだけ勇気をくれる。
小さな問題(でも本人たちにとっては重大な問題)が今後起こるとしても、どうか3人の夢が叶いますように、と願わずにはいられない。そんな願いが新しい週に向けて、ほんの少しだけやる気を沸かせてくれる。彼女たちの夢に寄り添う岡山天音、川村壱馬の存在感も良い。
そんな中で、今回は清野菜名の魅力について考えてみたい。
呼吸と共に演じる女優
清野といえば、まず思い浮かべるのがアクションだ。
映画『キングダム2 遥かなる大地へ』では羌瘣を演じ、話題を集めた。7月28日には『キングダム 運命の炎』が待機している。さらに、過去には『TOKYO TRIBE』『東京無国籍少女』、ドラマ「シロでもクロでもない世界で、パンダは笑う。」(横浜流星とのW主演)、「今日から俺は!!」などがある。
高校時代に3年間アクション部に所属し、アクションコーディネーターのもとでも本格なレッスンを受けていたというその身のこなしは“自然体”だ。頭で考えるというよりは、体の仕組みに沿って動く方向へ、一番力が発揮される動かし方を知っているように見える。
だからこそ「アクションをしている」という違和感がない。日本でアクションができる俳優として名前を挙げるとしたら、確実に清野の名前は挙げられるだろう。
さまざまなインタビューで「アクションシーンがなければ呼ばれないのではないか」という発言もしている清野だが、もちろんアクションだけが魅力ではない。
“自然体”は演技そのものに言えること。その役の呼吸が赴く方向へと体が動く。もしかすると、アクションと演技自体に通じている部分もあるのかもしれない。
素朴さと洗練さを兼ね備えて
また清野において、特筆したいのが馴染む力だ。現代の物語の役柄で自然体を演じるだけではなく、時間を越えて違和感なく役柄を作り込む。「今日から俺は!!」もそうだが、映画『耳をすませば』でも昭和の女性の姿を、現代で見ても違和感なく演じている。
個人的に1970年代から80年代というのは難しい時代だな、と思う。現代のファッションに近い部分がありながらも、世相が反映されて独特の空気感がある。やりすぎるとコミカルになるし、現代からそのままの気持ちで演じると違和感が生まれる。
©柊あおい/集英社 ©︎2022『耳をすませば』製作委員会
清野が『耳をすませば』で演じた月島雫は、その絶妙なラインを突いているように見える。清野が画面に映るたびに、タイムスリップするような感覚がある。物語自体、雫が天沢聖司と出会った中学生時代とを行き来するが、中学生の雫がそのまま大人になった当時の女性像をリアルに描ききっている。
だからこそ、その時代特有の価値観や考え方にも反発心を持たないし、物語に入り込める。現代と作中の時代、昭和をつなぐパイプ役を見事に果たしていると言えるだろう。
人の弱さを描き出す難しさ
『耳をすませば』では松坂桃李演じる聖司との10年に及ぶイタリアと日本の遠距離恋愛を描いている。スマホがない時代である。やりとりは固定電話と主に手紙。文通だ。その中で純愛を貫く。
10年あれば、それぞれ何かしら恋愛関係のトラブルはあるだろう、と下世話な想像をしてしまいがちだ。だが「この雫ならば、想いを抱き続けるに違いない」とを感じさせてくれるひたむきさも清野の魅力なのではないか。
それも、ただ強さだけを前に押し出されるのでは共感はできない。そんな中で垣間見える「弱さ」こそ難しい。
「日曜の夜ぐらいは…」(C)ABCテレビ
これはさまざまな作品で見ることができる、清野の表情の良さだ。人としての迷いや、失うことに恐れを抱いているさま。
貫きたいけど、それができるほど強くはないのは人間の共通項だ。そのゆらぎが多くの人の共感を呼ぶし、さまざまな役柄を演じることができる強みだろう。
作品と呼吸を合わせ、馴染む。その力を持って清野は人の強さと弱さを描き続ける。
(文:ふくだりょうこ)
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