映画コラム

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2023年09月06日

<2023年必見の映画>『福田村事件』 それでも“世界はもっと豊かだし、人はもっと優しい”

<2023年必見の映画>『福田村事件』 それでも“世界はもっと豊かだし、人はもっと優しい”

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白が黒に、黒が白に反転する。世界を見つめる視点が変わっただけで、自分が真実だと思い込んでいた価値観が転倒する。かつて筆者が森達也監督の『A』(1998)を観たとき、本当に世界がひっくり返ったような感覚を覚えた。

『A』は、オウム真理教広報副部長(当時)の荒木浩に密着したドキュメンタリー映画。破壊活動防止法に基づく調査対象団体に指定された教団を、その内側から捉えようとしたチャレンジングな作品である。

だがフィルムに収められていたのは、社会に牙を剝いた危険な殺人集団ではなく、静かに人生の意味を見つめようとする人々の姿。むしろ、彼らに奇異の眼差しを向け、あからさまに悪意をむき出しにする市井の人々が、迫害する側に見えてしまったのである。

森達也は「福田村事件 -関東大震災・知られざる悲劇」(著者:辻野弥生/五月書房新社)の巻末に、こんな文章を寄せている。
信者たちを被写体にするテレビドキュメンタリーを企ててオウム施設内に入ったとき、屈託のない彼らの笑顔と穏やかな応対に出会い、自分はどこにいて誰を撮っているのだろうと混乱した。だから撮りながら考え続けた。なぜこれほどに純朴で穏やかな人たちが、多くの人を殺そうとしたのか。

「福田村事件 -関東大震災・知られざる悲劇」より抜粋)
麻原彰晃から殺人テロを指示されたら、個人としての判断は保留され、集団としての同調圧力が生まれることで、彼らはそれを実行してしまうだろう。そしてその彼らを、別の集団が正義の名の下に鉄槌を下すだろう。思考停止状態に陥った、<凡庸な悪>が世界を覆い尽くすだろう。森達也はその真実を白日の元に晒す。



その後も森達也は、『311』(2011/綿井健陽・松林要樹・安岡卓治との共同監督)『FAKE』(2016)『iー新聞記者ドキュメントー』(2019)と野心的なドキュメンタリー作品を次々と発表。

そんな彼が、今回初めて長編劇映画に挑戦した。今から100年前に起きた忌まわしい虐殺事件を描く、『福田村事件』(2023)である。
ここ数年、僕にとってのキーワードは「集団化」だ。人は集団になったときにそれまでとは違う動きをする。これもやっぱり、虐殺について考え続けた帰結のひとつだ。

「福田村事件 -関東大震災・知られざる悲劇」より抜粋)

「集団化」。それは、まさに“今”の作品に通底するモチーフだ。

(C)2023「怪物」製作委員会

アニメ【推しの子】(2023)や、Netflixドラマ「セレブリティ」(2023)では、悪意に満ちた罵詈雑言が集団心理によってさらに膨れ上がる「SNS中傷投稿問題」が取り上げられていたし、是枝裕和監督の『怪物』(2023)では、マジョリティが“正常”でありマイノリティが“異常”であるという社会(集団)の不寛容が描かれていた。

『福田村事件』もまた、今から100年以上前に起きた悲劇を、現代的なイシューとして取り上げた作品である。

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©「福田村事件」プロジェクト2023

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