インタビュー

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2023年10月09日

『アンダーカレント』今泉力哉インタビュー | 賛否両論の“否”を聞いて、安心したい

『アンダーカレント』今泉力哉インタビュー | 賛否両論の“否”を聞いて、安心したい

何度も何度も、映像化の話が持ち上がっては実現に至らなかったという名作漫画『アンダーカレント』が、今泉力哉監督の手によって形となった。

いきなり夫が蒸発してしまった銭湯の店主・かなえを演じるのは、今泉監督とのタッグが初となる真木よう子。「僕よりも真摯に、かなえという役に向き合ってくれました」と称する今泉監督は、取材当日、早くこの映画に対する「賛否両論の“否”を聞いて、安心したい」と、こぼしてもいる。その真意を聞いた。

※本記事はネタバレは含みませんが、ラストシーンの描写について触れております。作品観賞後にお読みいただくことをお勧めします。

いろいろな意見を目にして、安心したい


――今回の『アンダーカレント』は、豊田徹也さんによる同名漫画の映像化ですね。理由なく突然、夫が謎の失踪をしてしまう、銭湯の女主人・かなえ(真木よう子)が主人公。どんな思いで映像化に臨まれましたか。


今泉力哉監督(以下、今泉):僕、いまだにこの『アンダーカレント』がどういう作品なのか、自分でも理解が追いついてないんですよ。監督である僕がこういうことを言うのは、絶対に違うんですけど。すでに観ていただいた方々からのコメントを読ませてもらっていると、好評なものが多くて、自分としては気持ち悪くて。

――そうなんですね。原作の雰囲気が余すところなくあらわれていて、観ていて思わず引き込まれましたが。

今泉:早く一般公開されて、賛否両論の“否”の意見が聞きたいと、ずっと思っています。「よくわからない」みたいな感想も聞きたい。自分でも、なぜそれを求めているのかわからないんですけど(笑)、そのほうが安心できる気がするんです。いろいろな意見を目にして安心したい、そんな気持ちがほかの作品よりも強いですね。


――この作品の主題として、“人を理解することの難しさ”があると感じました。

今泉:原作を読んでいるあいだ、撮影しているあいだは気づかなかったんですが、撮り終わってから気づいたことがあるんです。人を“わかる、理解する”って、結局は無理なこと。だけど、それでも相手を知ろうとしたり、意見が違う人のことを理解しようとしたり……そんなふうに、寄り添おうとする気持ちが大事なんじゃないかな、と。

――家族、恋人、夫婦、友人関係など、さまざまな人間関係において、理解しようとする姿勢は大切ですよね。

今泉:「大切な存在なんだから、理解しなきゃ!」と思うことって苦しいけれど、それも踏まえて、家族でも恋人でも夫婦でも友人でも、ある意味で他人なんだと思っていないといけない。今回の作品に限らず、常にそう意識しています。

僕には妻と子どもがいますが、愛情が強かったり近すぎたりすると、距離感がおかしくなっちゃいますよね。たとえば「こういう学校に行ってほしい」とか「こういう人と付き合ってほしい」とか思いがちかもしれないけど、僕にはまったくそういった思いがなくって。言ってしまえば「好きにしてくれ」というか、ある種の他人事というか。


――きっと、そんな親御さんは珍しいかもしれないですね。

今泉:子どもに対してはもちろん、それ以外の場合でも「自分のほうがわかってる」「なんでも知ってる」って感覚を持たないようにしています。自分がいちばんわかってないことって、たくさんあるから。

――人を理解する、といった文脈でいうと、映画『窓辺にて』(22年)でも「理解するって、怖いことだから」といったシーンが出てきますね。

今泉:『アンダーカレント』の企画が持ち上がったのが2020年の1月頃で、それと並行して『窓辺にて』や『ちひろさん』の脚本も進めていました。その関係で、テーマは底通しているかもしれません。『窓辺にて』で留亜(玉城ティナ)が言った「それでも信頼することでしか、人と繋がれないと思う」といったセリフとかも、きっと『アンダーカレント』や『ちひろさん』に影響を受けながらつくってます。基本的に飄々と生きている主人公が、実は、人に言えないものを抱えている……そんな感覚は、どの作品でも共通しているかもしれません。

原作者・豊田徹也と二人で4時間お茶?


――企画が立ち上がった当初のお話を伺いたいのですが、原作者の豊田徹也さんと二人で会ってお話されたとか?


今泉:プロデューサーから企画をいただいたあと、具体的にプロットや脚本になる前段階で、豊田さんから「二人で会いませんか」と連絡があって。僕自身、不勉強ながら日ごろ、あまり漫画や小説を読まないなかで、『アンダーカレント』はとてもおもしろいなと思ったんです。でも同時に、この作品を映画にするのはめっちゃくちゃ難しいだろうな、でもやりたいな、と思っていて。

その時点では決して本決まりではなく、なんなら二人でお会いすることで企画が頓挫してしまう可能性もあったんですが、プロデューサーに許可を得たうえで一対一でお茶しました。4時間くらい喋ったかな……。


――4時間ですか!? 初対面だったんですよね。

今泉:そうです。いま振り返ると、映画会社や出版社の方々がいる場ではできないような“ぶっちゃけ話”がしたい、ってことだったと思うんですよ。あと、俺がどういう人なのか知りたいんだろうな、と。大勢の場というのが、豊田さんも僕もそんなに得意ではないというか。

お互いに、正直なところ、普通なら話しにくいところとかも、ぜんぶ話しました。豊田さん、俺が監督した『愛がなんだ』(19年)を観てくださっていて。どの登場人物にも共感できないし興味も持てなかったけど、描写が細かいよねって話とか(笑)。

その流れからキャスティングの話になって、「どうせこういうキャスティングになっちゃうんでしょ?」「いやいや、そうはならないです!」みたいなやりとりをして。わかりやすく派手にしていくのではなく、作品のトーンを守るためにはどうするか……そのあたりの感覚も、僕と豊田さんはすごく合ったんですよね。


――そのあと、『アンダーカレント』映像化の企画が本格的に走り出したのは、何か決め手があったんですか?

今泉:映像化の話そのものは、これまでも何度も持ち上がっていたみたいなんです。でも豊田さんは、それをぜんぶ断っていたらしく。豊田さんから「この漫画って、映画になっておもしろいと思いますか?」って訊かれたときに、僕は「ほんとそうですよね、めちゃくちゃ難しいと思います」って答えたんですよ。おそらくですけど、このときに僕が「おもしろくします!」って答えるタイプだったら、OKは出てなかったんじゃないかな。

――お二人のフィーリングが合ったからこそ、実現したんですね。

今泉:豊田さんとお話ししていると、とても刺激をもらえるんですよ。ありがたいことに豊田さんも、新しい漫画を描く刺激になる、と言ってくださっていて。やっぱり豊田さんは、創作における潔癖さというか、純度が高いから、どうしても寡作にならざるを得ないと思うんです。だから一ファンとして「みんな待ってるから、描いてください!」って伝えています。

積み重ねてきた時間が、この映画にとってプラスに働く


――主演を務められた真木よう子さんは、今回が初の今泉組かと思います。キャスティングはどのように決まっていったのでしょうか?


今泉:映画化のお話をいただいた段階で、主演を真木さんがやることだけは決まっていました。あとは、話し合いながら他のキャストをつくっていった感じです。

真木さんに演じてもらった主人公のかなえという役は、ある日突然、夫が姿を消したのを皮切りに、少しずつ自分の心の奥底と向き合っていくキャラクター。なので、真木さんにとって旧知の方や共演経験がある方で周囲を固められたらな、と考えていました。当人同士のこれまでの関係性がこの作品に乗ったら、プラスになると思ったんです。

――この映画にとって良い影響になる、と?

今泉:お芝居って、一人ではできないものじゃないですか。とくにこの映画では、突然蒸発してしまった夫の存在とどう向き合うかという、複雑で絡み合った要素も表現しなきゃいけない。真木さんをはじめ「この人たちじゃないと埋められない時間」だな、と思ったんです。


――今回の作品には、とても演出に気を遣いそうなシーンも多いですよね。

今泉:この作品に限らず、僕が先に演出してから撮影に入ることはありません。いったん役者さんに演じてもらって、よほど僕が思うものとズレていたら演出を入れることもあります。ですが、前もって「この場面はこういうシーンなので、こういう気持ちで、こうやってください」とは言わないようにしています。

俺は監督だけど、だからといって、作品や役柄のことを一番わかっているわけではないんですよ。役者さんのほうが、まったく想像もしないようなおもしろいことをする可能性がある。それを閉じたくないんですよね。

自分の頭のなかにある場面をつくることが目的ではないし、何よりもまず、俺が楽しみたい。撮影している場で驚きたいし、「こういうことになるんだ!」って新鮮に感じたい。結果的にそれが、観る人によって捉え方が千差万別になる作品づくりにつながるんじゃないでしょうか。俺は、作品を観たあとのお客さんの感情がバラバラになったほうが、豊かだと思うので。

原作と異なるラストシーンに込められた意図


――原作漫画と映画では、ラストシーンの展開が違いますよね。そこにはどんな意図があるのでしょうか?


今泉:原作漫画のラストシーン、あれって、完璧ですよね。それこそ、人によってさまざまな捉え方がある終わり方だと思います。僕自身も一つの答えを想定しながら読んだんですが、そこからさらに一歩踏み込んで、「もし原作と違う終わり方にするなら、どんな話にするだろう?」って考えました。共同脚本である澤井香織さんとつくっていったシーンです。

この作品のテーマでもある「真実を伝える」から考えて生み出したシーンなのですが、あのラストシーンでのかなえの表情はどういう表情が正解なのか? 今でもわかっていません。どんな表情になるかについて、澤井さんと俺との間でも意見がぶつかっていましたし。

それで撮影に臨んでみたら、堀の最後のセリフにいたるまでのかなえの動きが、俺が頭のなかで思い描いていたことと、実際の真木さんの動きがまったく違っていて。真木さんの動きのほうが優しかったんです。自分の頭のなかにある場面に寄せてもらうか、それとも、現場で起こったことに任せるか、正直めちゃくちゃ迷っていました。俺は監督だから、どうしても画面の構図まで考えてしまうけど、それよりも真木さんの感情を優先して撮りました。


――それは、相手が真木さんだからこその判断でもあるのでしょうか?

今泉:それもあると思いますし、この作品だからこそ、でもあると思います。作品やシーンによっては、少し演者さんに無理してもらってでも、こちらの事情に合わせてもらうこともある。でも、『アンダーカレント』はそういったことをやる作品でもない、と思ったんですよね。

(取材・文:北村有)

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