『屋根裏のラジャー』の挑戦、その価値

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12月22日(金)からHuluで『そして、屋根裏のラジャーは生まれた。~スタジオポノック、その喪失と創造~』の配信が始まった。

12月15日(金)より公開のアニメーション映画『屋根裏のラジャー』(百瀬義行監督)の成立過程を追った45分のドキュメンタリー作品である。そこに提示された内容を手がかりにしつつ、筆者なりに注目ポイントを追ってみたい。

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▶︎Huluで『そして、屋根裏のラジャーは生まれた。~スタジオポノック、その喪失と創造~』を観る

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スタジオポノックとは?


ドキュメンタリー中には、2015年のスタジオ設立時の貴重な映像が含まれている。特に故・高畑勲監督が、この新しい挑戦を祝っている点がひときわ印象的であった。

ポノックを設立した西村義明は、スタジオジブリ時代に『かぐや姫の物語』(高畑勲監督)、『思い出のマーニー』(米林宏昌監督)を担当したプロデューサーだ。後者の公開直後の2014年にジブリは制作部門解散を発表し、雇用していたアニメーターなどスタッフの多くはフリーランスとなった。

ジブリは高畑勲監督・宮崎駿監督が1960年代に東映動画(現・東映アニメーション)で学んだことをベースに、理想的な映画づくりを志向して作られた会社である。テレビ向けなど量産のための省力化を前提とした作品群とは異なる技術を研鑽してきた。また3DCGの機械化よりも、手描き、手作りによる「絵」による持ち味を重視する傾向もある。

ポノック設立の目的のひとつは、これらの特徴を継承することであった。2017年の第1回長編作品『メアリと魔女の花』(米林宏昌監督)の後、短編をいくつか発表してきたが、満を持しての第2回長編作品が『屋根裏のラジャー』(百瀬義行監督)となる。

オリジナル映画への挑戦


ポノックがジブリから継承した「志」は多岐にわたるが、筆者の理解では以下が重要ポイントである。

  • 1:手描き作画、筆と画用紙による背景と「絵であること」を前面に出したアニメーション
  • 2:「映画単体で勝負する」という意味の「オリジナル志向」(小説・漫画・テレビシリーズなど既成の人気に依存しない)
  • 3:未来ある子どもへの視線そこには人間や人生の本質へ迫るメッセージ性を含む(かつて子どもだった大人の心にも響く)

これは実現至難な「理想」である。興行的に堅調とされる日本のアニメ映画のタイトルを並べてみれば、ほとんどが「規制ヒットの延長」だと、すぐ分かるはずだ。

つまり端的に言って、多くの人は観るまで中身の面白さが保証されないオリジナル作品には、お金を出さないということなのだ。「ジブリブランド」の無い『屋根裏のラジャー』がこれを目指すこと自体、大きな「挑戦」といえるのである。

内容面での挑戦


ドキュメンタリー作品ではメインタイトルが出る直前、こんな寺尾聰のナレーションが流れている。

「人間の想像から生まれ、忘れ去られていく少年少女の物語——そこには描いた理想と困難な現実の間で葛藤する、アニメーション映画の作り手の姿がありました」

つまり『屋根裏のラジャー』の内容が描こうとしている「想像と現実の対立」と、映画づくりを進めていくうちに直面した「理想と困難の対立」は、相似形を描いていたということになる。筆者はそこに強く惹かれるものを感じた。

映画の原作はイギリスの作家A.F.ハロルドによる児童文学「ぼくが消えないうちに」(こだまともこ訳・ポプラ社刊)である。「The Imaginary」という原題で、劇中では「少年少女が想像力で生み出したイマジナリーフレンド」のことを指す。イマジナリは創造主が成長するにつれて忘れられるものだが、決して消えたわけではない。何か現実の困難に直面したとき、それを突破するための「心の力」になる。

この考え方は「児童文学」の基本であり、筆者の取材経験中、複数の監督が映画づくりの動機として挙げていた。

アニメーションの場合、これはより切実に際だってくる。すべてを「絵」で表現することは、「絵の力」が観客の想像を触発しなければ、何も生まれないことを意味する。「アニメーション」の「生命を吹きこむ」という原義は、滑らかに動くという即物的なことだけではない。映像世界全体をあまねく「生き生きと信じられるものにすること」に高める必要があるのだ。

しかも本作の場合、この姿勢が物語内容それ自体とも通底しているため、挑戦の難易度がワンランク上がっている。

表現面での挑戦


監督は百瀬義行。高校在学中からアニメーションづくりに携わり、『アタックNo.1』『天才バカボン』『ど根性ガエル』などの原画を経て22歳で作画監督に抜擢されたと、ドキュメンタリー中でも触れられている。

1987年、高畑勲監督に誘われて『火垂るの墓』のレイアウト、作画監督補佐として参加。高畑勲をして「自分の右腕というよりは両腕だ。彼がいなければ作品がつくれない」とまで言わしめた実力の持ち主である。百瀬監督が、その長いキャリアの中で獲得した「表現と内容の高みをめざす姿勢」は、『ラジャー』の映像にユニークな美意識をあたえ、大きなみどころとなっている。

スタジオジブリ作品中、高畑勲監督作品は『ホーホケキョ となりの山田くん』(99)、『かぐや姫の物語』(13)と、筆と水彩で描いたような絵画的表現手法を採用していた。宮駿監督作品のように、キャラクターをベタ塗りで表現する手法はセルルックと呼ばれ、ポノック第1回作品『メアリと魔女の花』もその範疇だった。

『ラジャー』の映像をひと目見れば分かるが、このどちらでもない新たな方向性のルック(見た目)が追及されている。それは日本とフランスのコラボレーションがもたらした新しい表現の到達でもある。

フランスのアングレームに拠点を構えるポワソン・ルージュ社、そのテクスチャ&ライティング監督セゲジ・アナエルによって、全キャラクターに「影とハイライトとテクスチャ」の効果が加えられ、そのグラデーションによって疑似的な立体感と奥行きが得られることになった。

本作の作画監督を担当する小西賢一は、『ホーホケキョ となりの山田くん』『ドラえもん のび太の恐竜2006』『海獣の子供』『漁港の肉子ちゃん』などの作品群で、独自の強弱がついた描線とキャラクターの柔らかさを兼ねそなえたアニメ作画で知られるベテランだ。このルージュ効果とはベストマッチといえる。

このキャラクターに施された優しいグラデーション効果は、紙と絵の具によるこだわりの背景美術との親和性を高めている。ジブリ作品を中核として進歩した緻密な背景画は、色の情報が多く密度感もあるため、キャラクターがフラット過ぎると違和感を覚える場合があるという。ではキャラの情報量が一方的に向上したかというと、『ラジャー』では一部の完成した背景を水で洗うことで、独特のボカシを加えたという。

つまり絵画的情報の統制が、映画内容に沿って適材適所に表現の相性含めて行われているのである。どの視点で何を見ているか、主観的に何を見て何を見ていないかなど、演出的にコントロールされているわけだ。その導きによって「想像の産物」であるイマジナリたちの感情が、まるで「現実のもの」に感じとられる瞬間がある。

そのとき、心が洗われたような気持ちになるはずだ。映画全体に絵画的美意識から、想像のもつパワーの強さが伝わってくるのが、本作『屋根裏のラジャー』の大きな特徴といえるだろう。

映画『屋根裏のラジャー』の価値


現実の人間とイマジナリとでは「見えるもの」が異なる。加えて、もしかしたら人間同士でも異なっているのかもしれない。その「見えるもの」の分断が、争いの大元だとしたら、それを乗りこえられるものとは何だろうか。そんな問題提起も感じられた。

それはやはり、人間だけが与えられた「想像力」ではないだろうか。現実には存在しえないイマジナリをどう扱うのか。劇中では、空想と現実に引き裂かれていた友だち同士に想像力のブリッジ、思いやりが生まれることで、苦難を克服する力が得られた。そして一方で、ミスター・バンティングのように「想像力」を利己的なエサとしか考えない者もいる。これも現実の投影ではないかと、映画が終わった後、気になり始める。

2023年は「物語とは何か」、その本質が問われる映画が多く登場した。おそらくコロナ禍によって、全人類が「現実の不可能性」を実感したことも、どこか影響しているだろう。悪化する世界情勢を鑑みたとき、これから未来を生きる子どもたちに必要な「物語」とは何か、そこに秘められた「想像力」の本質的なポテンシャルは、再点検に値するものだと確信している。

美しく楽しい色彩と動き、それを支える心の絆と想像力。そして世界の中に潜む不穏なもの、生と死を分かつ恐るべきもの。忍び寄る苦難と、それを克服する仲間。

アニメーション映画らしい冒険ものであると同時に、この時代と未来を乗りこえる想像力をあたえてくれることが、映画『屋根裏のラジャー』の価値ではないだろうか。

(文:氷川竜介)

《プロフィール》
アニメ・特撮研究家。1958年、兵庫県生まれ。明治大学大学院 特任教授(2024年度より)。認定NPO法人アニメ特撮アーカイブ機構<ATAC>副理事長。毎日映画コンクール審査委員、東京国際映画祭プログラミング・アドバイザーなどを歴任。主な著書:「20年目のザンボット3」(太田出版)、「細田守の世界--希望と奇跡を生むアニメーション」(祥伝社)、「日本アニメの革新 歴史の転換点となった変化の構造分析」(角川新書)など。

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