叶和貴子のまなざしが、乱歩をいっそう危険にする——「江戸川乱歩の美女シリーズ」妖しく華やかな3本

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昭和のテレビサスペンスを語るとき、「江戸川乱歩の美女シリーズ」はやはり特別だ。
猟奇、幻想、倒錯、そして“美女”という強烈な装置。
江戸川乱歩の世界を、土曜の夜の娯楽として大胆に咀嚼しながら、どこか品のある夢へと仕立ててしまう。
その魔力の中心にいたひとりが、叶和貴子である。
1982年の『天国と地獄の美女 江戸川乱歩の「パノラマ島奇談」』、1983年の『白い素肌の美女 江戸川乱歩の「盲獣」』、そして1987年の『赤い乗馬服の美女 江戸川乱歩の「何者」』。
この3作を並べてみると、叶和貴子が単に“美しい人”ではなく、乱歩の世界に棲む不穏さそのものを体現していたことが、よくわかる。
『天国と地獄の美女』は井上梅次監督・天知茂主演の1982年作、『白い素肌の美女』は長谷和夫監督・天知茂主演の1983年作、そして『赤い乗馬服の美女』は貞永方久監督・北大路欣也主演の1987年作として公開情報に記載されている。

叶和貴子は“眺めるだけでは済まない美”を持っていた

叶和貴子の魅力は、ただ華やかという言葉では収まらない。
端正で、気品があって、画面に出た瞬間に空気を変える。
それでいて、その美しさにはどこか「この先に何かが起こる」と感じさせる陰りがある。
乱歩作品の映像化に必要なのは、単なる花ではなく、秘密や倒錯や破滅の気配を身にまとえる存在だ。
その意味で叶和貴子は、「美女シリーズ」といういささか扇情的にもなり得る枠組みの中で、作品を安っぽくしない稀有な女優だった。
これは、幻想性の強い『パノラマ島奇談』、猟奇色の濃い『盲獣』、そして謎解きの色合いが際立つ『何者』という異なる原作群に彼女がそれぞれフィットしていることからも見えてくる。

『天国と地獄の美女』——夢の楽園に置かれた、冷たいほどに美しい偶像

 ©松竹株式会社

『天国と地獄の美女 江戸川乱歩の「パノラマ島奇談」』は、1982年製作、142分のTVドラマで、天知茂、叶和貴子、五十嵐めぐみ、小池朝雄、宮下順子、水野久美、荒井注、伊東四朗らが出演。
人見広介が夢想する人工の楽園「パノラマ島」をめぐる物語として整理されており、死と恐怖に彩られた桃源郷へ明智小五郎が踏み込んでいく構図が示されている。

この作品で叶和貴子が放つ魅力は、“触れられない美”の強さだ。
『パノラマ島奇談』という題材自体、現実よりも幻想が先に立つ。
だからこそ、彼女の存在は生身の女性というより、男が夢見た理想の造形物のように見えてくる。だが、その美しさは甘い夢だけでは終わらない。
人工の楽園は、乱歩にかかれば必ず悪夢へ接続していく。
叶和貴子の気品あるたたずまいが、楽園の華やぎを支えると同時に、その場所の不吉さまで引き受けてしまうのがこの作品の怖さであり、面白さだ。
豪奢なのに不穏。妖しいのにどこか哀しい。
その二重性が、彼女の美貌によって一気に説得力を持つ。

 ©松竹株式会社

言い換えれば、本作の叶和貴子は“乱歩の世界に置かれた偶像”である。
視線を引き寄せるのに、決して手の届く場所にはいない。
シリーズが得意とする絢爛さ、見世物性、官能性を受け止めながら、なお画面の格を落とさない。そのバランス感覚は、この時代のテレビ作品の中でもやはり際立っている。
『天国と地獄の美女』は、叶和貴子という女優が“美女シリーズのマドンナ”に収まらない理由を、最もゴージャスに証明した一本と言っていい。

『白い素肌の美女』——美しさが、そのまま恐怖の入口になる

 ©松竹株式会社

翌1983年の『白い素肌の美女 江戸川乱歩の「盲獣」』は、長谷和夫監督、天知茂主演、92分。叶和貴子に加え、高見知佳、小野田真之、田中明夫、美池真理子、荒井注、中条きよしが出演する。
“春ののどかな午後に、空中から舞い降りた人間のバラバラ死体”という凄まじい幕開けから、密室からの消失、暗躍する尼僧、陳列される死体といった怪事件が連鎖していく。

『天国と地獄の美女』で叶和貴子が夢の側にいたのだとすれば、本作ではむしろ恐怖の側にいる。タイトルが示す“白い素肌”という言葉の通り、ここで焦点化されるのは、遠くから眺める理想美ではなく、危険にさらされる身体の生々しさだ。
乱歩の『盲獣』は、美を愛でることと傷つけることの境界がきわめて危うい作品だが、このテレビ版でもその不穏さはしっかり残っている。
叶和貴子の美しさは、鑑賞の対象であると同時に、侵されるかもしれないものとして画面に置かれる。だから見ている側は、うっとりするより先に、どこか落ち着かない。
美しさがそのままサスペンスになるのだ。

 ©松竹株式会社

ここで効いてくるのが、彼女の持つ“静けさ”である。
大げさに煽らなくても、そこにいるだけで危険が増幅される。
これは意外に難しい資質だ。
派手な芝居で怖がらせるのではなく、整いすぎた美貌そのものが不安の核になる。
『白い素肌の美女』の叶和貴子には、そんな冷たい吸引力がある。
華やかな昭和サスペンスの衣装と照明の中で、彼女だけがふっと現実から浮いて見える。
その異物感が、本作の猟奇性をいっそう際立たせている。

『赤い乗馬服の美女』——“謎”をまとうことで、美女は物語の中心になる

 ©松竹株式会社

『赤い乗馬服の美女 江戸川乱歩の「何者」』は1987年作で、北大路欣也が明智小五郎を演じるシリーズ。
監督は貞永方久、出演は北大路欣也、叶和貴子、蜷川有紀、佐藤万里、入江若葉、志垣太郎、根上淳、坂上二郎ら。
日本画家・結城剛三の屋敷に届く不気味な脅迫状を発端に、銃撃、消えた犯人、奇妙な足跡、そして「2-2=?」の謎へと事件が展開していく。

この作品が面白いのは、叶和貴子の美しさが“鑑賞物”ではなく、はっきりと物語を動かす要素になっていることだ。
彼女が演じる志摩子は、ただ画面を飾る存在ではない。
事件の中心に置かれ、見る者の視線を導き、真相への距離感そのものを攪乱する。
赤い乗馬服という鮮烈なイメージもいい。白ではなく赤。
可憐さよりも、気高さと危険が前に出る色だ。
その装いを叶和貴子がまとった瞬間、この作品はぐっと“ただの美人譚”ではなくなる。
美しさが謎を呼び込み、謎がまた彼女を美しく見せる。
その循環が、本作のサスペンスを豊かにしている。

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しかも原作「何者」は、青空文庫で読める作者の言葉によれば、“犯人は最初から読者の目の前にいながら最後までどれが犯人だか分らない”という本格探偵小説の条件を意識して書かれた作品で、1929年に「時事新報」夕刊に発表された。
そうした“誰が真相の中心にいるのか”を揺らし続ける原作の性質を踏まえると、テレビ版で叶和貴子がまとっているのは単なる美ではなく、疑いと魅惑そのものだといえる。
ここにきて彼女は、シリーズの“美女”であると同時に、ミステリーを成立させる主要な仕掛けへと変わるのである。

叶和貴子は、“美女シリーズ”の中でひとつの完成形だった

3作を通して見ると、叶和貴子は毎回まったく違う角度から乱歩世界に入り込んでいる。
『天国と地獄の美女』では幻想に君臨する偶像、『白い素肌の美女』では危険にさらされる美そのもの、『赤い乗馬服の美女』では謎をまとう物語の核。
ひとりの女優が、同じシリーズの中でここまで違う“美女”像を成立させているのは、やはり見事というほかない。
シリーズの記号性に寄りかかるのではなく、その都度きちんと作品世界の温度を変えているからだ。

「江戸川乱歩の美女シリーズ」が今なお忘れがたく、繰り返し見たくなるのは、猟奇や官能の強さだけが理由ではない。
その過剰さのなかに、確かな華と品格を持ち込める俳優たちがいたからだ。
そして叶和貴子は、その条件を最も美しく満たした存在のひとりだった。
楽園にも似合う。
恐怖にも似合う。
謎にも似合う。
その稀有なバランスこそが、彼女を“乱歩の美女”として特別な場所へ押し上げている。

この3作を並べるなら、叶和貴子という女優が、昭和サスペンスの中でいかに妖しく、気高く、そして危険な輝きを放っていたかを、あらためて確かめる絶好の機会になるはずだ。

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『天国と地獄の美女 江戸川乱歩の「パノラマ島奇談」』
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