美は、なぜこんなにも残酷なのか——『美しさと哀しみと』『鑓の権三』
篠田正浩の映画を一本でも観ると、妙な感覚が残る。
“美しいもの”を見届けたはずなのに、胸の奥に小さな刺が残っている。
花ではなく、刃。
救いではなく、決定的な一撃。
今回の特集パート①は、その“美の刃”が最も鮮やかに光る2本。
川端康成の文芸世界を、冷えたモノクロームで切り取った『美しさと哀しみと』(1965)。
そして近松門左衛門の世話浄瑠璃を、絢爛たる様式美で燃え上がらせた『鑓の権三』(1986)。
公開年順に、篠田映画の「一貫して変わらない執念」と「時代を超えて更新される表現」を味わいたい。
『美しさと哀しみと』——“過去”は、美しい顔で復讐しに来る

川端康成の同名小説を映画化。
脚本は山田信夫。
撮影は小杉正雄、音楽は武満徹。
103分・モノクロ。
あらすじ(ネタバレ控えめ)
鎌倉に暮らす作家・大木は、京都の女流画家・音子を訪ねる。
二人には、取り返しのつかない過去がある。
やがて音子の弟子・けい子が現れ、静かだった時間が、異様な速度で歪みはじめる。
この映画の凄みは、「激情」を声高に叫ばないところにある。
篠田は、激情を“表情”よりも“構図”に宿らせる。
廊下の奥行き、障子の区切り、視線の角度。
美しい画面が、いつの間にか人を追い詰める装置になっている。

■篠田演出①:モノクロなのに、心の温度が見える
モノクロの京都は、ただの情緒ではなく、感情のグラデーションそのものだ。
白は無垢ではなく、むしろ冷たさ。
黒は闇ではなく、秘密。
篠田が撮る“美”は、安心させるために存在しない。
観る側の感覚を研ぎ澄ませ、逃げ道を塞ぐ。
そこへ武満徹の音が入り込む。
旋律で導くのではなく、空気を揺らし、沈黙を増幅させる。
言葉にしないものが、いちばん雄弁になる瞬間がある——この作品は、その連続だ。
■俳優の演技:静けさの奥で、火種が呼吸している

“表に出ない炎”を成立させるのは演技の精度だ。
八千草薫の抑制は、感情を消すのではなく、沈めて濃くする。
加賀まりこの危うさは、激情というより「決意」に近い温度で迫ってくる。
山村聡が担うのは、過去の罪を抱えたまま生きる男の鈍さと卑怯さ——それが、物語の歯車を確実に回してしまう。
初心者の見どころ:
“何が怖いのか”を説明してくれない映画だからこそ、視線・間・音に身を預けてほしい。
気づいた瞬間、背中が冷える。
『鑓の権三』——噂が斬り、様式美が燃え上がる

近松門左衛門原作。
脚色は富岡多恵子。
撮影は宮川一夫、音楽は武満徹。
126分。
1986年ベルリン国際映画祭で銀熊賞(芸術貢献賞)を受賞したことでも知られる。
あらすじ(ネタバレ控えめ)
出雲・松江藩。
槍の達人であり茶の道にも通じた小姓・権三。
ある夜を境に、彼と、おさゐ(茶人の妻)は“不義”の濡れ衣を着せられる。
真実がどうであれ、世間は一度貼った札を剥がさない。
ふたりは追われ、道行きの果てへ向かう。
この作品で篠田がやっていることは、単なる時代劇の刷新ではない。
武士道、茶の道、格式、儀礼——本来“誇り”のはずの文化が、人を縛り、追い詰め、殺していく。その残酷さを、篠田は徹底して「美しく」撮る。
だからこそ、観客は逃げられない。

■篠田演出②:伝統芸能の“様式”を、映画の快楽へ
『鑓の権三』の画面は、しばしば舞台のように整っている。
動きは計算され、色と配置が意味を持ち、人物は“役”を背負って立つ。
だがその様式は、観念的ではなく官能へと直結する。
「正しさ」に見えるものほど危うい。
整いすぎた美は、いつでも暴力に変わる——篠田はそれを、豪奢なセットと研ぎ澄まされた動線で見せつける。
■俳優の演技:美男の宿命、女の決断

郷ひろみが演じる権三は、ただの“美形主人公”ではない。
美しさゆえに誤解され、美しさゆえに欲望を呼び、美しさゆえに逃げ場がなくなる。
岩下志麻のおさゐは、激情を撒き散らすのではなく、ある瞬間から“決めてしまう”怖さがある。
田中美佐子の存在は、権三の未来(あるはずだった生活)を具体化し、悲劇をいっそう痛くする。
映画ファンの見どころ:
宮川一夫の撮影が、様式美を「生きた肌」に変えている点。
さらに茶道考証など、細部の“文化の重み”が、ドラマの残酷さに直結している点も見逃せない。
2本を続けて観ると、篠田正浩の“核”が見える
『美しさと哀しみと』は、過去が現在を侵食していく物語。
『鑓の権三』は、世間が個人を処刑していく物語。
舞台は違う。
時代も違う。
けれど、どちらも「人が社会の枠から追い出される瞬間」を、美の極点で描いている。
篠田正浩の映画は、優しい慰めより先に、目を逸らしてきたものを差し出してくる。
そして不思議なことに、その残酷さが、観終えたあとも“美しさ”として残る。
次回パート②では、篠田がさらに踏み込んだ場所へ——。
その前にまず、この2本で“篠田正浩という体温”を、しっかり身体に入れておきたい。
配信サービス一覧
『美しさと哀しみと』
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『鑓の権三』
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