歴史の授業で何度も聞いたはずなのに、いざ説明しろと言われると、意外とうまく言葉にならない。
「ペリー来航」「尊王攘夷」「新選組」「薩長同盟」──事件名は知っている。
人物も知っている。
けれど、“なぜ”その選択をし、何を背負っていたのかは、ぼんやりしたままかもしれない。
そんな「知っているようで知らない幕末」を、福田雄一監督が“福田流の解釈”で映画化したのが、本日公開の『新解釈・幕末伝』だ。
革命の志士・坂本龍馬をムロツヨシ、幕末の英雄・西郷隆盛を佐藤二朗が演じ、ふたりはこれが初のW主演。
福田組を長年支えてきた二人が、ついに“幕末”という巨大な舞台で、笑いだけでは終わらない物語を振り回してみせる。
『新解釈・幕末伝』の魅力:笑いが入口、幕末が本題
本作の面白さは、まず入口が軽やかなところにある。
龍馬と西郷──名前だけなら、あまりにも“ど真ん中”の主役だ。
けれど本作は、彼らをただの英雄として祀り上げない。
「結局、何を成し遂げた男たちだったのか?」という視点で、伝説の輪郭を大胆に描き替えていく。
そして福田作品らしく、笑いは容赦なく飛んでくる。
けれど、笑いが積み重なるほど、幕末の本質が浮かび上がる。
権力が揺らぎ、情報が錯綜し、昨日の正義が今日の裏切りに変わる時代。
そんな混沌を生き抜くには、正しさだけでは足りない。
機を見る嗅覚、仲間を信じる胆力、そして“生き残る術”が要る。
福田監督はその“術”を、観客に説教ではなく、物語として手渡してくる。
──だからこそ、観終わったあと、もっと幕末が観たくなる。
『新解釈・幕末伝』
出 演:ムロツヨシ 佐藤二朗
広瀬アリス 岩田剛典 矢本悠馬 / 松山ケンイチ
染谷将太 勝地涼 倉悠貴 山下美月 / 賀来賢人
小手伸也 高橋克実 / 市村正親
渡部篤郎 山田孝之
監 督:福田雄一
脚 本:福田雄一
主題歌:「龍」福山雅治(アミューズ/Polydor Records)
制作プロダクション:CREDEUS
製 作:映画「新解釈・幕末伝」製作委員会
配 給:東宝
公開日:2025年12月19日(金)
公式サイト:https://new-bakumatsu.jp/
公式X(旧Twitter):@new_bakumatsu
公式Instagram:@new_bakumatsu
公式TikTok:@new_bakumatsu
ここからは『新解釈・幕末伝』の熱が冷めないうちに、同じ幕末を別の角度から味わえる5本を、公開年/放送年順に紹介したい。
1)『暗殺』(1964)

幕末の動乱を、ここまで“不穏な体温”で描けるのか。
篠田正浩監督の『暗殺』が見つめるのは、幕末の風雲児・清河八郎。後ろ盾となる藩も持たず、京の都で謀略の限りを尽くしながら、人を惹きつけ、そして恐れられていく男の半生が描かれる。
主演は丹波哲郎。
正義とも悪とも言い切れない、掴みどころのない人物像が、丹波の存在感によって“生々しい危険”になる。
幕末ものというより、政治の渦に呑まれていく一人の怪物譚として観ても強烈だ。
『新解釈・幕末伝』が“みんなが知っている幕末”を笑いで照らすなら、『暗殺』は“みんなが見たくない幕末”を闇で照らす。
最初の一本として、これほど効く作品はない。

2)『燃えよ剣』(1966)

新選組を描く作品は数あれど、この一本が突きつけるのは、剣の煌めきよりも、生き方としての剣だ。
司馬遼太郎の同名小説を映画化し、土方歳三を栗塚旭が演じる。
土方は、理想家ではない。
だが信念がないわけでもない。
組織をまとめ、規律を敷き、時代に取り残されると分かっていながら、なお“最後まで立つ”という選択をする。
そこにあるのは、英雄の輝きではなく、不器用で、あまりに人間くさい矜持だ。
同じ新選組でも、のちに紹介する『壬生義士伝』が“家族のために斬る”物語なら、『燃えよ剣』は“組織のために斬る”物語。
『新解釈・幕末伝』で幕末の輪郭を掴んだ後に観ると、土方の一歩一歩が、胸に重く落ちてくる。

3)新春ワイド時代劇『壬生義士伝~新選組でいちばん強かった男~』(2002/テレビ東京)

“お正月の風物詩”として語られてきたテレビ東京の大型時代劇。
その醍醐味が、ここにある。
原作は浅田次郎『壬生義士伝』。
主人公は、土方でも沖田でもない。
盛岡の下級武士、吉村貫一郎。演じるのは渡辺謙だ。
貫一郎は、家族を養うために脱藩し、新選組に入隊する。
志よりもまず生活。名誉よりもまず飢え。
だが、その“現実”こそが、彼を誰より強くする。
剣の腕だけではない。
守るべきものがある人間の、折れない強さを、渡辺謙が真正面から刻みつける。
しかも本作は、長尺を活かした全四部構成で、彼の来た道をじっくりと追う。
幕末が“大事件の連続”ではなく、一人の人生の総決算として迫ってくるのが、ワイド時代劇ならではの快楽だ。

4)『壬生義士伝』(2003)

同じ原作でも、映画になると、刃の光り方が変わる。
滝田洋二郎監督が描いた『壬生義士伝』は、中井貴一(吉村貫一郎)と佐藤浩市(斎藤一)のぶつかり合いが、まず凄い。理屈ではなく、魂で対峙する。剣より鋭い台詞が飛び交う。
そして映画版には、久石譲の音楽がある。
人を斬るための高揚ではなく、斬ったあとの夜の深さをすくい取る旋律が、観る側の感情をじわじわと締め上げていく。
新選組を描きながら、実はこれは、家族の物語だ。
「なぜ、そこまでして金が必要だったのか」
「なぜ、帰れない道を選んだのか」
映画の尺だからこそ、問いが鋭く、答えが苦い。だからこそ、胸に残る。

5)新春ワイド時代劇『竜馬がゆく』(2004/テレビ東京)

そして最後は、幕末最大の“物語装置”──坂本龍馬。
司馬遼太郎の代表作を原作に、テレビ東京の新春時代劇として放送された『竜馬がゆく』で龍馬を演じるのは、当時の市川染五郎(現・松本幸四郎)。
龍馬は、強い剣士でも、政治の怪物でもない。
けれど、時代の空気が変わる瞬間に、なぜか必ず立ち会ってしまう。
この作品が面白いのは、その“立ち会い方”にある。腕力ではなく、言葉と人脈で、未来の形を組み替えていく。長尺ドラマだからこそ、龍馬の奔走が「奇跡」ではなく、積み重ねとして見えてくる。
『新解釈・幕末伝』で“ムロ龍馬”の新鮮さに笑った人ほど、ここで“王道の龍馬像”に触れると、幕末という時代のふところの深さに気づくはずだ。

幕末は、笑って入って、深く沈める
『新解釈・幕末伝』は、幕末を“わかりやすく”する映画だ。
でも、わかりやすいからこそ、そこから先へ行ける。
硬派な闇に触れたくなるし、新選組の刃の重みを確かめたくなるし、龍馬という伝説の“作られ方”を見直したくなる。
笑いは入口。
幕末は本題。
今夜はまず映画館で福田流を浴びて、帰ってきたら年代順に、幕末の奥行きを掘り進めてほしい。
同じ時代が、こんなにも違う顔をしていることに──きっと、もう一度驚ける。
配信サービス一覧
『燃えよ剣』(1966)
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『壬生義士伝~新選組でいちばん強かった男~』(2002/テレビ東京)
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『壬生義士伝』(2003)
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『竜馬がゆく』(2004/テレビ東京)
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