『火口のふたり』がエロティックなのに親しみやすいワケ

(C)2019「火口のふたり」製作委員会 

8月23日より上映開始となる『火口のふたり』は直木賞作家の白石一文の同名小説を映画化した作品です。R18+指定がされており、ポスターのビジュアルはどこか退廃的で、一見するととっつきづらい印象も持たれるかもしれませんが……実は意外にも親しみやすく、クスッと笑えたりもする、共感もしやすい、幅広い方にオススメできる内容でもあったのです。その魅力をネタバレのない範囲で紹介しましょう。

1:登場人物は実質2人だけ!
これは18禁版『愛がなんだ』なのかも?

本作の最大の特徴を最初に申し上げておきましょう。それは登場人物が実質2人だけということ!画面上では柄本佑と瀧内公美のふたりだけが映り続けており、その他はモブキャラクターすらほとんど画面に姿を現さないのです(例外となるのは後述する“西馬音内盆踊り”の踊り手と、終盤のとある“邪魔”くらいでしょう)。

物語は、もうすぐ結婚する女性のもとに旧知の男性がやってきて、昔と同じようにセックスに溺れてしまう(つまり浮気をする)生活をただただ綴っていくというもの。ここだけ聞けば「それって面白いの?」「退屈にならないの?」とも疑問に思うかもしれませんが、これが全く飽きることがないのです。

なぜダラダラとした性生活を描くだけでグイグイと観客の興味を引くのか?という具体的な理由は枚挙にいとまがないので後述しますが、まず近年でミニシアター系列の映画としては規格外のロングランヒットとなった『愛がなんだ』に似た特徴を持っている作品であることをお伝えしておきましょう。

※『愛がなんだ』の解説記事はこちら↓
『愛がなんだ』非リア充必見の恋愛映画である「5つ」の理由!

『愛がなんだ』の内容を端的かつ乱暴に表すのであれば「ダメな人たちが織りなす非リア充による非リア充のための恋愛映画」でした。そのダメな人たちのダメなところ、いい加減に踏ん切りをつけたいと思ってるのに結局ズルズルと続いてしまう男女関係を愛おしく慈しむように、切なさとユーモアを混ぜ合わせながら描くことに面白さがあったのです。

この『火口のふたり』の主となる魅力も『愛がなんだ』とほぼ同じで、主人公ふたりが(前述したようにこれから女性のほうが結婚するのに)浮気セックスに明け暮れてしまっているという時点でもうダメダメ、さらに男性主人公は現在職なしのニート(女性主人公もフリーター)で、会話の端々からも随所で「この人たちダメだ!」と思わせるのです。

しかし、この2人が随所に漂わせるダメさは、大小はあるのせよ誰にでも思い当たるものなのではないでしょうか。会話の端々から「うわー…わかるー」「いやー…それはちょっとどうかな…でもわかるー」と共感を呼ぶ(同時にたまにちょっと引く)ので、恋愛やセックスや人生でこじれたことがある方には胸が痛くなってくるのではないでしょうか(もちろん良い意味で)。さらに、2人はセックスだけでなく、時々食事もしながら会話をしているのですが、これがまた全て人間臭くて親しみやすくて面白いのです。これもまた、『愛がなんだ』と共通していることでした。

つまり、『火口のふたり』は“エロい(R18+版)愛なんだ”を期待する方に大プッシュでオススメできます。もちろん、『愛がなんだ』を観ていない方であっても、「セックスに溺れてしまうダメ男女」を眺めたいのであれば大推薦しますよ。

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2:柄本佑と瀧内公美の魅力が全開!
ダメ人間なのに愛おしい!

前述したように画面に姿を現すのはたったの2人だけで、内容はその2人がダラダラとセックスに明け暮れたりご飯を食べながらしゃべるだけと言っても過言ではありません。それでも、ずっと観ていられるほどの愛おしさと楽しさがあるのはなぜ……?と問われれば、それはもう主演の柄本佑と瀧内公美の魅力が全開になっていることが筆頭でしょう。

柄本佑の今回の役どころで重要なのは「ダメ人間だけど憎めないユーモアがある」ということでしょう。決して美男子ではないですし、もうすぐ結婚する旧知の女性のところに上がり込んで性欲に従ってセックスをするとんでもない男……のはずなのですが、その言動にはどこか放っておけない母性本能というか愛らしさを感じさせ、ちょっとした“ボケ”のセリフにもクスクスと笑ってしまいます。時には「すげー気持ちいいな…セックス」とつぶやく時の“出で立ち”ですら笑いを取りに行っているかのようでした。柄本佑は『きみの鳥はうたえる』という日本映画でもダラダラと人生を過ごしているダメ人間がハマりすぎて本人そのものなんじゃないかと思うほど(失礼でごめんなさい)でしたが、今回はもうそれ以上でした。

瀧内公美が演じる女性主人公は、一見して美人でありマトモであり、序盤で電機店で買い物をするエピソードでもわかる通り強引な性格で、自分の生き方にも後悔もしていなさそうで堂々としている、場を支配してしまえるほどの気の強さを持っているのですが……一方でどこか“スキ”があり“押し”には弱そうな印象も漂わせています。アンビバレントで難しいはずのこの役どころを見事に体現できている瀧内公美の演技と存在感も、賞賛されてしかるべきでしょう。

また、柄本佑は最近の『居眠り般若』で松坂桃李の親友を、『アルキメデスの大戦』では菅田将暉の(シャーロック・ホームズに対する)ワトソン的な役回りと、“もう1人の人物を際立たせる”立ち位置で俳優としての輝きを放っていました。今回の柄本佑は完全に主人公だからこそ、瀧内公美との夫婦漫才(夫婦じゃないですが)的なやり取りのおかしみをずっと楽しむことができるのです。柄本佑本人が(ダメ人間なのに)人間として魅力的に映るのはもちろん、もう1人の人物をもっと魅力的に見せる俳優としての素質が最大限にプラスに働いているのが、今回の『火口のふたり』なのではないでしょうか。

ちなみに、原作小説では男性主人公の年齢は40歳前後で、女性主人公も30代半ばの設定でした。今回の映画で10歳近く若い俳優の2人が演じたことに、荒井晴彦監督は「主演の2人が若くなった分、ちょっと明るい軽い感じが出て青春映画になったように思いました」と、原作者の白石一文も「2人のやりとりが(原作よりも)エネルギッシュになった」と肯定的に捉えたコメントをしていました。主人公2人に精神的な幼さを感じさせること、そしてクスクスと笑えるユーモアがあることにおいて、柄本佑と瀧内公美の現在の年齢は“子供すぎず大人にすぎず”の絶妙なバランスであり、理想的な形で作品に残ったと言えるのではないでしょうか。

なお、実質的にこの2人しか映画では姿を見せないと前述しましましたが……正確にはもう1人、“男性主人公の電話口の相手”役として声のみで出演している俳優がいます。これはぜひエンドロールで驚いて欲しいので具体的に誰かは書きませんが、もう「それしかないわな!」と思える、必然性しかないキャスティングで笑ってしまいました。特徴的な声でもあるので、本編で「あの人だ!」と気付ける方もきっと多いでしょう。

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3:実はネタバレ注意な物語?
原作小説からの変更と工夫がこんなにあった!

本作の内容は男女2人がダラダラとセックスに明け暮れたりご飯を食べながらしゃべるだけと言っても過言ではない……と前述してしまいましたが、もちろんダイナミズムのある物語もあります。例えば、劇中では“あること”が意図的に伏せられており、それによってミステリー的に興味を引くようにもなっているのです。

その“あること”とは、主人公2人の関係性にまつわることです。序盤ではそのことをはっきりと描かないけれど、“それとなく”示しておくことで観客に「あれ…?これって…?」と疑問を持たせつつ、ある一点で明かすことによって「えーっ!」と驚かせてくれるのです。

実は、その”あること”は原作小説では序盤から明確に記されていたことでした。しかし、映画では公式サイトのあらすじや予告編でも隠されており、本編の中盤でやっと明かすという“サプライズ”へと変わっているのです。そのため、そのサプライズを楽しみたいという方は、先に原作小説を読まないほうがいいでしょう(もちろん小説を読んでいても映画は楽しめます)。

これは映画独自の“工夫”、それが見事に作劇としてプラスに働いたと言っていいでしょう。その“あること”はインモラルではあるけれど、決して全てが理解できないわけでもないという、絶妙なさじ加減の価値観によるものなので、良い意味でモヤモヤとした気持ちにさせてくれました。

しかも、終盤では映画のジャンルですら変えてしまうような、さらなる衝撃的な展開も訪れます。これはひょっとすると賛否両論も呼ぶかもしれない、唐突にも感じられるかもしれないほどの“大技”なのですが、筆者はこれこそが『火口のふたり』という作品に最も大切なことであったのだと肯定したいです。

なぜなら、その終盤の“大技”こそが、主人公たちがセックスに明け暮れていることと“対”になっていると感じさせたからです。原作者の白石一文も「できるだけ嘘を排した物語を探す過程で、人は大きな世界が壊れた時、小さな世界の中に生きる道を見つけるしかないと思った」などと語っており、登場人物が2人しかいないこともその“小さな世界”を際立たせるために必然であった、その対比として終盤のあの展開があったのだと納得ができたのです。

なお、原作小説が刊行されたのは2012年、東北大震災が起こった翌年のことでした。白石一文は震災から間もない時に見た、とある夢から着想を得てこの『火口のふたり』の小説を書き始めたそうです。それを踏まえると終盤で“こうなる”ことも必然だったと言えるでしょう。

さらに、物語の舞台は原作小説では福岡だったのですが、映画では秋田へと変わっています。象徴的なのは、900年近くも続いているという秋田の文化“西馬音内盆踊り”が登場することでしょう。別名“亡者踊り”とも呼ばれるこの踊りは顔を隠して披露されており、妖艶で不気味だけど美しくもある、どこか“死と隣り合わせ”な印象を感じさせます。これもまた、“生命”そのものを象徴するようなセックスという行為に明け暮れる主人公2人との対比になっているように思えるのです。

他にも、原作小説から変わったことはまだまだあります。女性主人公が撮った“アルバム”を見せていくというのも映画独自のオープニングであり、荒井晴彦監督によると、このアルバムは“全ては女性主人公の企み”や“あの頃に戻りたいという気持ち”という含みも持たせた演出だったそうです。プロ写真家の野村佐紀子が撮影したそれらの写真の美しさと“いかがわしさ”は、この映画を包括するような魅力に溢れていました。

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総じて、『火口のふたり』はダメダメな男女2人のエロエロな性生活を淡々と綴っているだけと言っても過言ではない内容ながら、主演2人の魅力や、原作小説からの数々の工夫などにより、映画として格別に豊かな内容になっていたと言っていいでしょう。少し疲れたという時にも、この映画の独特の味わいや気だるい雰囲気は、ある種の癒しになるかもしれませんよ。

(文:ヒナタカ)

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